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第71話(謀)

 赤、青、水色、緑、黄色、紫……様々な色が内外からの光を反射して輝いている。

 何度目にしても飽きない光景を横目に、奥へ向かう僕ら。

 時折、妖精さんたちが寄って来ては、特に呪鉱石を載せた台車を牽引しているフリギアに目を向けて、囁いていく。


「禍々しい人」

「凶悪、極悪」

「陰険、偏執」

「………」

「危険」


 やっぱり、僕だけじゃなく妖精さんたちから見ても、フリギアは黒々してるっぽい。

 しかも、その黒々さは相当みたいで、妖精さんの一人が僕に忠告までしてくれたり。


「危険」

「危険」


 一人が忠告すれば、二人、三人と続いていく。

 ううむ、フリギアはそこまで黒い人じゃないから大丈夫…なんだけど、妖精さんたちには分からないっぽい。


 うん。誤解されたままだとフリギアが可哀想だし、それほど危険な人じゃあないって教えとこう。


「大丈夫大丈夫。フリギアは見た目も中身も行動も全部邪悪そうだけど、自分の正義で動いてるっぽいから安全だよ」

「正義」

「禍々しい人」

「禍々しい人の正義」

「そう、それそれ! 正義の悪人!」

「………」

「な、なんで睨むのさ? 妖精さんたちに、フリギアは良い人だって説明してるのに」

「禍々しい正義の人」

「うんうん、そうそう! だからフリギアは凶悪そうに見えるし凶悪だけど、悪い人じゃないよ」

「…………」


 妖精さんたちは禍々しいって連呼するけど、決してフリギアを馬鹿にしたり、からかってるわけじゃあない。

 単に、自らの目を通して『視えた』事実を述べてるだけ。


 言われ放題なフリギアもそこは理解してるらしく、暴れたくて仕方ないって顔してたり。けど、手を出さないし、反論することもない。


 但し。


 但し、僕に向けて、殺意混じりの視線を送り続けてくるんだけどね! 何かおかしい。

 フリギアは悪人じゃないよ、って伝えてるのに。それなのに、どうしてこう、尖がった目を向けてくるのさ?


 やっぱり何かがおかしい。


 釈然としないまま、僕はフリギアに睨まれながら、妖精さんたちの指示で店の奥に向かう。


「ここ」

「どうぞ」

「あ、うん…」


 そうして、示されたのは精霊石の欠片が散りばめられた綺麗な扉。

 どうぞ、と言われたから遠慮なく中に入ってみれば。


「うん? お? おおおおおおっ? うええええええっ?」


 目に入る石の全てが、精霊石の部屋が広がっていた。


「雑多な空間だな。倉庫か何かか?」

「おおおおおお! こ、これは凄い! 凄いよ何これ!」

「その反応、まさか、全てが精霊石なのか?」

「え、まさかこの精霊石……ちょっとこっちも! おおおおおお!」


 分別も終わってない、大小様々な精霊石が部屋の中で無造作に積み重なり、床に転がされた状態で放置されている。

 店内よりも幾分控え目な光源を受けて、静かに各々色を反射して………た、堪らない!


「ちょ、ちょっと見てもいい? 触ってもいい?」

「見て」

「触って」

「やったあああ! こ、こここれは! 素晴らしい! これも! ああ、あれも欲しい! うわあ凄い、凄い、凄い!」


 妖精さんの許可を貰えばこっちのもの! 

 精霊石の山へと手を突っ込んで、取り出しては一つ一つ確認していく……な、なんて幸せな…!


