第67話(謀)
「それで、銀剣を作り終わったから寝ようかなあ、って思ったらいつの間にか寝ててさ。朝になってたってわけ」
「なるほど。それが床と一体化していた理由か」
「一体化ってなにさ! 寝てたんだって!」
「お前の寝相が悪過ぎて床へ落下し、その後、入り口まで転がった、と感心していたのだが…違ったか」
「ええとフリギア、それ本気で言ってる?」
「いや、冗談だ」
「あのさあ…その顔で言われると冗談に聞こえないんだけど」
「その顔、とは?」
「その顔はその顔、だよ。いただきます!」
というわけで、よれよれの服のままフリギアの家、もといお屋敷、そこにある食堂で寛いでる僕でした。
遠慮するなと言われたから、遠慮なく、目の前に並んでる朝食へと手を伸ばす。
前には朝方、床で熟睡してた僕を踏んづけ、起こしに来てくれたフリギアがいる。相変わらず身嗜みがきっちりとしてて、隙がない。
だからこそ、踏まれた時すんごく痛かった。靴に何を仕込んでるのか気になるぐらいの激痛だった。
「シアム様、昨日はお疲れ様でした」
「え? あ、うん」
痣一つ残ってないの、フリギアに踏まれた腕を見てると、脇から声を掛けられる。
慌てて返事をすると、逆側からも声を掛けられる。
「クラヴィア様はフリギア様のこととなると、性格変わっちゃいますから!」
「あはははは…」
実は、食堂にいるのは僕とフリギアだけじゃなかったり。
「フリギア様とお会いするのも久しぶりでしたし、独占したかったのでしょう」
言いつつお茶を飲んでいるのは、綺麗な白髪を撫で付けた長身のご老人。いかにも執事らしい服を着て、背筋をきっちり伸ばして食事をしている。
表情も柔らかくて、全身からのんびりしてる雰囲気が漂っている。お名前はサフォーさん。
「うんうん。数日前からフリギア様のことばかりで…うふふふふ」
一方で、女中さんはまだ若い、いかにも女中さんっぽい服を着て、褐色の髪を結い上げた女性。
結婚してるみたいで、旦那さんは別の場所で仕事をしてるらしい。
快活なお方で、お名前はアザレアさん。
「…なんとなく想像できるかも」
「シアム君、本当に大変だったもんねえ」
「ううむ…」
そんなことないしあはははは、と返せないぐらい、実際昨日は大変だったり。
思い返せば夕飯の間、壁の花、じゃなくて壁の染みになるぐらい必死に気配を消してみたし、一言も喋った覚えもないのに……結果は言うまでもなく。お蔭様で、料理の味が全く分からなったし。
あれって物の喩えかと思ったけど、本当にそんな経験ができるんだ! なんて変な感動すら覚えたぐらいだった。次の瞬間、絶対零度の視線が突き刺さってきたけど。
というわけで、僕とクラヴィアさんの間だけ殺伐とした雰囲気だったから、サフォーさんもアザレアさんも、昨日は僕と必要最低限の会話しかしなかった。
けどクラヴィアさんがいない今朝は、二人とも普通に接してくれて、ちょっと安心した。
ちなみに話を聞いた限りでは、お屋敷のご主人様であるフリギアが不在の間、ここにいるサフォーさんとアザレアさん、二人だけでお屋敷を切り盛り? してた、とのこと。
二人でどうにかなるの? と聞けば、来客がいないからなんとでも、って返ってきたり。
「そういえば…思い出したけど、フリギアもさ、折角自分の家に帰って来たのに、かなり疲れてたよね」
「ああ…」
壁の染みになりつつチラチラ観察してて気づいたけど、昨夜はフリギアもなんだか覇気がなかった。
というか、いつものような横柄さがなかったというか。つまり、くたびれた感じが漂ってた。
「んん? 久しぶりにクラヴィアさんとも会えたんでしょ? あんまり嬉しくなさそうだったような?」
「どう表現すればよいのか…クラヴィアは普段、あのような態度を取るような者ではないのだが…」
僕の言葉に、若干眉を顰めて頷くフリギア。困った顔で、空になった茶器へとお茶を注ぎ入れる。
で、先を続けてくれるのかと思ったら、語尾を濁したまま黙っちゃうし。
なんとなく静かになる中、アザレアさんが続けてくれた。したり顔で、自分で作った朝食に手を伸ばしている。
「フリギア様のこととなると、クラヴィア様は暴走しちゃいますから」
「うん、それはなんとなく分かるけど」
「そうなると、誰にも止めることができなくなっちゃって」
「誰も? フリギアにも?」
