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第70話(謀)

「精霊石、精霊石、と。ここかな?」

「ああ、そうだな」

「ん? あ、残念。お店の名前が違うや」

「ああ、そうだな」

「ちょっと地図見せて……ううむ、近い場所まで来てるんだけどなあ」

「ああ、そうだな」

「だけど、本当に色んなお店があるんだね! 武器屋だけでこんな沢山!」

「ああ、そうだな」

「時間があれば、色々見てみたいなあ。きっと、奇抜な形をした武器とか、魔法剣とか…うう、見てみたい!」

「ああ、そうだな」


 陽光の下で禍々しく輝く、漆黒の呪鉱石。

 台車に載せたその子を連れて、フリギアが手に持っている地図を覗き込んでは、周囲と見比べる。


 市場から外れたこの辺りは、武具やその材料を取り扱ってる店が集中してるっぽい。

 だからか、見た目が物騒な人から、職人っぽいオッチャンやお姉さんたちが多くて賑ってたりする。


「ええと、精霊石、精霊石のお店……うふふふふ…」


 そんな中、何度目かになる四方の確認。最後、視界入るのは、僕が引いてる台車。そこに鎮座している、漆黒の塊。

 フリギアがずっと意識を向け続けるほどの圧倒的な存在感を見せ付けている、呪鉱石。


「ふふふ……ここまで立派に育ってくれた子の価値が分からないなんて、信じられ……ぐふふふふ…」

「ああ、そうだな……これほどの瘴気を漂わせておれば、誰もが屑石か呪いの道具と断言する」

「そう! だけどもうこの子は僕の…誰にも渡さない……早く立派な杖になって、立派な破壊力を見せ付けて、目に物言わせて…むふふふ…」

「………」


 道行く人たちも、道端で談笑してた人たちも、厳つい顔したお兄さんたちも、この子が通り抜けた途端、口を閉ざして一斉に眼を向ける。

 そこから漂う、形容しがたい、けども陰鬱で重苦しい空気を受けて、眼が放せない様子。


 ああ、やっぱりこの子は素晴らしい子だ! 今まで売れ残ってくれて、有難う!


「やはり皆、怯えるか…」

「そうだよね! ホント、いい買い物だったね! フリギア、有難う!」

「感謝され後悔する羽目になるとは……シアム待て。ここだ」

「おっと? おとと」


 空気を歪めながら存在感を主張し続けている子に向けて、感嘆のため息を吐いたフリギア。顎で一軒のお店を示す。

 行き過ぎた僕は、慌てて戻ってきて示されたお店を見上げ……うん、普通のお店だ。


 続いて横を向いて、難しい顔をしているフリギアに、一応聞いてみる。


「フリギアも一緒に来るよね?」

「当然だ。外にこのような危険物を放置していられるか」

「うんうん、だよねだよね!」

「………」


 なんだかんだ言って、フリギアもやっぱり精霊石が気になってるご様子。

 それも当然だと思う。なにせこのお店にあるのは、妖精さんたちが仕入れた精霊石。

 精霊石を取り扱ってるお店は沢山あるけど、『妖精さんたちが仕入れた精霊石』を置いているお店なんて聞いたことがない。


 それに、鉱石店じゃフリギア何も買わなかったし。クラヴィアさんには、宝石に似た精霊石の方が喜んでもらえる、とか考えたんだろうね。

 万が一の時、投げつけるだけでも多少の効果はあるから、お守りにも丁度いいし!


「よっし! 杖のためにも、ミノアのためにも、色んな属性を付与してあげないと!」

「程々にしておけ。しかし、その鉱石から発せられる圧力で、店の品物を破壊しそうだな…」

「えっ? あははは、フリギアったら面白いこと言うね!」

「面白いこと?」

「この子の圧力が凄いのは分かるけど、さすがに加工もしてないただの呪鉱石じゃあ、精霊石は壊せないって!」


 きっぱり断言すると、フリギアは恥ずかしかったのか、僕から目を逸らしてみたり。


「……台車を引くたび、石畳に亀裂が入っていたというのに……この男は気づいておらんのか」

「さ、行こう!」

「誰があれを修繕すると……分かった、行くか」


 蔦っぽい細工が入ったお洒落な扉を開けて、台車とフリギアと一緒に中へ。

 扉に付いてた来客を知らせる鈴が小さく鳴った、途端。


 無数の、小柄な影が飛んでやって来る。


「いらっしゃい、禍々しい人」

「残忍な人、いらっしゃい」

「凶事を招く人、こんにちは」


 全員が全員、微笑んでフリギアへと友好的な挨拶をする。

 宙を舞うように飛んでいるのは、背中に半透明の、七色に輝く薄い羽が生えた妖精さんたち。一様に白い肌と青い目、そして明るい緑色の髪。

 全員が似通った姿だけど、妖精さんたちは同じ形をした者同士が集まるから、これは普通の光景。


「おお…」

「こんにちは、禍々しい人」

「凶兆を示す人、いらっしゃい」

「………」


 そんな妖精さんたちは、四方八方、たまに棚を飛び越えてやってきては、透き通った声でフリギアに挨拶をしていく。

 対して、フリギアは珍しく動きを止めて挨拶を受けている。驚き過ぎてか、挨拶に対して返事もしない。


「おお…フリギア凄い! 早速人気者だね!」

「どこをどうしたらそうなるのだ!」

「いいなあフリギア…」

「どこに羨む要素がある!」


 急にフリギアが怒鳴って驚いた。一体どうしたって…んん? もしかして。

 もしかして、フリギアってば妖精さんたちに囲まれて、照れてる?