「シアム、お前当初の目的を忘れているのでは…」

「なっ? こんな比率の精霊石があったんだ! うわあ、欲しい! これも珍しい状態で! こんなに小さいのに、一、二……五つの属性が混じってるだなんて!」


 凹凸があったり、引っかいたような傷があったりするけど、どれも店内の商品より魔力の量が多い。一目見て分かるほど、輝きが違う。

 ふと部屋の奥へ目を向けると、歪な形をした精霊石を、複数の妖精さんたちが道具や魔法を使って研磨している光景が見えたり。


 なるほど、どうやら、ここで商品としての精霊石を作り上げてるらしい。


 精霊石は見た目も綺麗だし、硬度もあって稀少だから、鉱石以上に観賞用としての価値が高い。

 だから、大きさだけやその色だけで価格が決まってる側面もある。


 勿論、研磨してちゃんとした形にした方が値段も高くなるから、お店としてはそれが当然なんだろうけど…ちょっと悲しい。

 もっと、もっと精霊石に蓄積された魔力や、各種金属や鉱石との適合率とか、含有されてる属性と、それらの比率も見て、実際に武器に装着して使用して、それを評価した上で……


「うぬぬぬぬぬぬ」

「……ム、おい、シアム」


 精霊石は確かに綺麗かもしれないけど、宝石と違うんだから、もっとその特徴に目を向けて欲しい。

 観賞用とか、何にも使わないで家や博物館に飾っておくだなんて、勿体無い! それなら僕が全部貰う! 貰って武器にして…


「ぐぐぐぐぐ…」

「また余計なことを考えているのか。本当にこいつは…」

「………はっ!」


 気付けば、圧力を伴った声が頭上から聞こえてきてたり。

 いつの間にか、床に座ってて、ふと見上げれば、なんかもう、虫かゴミでも見るかのような冷たい眼差しとぶつかる。


「えっと…?」

「とっとと決めろ」

「………あ」


 感情のない、氷の声を受けて思い出した。

 今、僕は精霊石を思う存分購入しようとしてる所だった。そうだそうだ。


「い、いやあ、どれも質が良くて迷ってさ!」

「………」

「ほら、この精霊石は珍しいんだよ! 炎と氷、毒が混じってる! 滅多に見ない組み合わせだよ、これ!」

「………」

「ほ、ほらほら見てよ!」

「………」


 ……上から注がれる視線が、只管冷たい。

 気のせいだと思うんだけど、額辺りにうっすら青筋立ってるような気がしないでもない。


「こ、これなんて、結構傷ついてるけど杖の宝玉として使う分には問題ないし! ま、迷うなあ!」

「…………そうか」

「余計なこと考えてて、スイマセンデシタ」

「………ああ」

「ゴメンナサイ」


 謝るしかないじゃん! 怖いんだよ、フリギア! その顔も声も反則だよ!


「英知の人」

「全部欲しい」

「欲する」


 そんな、ちょっとどころじゃない気まずさに、妖精さんたちが割り込んでくれた。た、助かった…

 フリギアが引き続き無言の圧力っぽいものを放ってくる中、四方から寄せ集めた精霊石を並べて、気合を入れ直して確認する。


「さすがに全部組み込むことは出来ないからなあ…全部欲しいけど」

「………」

「わ、分かってる! 分かってるから睨まないで! 今ちゃんと選ぶから!」

「面白い英知の人」


 妖精さんたちは宙を漂いながら、フリギアは感情のない目を向けて、僕が選び終わるのを待つ。

 その間、妖精さんたちは、仏頂面で腕組したフリギアに近づいては、本当に邪悪なだけの人間じゃないのか、本当に危険がないのかと、触って確かめたりしてる。

 対して、フリギアはされるがまま。


「凶悪で禍々しい人、英知の人を害する」

「…害?」

「英知を害するのは、凶悪で禍々しい人」

「どういうことだ? 俺が、シアムを害すると?」

「そう」

「残念だがその予定はない」

「本当に」

「本当に」

「あいつを害することが、当然だと言うのか。何故だ」

「禍々しいから」

「禍々しい」

「凶悪」

「陰険」

「狡猾」

「粗暴」

「………」


 どの精霊石も純度が高く、蓄積された魔力も十分過ぎる。多少の傷があったとしても、杖の宝玉部に組み込むから全く問題ない。

 直接、妖精さんたちが精霊さんから譲り受けてるから、精霊石の質にばらつきがあるんだろうけど、本当に素晴らしい。


「凶悪で禍々しい存在が、害さないと言う」

「不自然」

「異常」

「俺が、あいつを害するのが当然というか」

「自然」

「普通」

「そこが理解できん。そもそも、俺が『禍々しい人』である原因の半分以上は、いつの間にか運ばされているこの鉱石のせいだろうが」

「違う」

「違う」


 よし決めた! 少し多めに買って帰ろう、そうしよう!