率直な疑問に、フリギアは明後日の方角を見やって回答を拒否。
「……周囲もそこは理解しているからな、滅多なことはせんのだが」
「なるほど。フリギアにも止められないんだね」
「………」
「おっほん。しかし昨晩の、シアム様への敵意は凄まじいものでしたな」
「あ、やっぱりそうなの?」
「ええ」
「でも、僕、クラヴィアさんとは初対面だよ? なのに数秒で嫌われるって。何もしてないのに…」
「ありゃま。私、何もしてない初対面のお客様に、あそこまで敵意を剥き出しにするクラヴィア様、初めて見ましたよ!」
そうでしょうな。
アザレアさんは僕に同情寄せつつも、楽しそうに続ける。
「何回も言っちゃうけど、シアム君、大変よねえ。フリギア様が帰ってきたし、これから毎日クラヴィア様、来るわよ?」
「へえ、毎日ここに……ま?」
適当な相槌をしてる途中で理解して、動きが止まる。
見れば同情、三の好奇心、七の顔で、アザレアさんが頷いてたり。サフォーさんも、心なしか何かを期待するような目を向けくれてたり。
「ええっ? ま、毎日っ? え、いや、まっさかあ! いやあ、あははは…」
「ああ、言い忘れていたが…」
空笑いする僕へと、フリギアが神妙な顔を作って……って、口元歪んでるんだけど。
「俺は通常職務に戻るのでな。日中は城へ…」
「待ったぁぁぁぁっ! 無理! 耐えられないんだけど! だって、昨日でアレだよっ? 初対面であの視線で、あの刺々しさだよっ? しかも僕が何やっても機嫌が悪くなる一択なのにっ?」
フリギアの意地悪すぎる言い方からして、絶対理解してるとは思うけどさ! ここで言わなきゃ、何時言うんだ!
ってことで力が入って、前のめりになる。
「無理だから! 絶対無理! 僕別の場所に行くから!」
思わずテーブルを強く掴んで、全身全霊で主張してみせるけども…
「喚くな。騒々しい」
以上、返答終わり。
「ひ、人でなし…っ」
分かりきってたけど! けど、ちょっとでも考慮してやろう、とか言うのを期待してたのに!
にべない返事に何も言い返せない僕。心の中で涙することしかできない。
いや、希望を捨てちゃいけない! と、助けを求めてサフォーさんとアザレアさんへ目を向ければ、二人とも何か考える素振りをみせてくれる。
こ、これはもしかして……!
「屋敷はわたくし共がおりますから、安全ではありますが…」
「だけどシアム君の精神衛生は、保障できないわよねえ」
「えええっ? フリギア…」
「当然だが、お前を城へと連れて行くわけがない」
だよね! さすがフリギアだよ!
「クラヴィア様、シアム君がここにいるってだけで、気に食わないみたいですからねえ」
出来れば、このお屋敷から出て行きたい。あの凍て付く視線から逃げても、仕方ないと思う。
でも、フリギアとか、ドゥールたちが危険危険言うから、黙って付いてきてるわけで。
「フリギアぁ」
本っ当にどうにかしてもらいたい、と必死な視線を送り続けること十数秒。
最初は僕から露骨に目を逸らしてくれてたフリギアは、僕の熱意と必死さに負けたらしく、手を振る。
「まずは俺の話を聞け。そして理解しろ」
「むっ…なにをさ」
「まず、クラヴィアは自ら進んで、気に食わん物と顔を合わせるような趣味はない」
「僕、なんか物扱いされてる気がするんだけど?」
何を言うかと期待したらこれだ。不満が顔に出てたらしく、苦笑しつつ、フリギアは続ける。
「気のせいだ。次に、お前はミノアの杖を作っている間、部屋に篭るだろう? 違うか?」
「まあ…そうだね」
余程のことがない限り、武器を『作ってる』間はそれに掛かりきりだし。
渋々頷くと、フリギアは満足そうな表情を浮かべる。
「ならば良いではないか」
「……それで話終わり? 良く分からないんだけど?」
遠まわし過ぎて何を言いたいのか理解できない。だけどフリギアは平然としたもの。
「シアムよ、お前は杖を作り上げるために四、五日部屋に篭るだろう?」
「うん。そのつもりだけど」
素直に頷くと、フリギアは満足そうに頷き返す。
「なれば良いではないか。お前が部屋に四、五日篭るのであれば、クラヴィアもお前の存在を忘れるだろう」
「あのさあ、それって結局……なんか対策になってない対策だけど、もういいや。だけど、部屋には入らないように言っといてよね!」
息子たちがいる、僕の癒し部屋に絶対零度の視線が来たら、もう逃げ場ないし!
