第64話(謀)
「唸り声? へえ、ここって魔物もいるんだ!」
「馬鹿を言うな」
さすがナントカ国。魔物と共存してるんだ! とか感心したらこれだし。
しかも性質の悪い冗談だと思われたっぽくて、横から機嫌を損ねたような、若干怒り交じりの視線が飛んでくる。
「だって今、何か唸り声が聞こえたじゃん」
「間違いなくお前の聞き間違えだな。国に魔物が侵入するだけで一大事だ、当然騒ぎになる」
「でもさあ…」
おっかしいなあ。結構ばっちりはっきり聞こえたんだけど。
日中なら確認もできるんだろうけど、こう黄昏時だと視界が悪くて分からない。
向こう側から聞こえたんだけど、ときょろきょろ視線を彷徨わせてる僕を横目にして、何を思ったのか、フリギアが動きを止めて目を閉じる。
「……」
「フリギア? どうしたの?」
「………」
「…フリギア?」
銅像のように動かないフリギアは、数秒して、目を開けて僕を見下ろす。
「この近辺に魔物の気配はない」
「えっ?」
「つまり、完全にお前の勘違いだ」
「気配? フリギア、分かるの? その……魔物の気配」
「ああ」
「ちょっとそれって…ナンデモナイデス」
あっさり断言してくれたフリギアが、そろそろ人間に見えなくなってきた。
そもそも、魔物の気配って何? 僕は人の気配とかも良く分からないのに、魔物の気配って…何が違うの?
でも、フリギアは何でもないように言ってのける。
「魔物の討伐は、我らの主要任務だからな。これぐらい出来て当然だ」
「さすがフリギア」
人間止めかけてるだけはある、だなんて。
「下らんことを考える顔だな。行くぞ」
「そ、そんなことないよ! うん!」
ううむ、確かに魔物っぽい唸り声が聞こえたんだけどなあ。
でも、人間っぽくないフリギアが断言したんだから、いないのかなあ…自信がなくなってく。
ああやっぱり気になる! 絶対に魔物っぽい唸り声だったのに。
「うわっ?」
と、今度は頭上から、雷鳴が轟いて驚く。
「か、雷っ? 雨? あれ?」
反射的に空を見上げると、雲は遥か遠くに薄く広がっているだけ。
とても雷が鳴るような、憂鬱になるような空じゃない。
「最近、よく雷鳴が聞こえるそうだ。季節の変わり目に多い」
「あ、そうなんだ」
「ああ。この辺りではそうだな。お前が耳にした唸り声とやら、これと聞き間違えたのではないか?」
「それは違う、と思うけど」
ずっと綺麗な空を見てたら首が痛くなってきて、顔を戻す。
どうやらフリギアが言うように、この雷鳴はいつものことみたいで、道行く人たちは普通にしてたり。
「なんか変な場所だねえ、ここ」
「変というな」
見るもの全部が不思議で、変な場所だ。建物も巨大なものが多いし、色んな人が行き交ってるし。
それに、明らかに武装した、剣呑な雰囲気を醸し出してる人たちが出入りしてる建物があるし。
「ねえフリギア、あの変な建物何?」
「だから変というな」
何が変かといえば、危険な雰囲気醸し出してるのに、何故か小さい子どもを連れている人や、身分問わず色んな人が出入りしてるところが変だったり。
つまり、とっても変な建物。それが目の前にあるわけで。
「凄い変な建物だね。中で何やってるんだろ?」
「妙な感心をするな。あれはギルドだ。傭兵、まあ、ある意味なんでも屋の集まりだな」
「何でも屋?」
ざっくり言ったフリギアは頷いて続ける。
「ああ。先ほどいた自警団でも人手が足りん場合、国より魔物討伐や各種警備の依頼を出して、こなしてもらっている」
「えっ? それって大丈夫なの? なんか色々大変なことになりそうだけど」
「…お前が何を心配してるのか知らんが、国はやることが多い。それこそ年中人手が足りんほどにな。だからこそ、だ」
「へえ…変な建物じゃなかったんだ」
「階級によってこなせる依頼に制限がかかる。簡単に言えば、階級が高いほど…強い、ということだ」
そう言ったフリギアは不敵に笑ってみせる。どう見ても、血に飢えた辻斬りみたいな笑い方だったりする。
やっぱり野蛮人っぽいフリギアにとっては、とても楽しい場所なんだろう。
僕にとっては、とても危険な場所だってことだ、うん。
「じゃあ、仲がいいってこと? 国とその…ギルド?」
「一部を除いてはな。ギルドは他所の町や都にはない。だからこそ観光名所になったり、似たような組織を作る際の参考にもされている」
「ふうん。じゃあ、僕が見に行っても大丈夫ってこと?」
「そうだな。お前は貧弱だから、大丈夫だろう」
「何の話だよっ?」
そんな失礼な話をしながら、ギルドの前を通り過ぎる。
ギルドではご家庭の雑草取りから買い物、魔物討伐、護衛まで、色々こなす、という話。
だから、所属している人も子供からお年寄りまで様々だとか。
ギルドについて色々聞いてると、さらに気づいたことが一つ。
「やっぱり人が多いなあ。それに、こんな時間なのに、お店開いてるし」
他の街や村では店が閉まっている時間にも関わらず、ほとんどの店は開いている。
そして、お客が入って賑わってたり。
「物珍しいか。夜通し開いている店もあるぞ。ただ…鉱物系の店は閉まっているな」
「なんだ、残念…って夜通し? 一日中お店開いてるの?」
「ああ」
「うわあ」
どこを見ても、何を聞いても驚くことばかりだ。
更に更に歩き進めると、徐々に建物が単なる石造りから、意匠を凝らしたものへと変わっていく。
比例するように、道行く人たちの服装が明らかにお貴族様っぽくなっていく。
腰に下げた武器も実戦向きじゃなくて、装飾用、地位を示すためのものが多い。
豪奢な馬車が何台も通り抜け、明らかに使用人然した人たちが会話してたり。
「ねえ本当にこっちで合ってるの? なんか場違い」
聞くと、フリギアは口角を上げて小さく笑う。
「場違い? 似合っているぞ。没落貴族らしくてな」
「没…あのさ、ドゥールと同じようなことを言わないで欲しいんだけど」
「同じこと、か。ではそう見える、ということだな」
「見えないし!」
良かったな、だなんて笑うけどさ、没落貴族らしさってどんならしさだよ!
フリギアは嬉しそうだけど…楽しそうだけど…
「全然嬉しくない! ってまた雷? うううっ」
「そうだな」
再度の雷鳴。びくりと身体を震わす僕と、平然と進むフリギア。
そして、僕以外の全員が何の反応も示さない。
なんか悔しい。
「あのさ、急に雨降ったりしないよね?」
「せんだろう。おい待てシアム、止まれ」
「ぐえっ?」
「ここだ」
「ちょっと! フリギア! 突然何するのさ!」
急に立ち止まって、人様の襟を引っ掴まないで欲しい。
抗議するも、いつものように耳を貸さないフリギアは咳き込む僕から手を離すと。
なんでか気合を入れてたり。
「ど、どうしたの? 何か危険があるの?」
「………」
眼光も鋭くなってるし、何より、剣の柄に手を伸ばしてるっていうのが理解できないんですけど。
いやだって、ここ、明らかにお貴族様たちの居住区じゃないか。なのに、どうして?
えっと、ええっと? ぼ、僕はどうすればいいのさ?
「フリギア?」
「シアムよ、ここが俺の家だ」