 杖の製作で余ったとしても、精霊石なら使い道もあるし!


「石は純粋な力の塊」

「凶悪で禍々しい人は、何時いかなる時も凶悪、禍々しい」

「朝でも昼でも禍々しい」

「待て。ではまさか、この鉱石は関係ないと…」

「人と鉱石は別」

「別に視る」

「貴方は禍々しい人」

「石は純粋な負の力を持つ鉱石」

「貴方は純粋に禍々しい人」

「………」

「待たせてごめんね! 妖精さん、決まったよ! この炎の精霊石を二つと、こっちの風と……あれ?」

「………」


 欲しい精霊石を拾いながら振り返ると、呆然としてるフリギアに、どこか必死な妖精さんたちの姿が。

 妖精さんたちは、口々にフリギアへ向けて何か伝えようとしてるみたいだけど…? 何があったんだろ?


「えっと、買いたい精霊石、決まったんだけど……あの、フリギア?」

「……シアムか」

「どうしたの? なんか変だけど。もしかして、待たせ過ぎて怒った?」

「石が……いや、なんでもない」


 石? 言われて、周辺に転がってる精霊石たちに目が行く。だからって、何が起きるわけでもないけど。


「石? 精霊石がどうしたの?」

「………」


 うん? もしかして、精霊石の雑な扱いに驚いてたり?