 いや、まさかあのフリギアが? いやでも…いや、そうかも。


「うんうん。嬉しいのは分かったからさ、そんな大声出さなくても」

「誰が嬉しいと…」

「凶悪、悪心の人」

「極悪、禍々しい人」

「凶兆を招く人」

「………」

「あ、ちょっと待って」

「なあに」


 フリギアを指差しては飛び去っていく妖精さんの一人に、レガートさんに書いてもらった紹介状を見せる。


「僕さ、レガートさんから紹介状もらってて」

「レガートさん」

「レガートさん」

「賢知の人」

「貴方は魔」

「あ! あ! 違う! その名前は違う! なし! なし!」


 やっぱり妖精さんは妖精さんだった。恐るべき慧眼で、一瞬、背筋が凍りついた。

 慌てて手を振り首を振り違う違う、と繰り返せば、妖精さんたちは各々首をかしげてから、一斉に頷く。


「分かった」

「わかった」

「英知の人」

「あんまり変わらない…ていうか僕、どちらか、って言わなくても押し付けられたし、完全に半端者なんだけど」

「今は貴方が英知の人」

「今は」

「今…ううむ、確かにそうだけど…まあ、話が早くて済む、のかな?」

「なあに」

「事情があってさ全属性、ええと腐食を除いた精霊石、あったら欲しいんだけど」

「全部」

「精霊石」

「腐食はいらない」

「いらない」

「面白いことをする」

「するのが英知の人」

「悪態も英知の人」

「ああうん。すんごく言いたいことは分かるけど、僕は、今は違うからね」

「違う」

「ただの英知の人」


 妖精さんは紹介状を受け取り、ヒラヒラと優雅に羽ばたいて去っていく。

 その後を数人の妖精さんたちが追いかけ、その目に興味の光を湛えて紹介状を覗き込んでいく。


「……なんなのだ、あれは」


 ぱっと集まって、ぱっと散っていく妖精さんたちを前に、握り拳をゆっくり下ろすフリギア。

 見た目は仏頂面だけど興奮してたみたいで、握られてた手が白くなってたり。


「ん? どう見ても妖精さんだけど? フリギア、もしかして妖精さん見たの、初めて?」

「いや、前に何度か。しかし、あれは俺が見たものとは違うな。もう少し…」


 もう少し人間らしい、というか。小さく呟いているフリギアは違和感の原因が分からないようで、首を傾げている。


 はて?


「あ、分かった。多分、フリギアが会った妖精さんは若かったんだよ」

「どういうことだ?」

「うん、妖精さんは年月が経てば経つほど、ああなっていくんだよ。自然に還って行く種族だからね」

「なるほど。そして俺と、この鉱石の区別がつかなくなる、と」


 納得しつつも、納得してないみたいで、フリギアは呪鉱石に目を落としている。勿論、この子の力で周囲の棚に並べられた精霊石が破壊された、なんてことはない。

 だから、その行動に何か意味があるとは思えないんだけども。


「区別? この子は当然だけど、フリギアも同じぐらい、十分禍々しいよ」

「なんだと?」

「いやさ、妖精さんたちはフリギアの圧倒的な禍々しさが気に入ったから、寄って来たんだよ。珍しい物とか人が好きだからね」

「冗談、ではないのか?」

「え?」

「……禍々しいのか、俺は…」


 そして凹むフリギア。珍しい姿だけど、なんでそうなるのか、僕には分からない。

 あの妖精さんたちがフリギア一個人に興味を示したんだから、喜ぶべきなのに、どうして凹んでるんだろ?


「英知の人、凶悪で禍々しい人」

「来て」

「用意できた」

「きて」

「凶悪、禍々しい人」

「きて」


 呆然と立ち尽くすフリギアを見てると、店の奥から妖精さんたちの声が響く。


「あ、うん。行こう、フリギア」

「おい、何か増えたぞ」

「妖精さんは気に入った物とかに、どんどん称号を増やしていくからね。良かったじゃん」

「………」


 僕の言葉を受けて口を閉ざすフリギア。腕組して、眉を寄せて、険しい顔を浮かべる。


「本当にいいなあ、フリギア羨ましいなあ」

「…………」

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