「忘れなければ、伝えておこう」
「忘れなければ、じゃなくて! 絶対伝えといてよ!」
「覚えておればな」
「ひ、酷い…」
僕の、必死な懇願を軽く笑いとばしたフリギアは、食卓を囲む二人へと、楽しそうに僕らのやり取りを眺めていた二人へと目を向ける。
「サフォー、アザレア。頼むぞ」
「はい」
サフォーさんは律儀に頷いてみせ。
「はいはい」
アザレアさんは笑いながらも、頷く。
そんな二人に、意味深長な…絶対裏があるだろう笑みを向けるご主人様の、フリギア。
「お前たちも、シアムの邪魔にならんようにな」
「ええ、当然理解しております」
「心得てますとも! そういえば、シアム君って鍛冶なんだって?」
元気良く頷いたアザレアさんが、好奇心に満ちた目を向ける。
「あ、うん。アザレアさんたちには言い忘れてたけど、杖を一杖作る……ああっ、忘れてた! 宝玉!」
思い出した! 色々あって、これまたすっかり忘れてた!
「宝玉? というのは杖に付いている…宝玉のことですかな?」
「うん! レガートさんが送ってくれるって言ってたんだけど…」
サフォーさんに返しながら、どうしようかと悩む悩む…レガートさんが、ここに送り届けるって言ってたんだっけ。
だけど、僕はこれからお財布、フリギアを連れて杖の材料を買いに行くわけで。
どうしたもんかと悩む僕に、フリギアが気付く。
「杖の、宝玉の件か」
「そうそう。折角来てくれたのに、すれ違いになったら困るし。宝玉が来るまで待ってた方がいいと思うんだけど」
だなんて提案すれば、すぐさま問題ない、と首を振りつつもフリギアは問いかけてくる。
「一つ聞きたいのだが、その宝玉、お前以外が受け取っても問題を起こすような代物ではないな?」
「ん? 問題?」
「指定された者以外が受け取った場合、爆発したり、周囲に呪いが発動する、わけではないよな?」
「……ないから、そういうの」
分かりやすく言い換えてくれるのは助かるけど、ソレ、どういう罠なのさ。
…もしかして、当然のように贈り物に毒とか仕込むのが、ナントカ国の流儀なのかも?
僕の視線から何かを読み取ったらしく、フリギアは目を逸らす。
「分かった。では、サフォーかアザレアに受け取らせよう」
「えっ? サフォーさんたちに? でも、二人とも本家…にいるとかって言ってなかったっけ?」
確か、サフォーさんたちは別のお屋敷で働いてるって聞いたけど。
昨日の今日だから、そこはちゃんと覚えてマスヨ。へへん。
「そのことか」
「えっ?」
どうだとばかり胸を張ってみたらこの有様。あっさり返されて思わずよろける。
「俺が戻ってきたのでな、当然サフォーとアザレア、両者も戻ることになるが…どうした、シアム?」
「ううん、なんでもないよ! うん! それなら入れ違いとか気にしなくていいね!」
「まあそうだが…お前、また下らないことを考えていただろう」
「な、なにも? ほ、宝玉のこと考えてただけだし!」
慌てて言えば、鼻で笑われた。いいんだ、いつものこと、いつものことだから! キシナイ、キニシナイ…
心に言い聞かせ、気にせず、宝玉を受け取ってくれるというサフォーさんたちに……って笑われてるし!
「……」
「ウオッホン! 宝玉の話でしたかな。シアム様、取り扱い上、何か注意すべきことはありますかな?」
僕の非難の目線に気づいたのか、咳払いしてから、微笑むサフォーさん。大層怪しい。
「ええと…少しぐらい傷ついても大丈夫だし、宝玉単体だから突然爆発するとか、呪われたりもしないから…注意することは特にない、かな?」
実際の所、宝玉はかなり乱暴に扱っても平気だったり。なにせ武器に取り付けるものだから、頑丈に出来てるし。
だから、宝玉で球技をしても、壁に向かって叩きつけても大丈夫!
だなんて説明したら、とんでもないと首を振られたり。
「勿論、責任を持って預からせていただきます」
「レガート様からの大切な頂き物でしょう? ちゃんと取り扱いますからご安心を!」
「うん。有難う!」
お任せ下さい、と律儀に頷いてくれるサフォーさんに、任せて頂戴! と胸を張るアザレアさん。
二人になら、安心して宝玉を任せられる。フリギアに似ず、とても良い人たちで良かった良かった。
「…シアム?」
「ううん! ナンデモナイヨ!」
「俺は何も言ってないのだが?」
「あっ?」
大層遅くなりまして申し訳ないです。加えて、長文になりまして申し訳ない。
そして、見辛さが倍増して申し訳ない。
…と四方八方に対して謝罪しておけば何の問題もあるまい! とは思っていないので悪しからず。
更新を待ち構えていた方、本当に有難うございます。お待たせいたしました。
そしてここまで、後書きまで目を通して下さり、有難うございます。
後は…特段何もないので、これにて失礼をば。