 鉱石店でもそうだったけど、精霊石も、鍛冶や彫金師じゃない限り縁なんてないだろうし。フリギアは宝石や装飾品にも興味なさそうだし。

 いやいや、もしかすると、宝石と同じ扱いを受ける精霊石が、こんな乱暴に扱われてることに衝撃を受けてたのかも。


「…支払えばいいんだな」

「うん! ここに来て、お金足りないとか言わないでよ」

「それはない」


 謎の衝撃から立ち直ったフリギアは財布を取り出すために懐を探ってるけど、手元が少し危うい。

 財布を取り出したはいいけど、すぐさま動きを止めて困ったように見下ろしてくる。


「待て。払えと言われても」

「あ、値段だね。ちょっと待ってて」


 困惑の理由を理解して、妖精さんたちを手招き手招き。


「なあに」

「あのさ、ここに置いてある精霊石、全部買いたいんだけど」

「うん」

「値段教えて欲しいんだ」

「値段」

「値段」


 僕の言葉を受けて、寄って来た二、三人の妖精さんたちが顔を合わせ……ひそひそ、ぼそぼそ、会話を始めたり。

 なんとなく耳を澄ませてみると、どうやら今、この場で値段の相談をしてるっぽい。さすが物事に頓着しない妖精さん。実に、らしい。


「決めた」

「決まった」


 しかも、僕が感心してる間に、あっさり会話終了。


「えっ? もう? じゃ、じゃあ、教えて欲しいんだけど」

「はい」


 再度聞けば、一人の妖精さんが料金を書いた紙を持ってくる。


「ふうむ…ん?」


 僕に手渡された紙を、上から覗き込んでくる影。


「適当に値段を付けた気がするのだが、本当にこの値でいいのか?」

「ああ…うん」


 どうやら、僕と同じように妖精さんたちの会話を盗み聞きしてたらしく、眉が寄ってたりする。

 それに頷き返して、貰った紙を振ってみせる。


「大丈夫大丈夫。細かいことは気にしない気にしない」

「お前もだが、適当過ぎるのではないか? 先ほどの鉱石店といい、この店といい、お前といい、全く変わった者が多い」


 まあいい、と色々引っかかることを言いつつも支払いしてくれるフリギア。実に良い人。

 実際、提示された値段は相場より若干安い。けど、それでも精霊石。普通の人である僕らにとっては、かなりの金額だったり。

 それを、躊躇なく支払おうと言うんだから、正真正銘、フリギアはお金持ちだ。


「じゃあ妖精さん、フリギアが支払うからお願いね」

「うん」


 金貨や銀貨を取り出すフリギアの前に妖精さんが下りてきて、硬貨を受け取る。

 続いて僕の手のひらに、空の手を乗せる。

 なんだろ? と小さな手から視線を動かせば、妖精さんの澄んだ青い目が。


「英知の人に加護を」

「えっ…………有難う、大樹に連なる妖精さん」

「うん」


 それだけ言って、硬貨を受け取った妖精さんは姿を消していく。


 入れ替わるように複数の妖精さんがやって来て、用意してくれた革の袋に精霊石を入れてくれる。

 思う存分、欲しいだけ購入した精霊石。僕の夢も詰まった革袋を、妖精さんが二人掛りで持ち上げて差し出す。


「役立てて」

「まっかせて!」

「大切に」

「もちろん大事に使うから! 安心して」


 何人もの妖精さんに挨拶をして、最後に革袋を受け取る。おお、このずっしりくる重さ!

 僕の手に精霊石があることを実感して、もう嬉しくて嬉しくて笑いが止まらない!


「うしししし……これで杖の材料が揃った! よし! 早く帰って、攻撃力抜群の杖を作らないと!」

「城下町の観光しないのか」

「そんなことより、杖作らないと! ああ、早くこの精霊石と、呪鉱石を合わせて! ああ、レガートさんの宝玉も早く見てみたい!」

「分かっていたが…こうなるか…」

「じゃあまたね!」


 革袋片手に手を振ると、妖精さんたちも手を振り返してくれる。


「また来て」

「英知の人」

「凶悪で禍々しい人」

「禍々しい人」

「正義の禍々しい人」

「どこまでも禍々しいと言うのだな」


 自分でも分かるぐらい、だらしない笑みを浮かべてる僕と、顰め面のフリギア。

 二人揃って妖精さんたちに見守られ、精霊石の店を出て行く。


「いい買い物したなあ」

「既に昼過ぎか」


 フリギアが指摘したように、気付けばお昼過ぎ。昼食を売り出す屋台なんかもあったりして、益々活気溢れる城下町。


 賑やかで明るくて、活気溢れる道を行く人たち。その顔が僕らに向いた途端、驚いたように動きが止まる。

 それもそのはず、皆が皆、フリギアが運んでる呪鉱石に視線を取られるからね! ふふん、どうだ!


「呪鉱石に精霊石! ここって何でも揃うね! 本当に来て良かった!」

「ああ。本当に何でも揃うものだな」

「この組み合わせなら、ミノアに破壊力しかない杖を作ってあげられるよ! 低級魔法で一面焦土にするぐらいの威力、出せるようにしようね!」

「往来で物騒なことを叫ぶな。それにミノアと破壊力のみの杖、という組み合わせは危険に過ぎる」

「大丈夫! 絶対に手を抜かないから!」

「最早話も通じんか…」


 もう楽しみで楽しみで仕方がない。

 掘り出し物の呪鉱石と上質の精霊石。この組み合わせで、どれ程の威力を出す杖が出来るのか。


「ミノアが喜ぶ顔、早く見てみたいね!」

「程々にしろよ」

「うん!」

「………」


 これからのことを思って気合を入れる。

 と、手にした革袋の中で精霊石が互いにぶつかり合って、澄んだ音を立てた。








 いやはや、またもや遅くなりまして申し訳ない。

 心待ちにしていた方、いらっしゃいましたら本当にお待たせしました。


 そしてまた、暫くお待ちくださいませ……いや、本当にお待たせしました。

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