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第63話(謀)

 城内でレガートさんとちょっと会話してただけなのに、どうやら結構な時間が経っていたらしい。

 驚きつつも、なんでか全身から疲労感を醸し出してるフリギアと二人で外に出ると、夕日が眩しい時間になってたり。


「うわあ…一体、どれだけ人がいるの?」


 だからって、人の往来は途切れない。

 朝と人の数が変わってないように見えるんだけど…


「驚くほどではない。昼夜問わず、こんなものだ」

「えっ? 夜でも皆一人で外出するの? 危険じゃない?」


 夜なんて、強盗とか人攫いとかそういう人たちの活動時間だから、大体の人は外に出やしないのに。

 酒場に行くにしても、数人で連れ添ってじゃないと、結構怖い目にあったりするし。

 疑問をぶつければ、フリギアは何が面白かったのか小さく笑ってから答えてくれる。


「他所に比べれば、相当治安が良いからな」

「そうなんだ」

「だからと、絶対に安全だ、というわけではない」


 相槌を打つと、フリギアは顎で軽装の一団を示す。

 見れば、背中側にでかでかと剣と盾の紋章が縫い付けられた服を着てるけど…?


「あの人たちがどうしたの?」

「平たく言えば自警団だ。それこそ昼夜問わず、城下の案内から揉め事の仲裁までやっている」

「なるほどなるほど。そういや、皆帯剣してるね」

「ああ。必要になる場面も多いからな」

「やっぱり物騒じゃないか」

「そうか?」


 首を傾げたフリギアはそのまま数歩歩いてから、思い出したかのように口を開く。 


「あとは…そうだな、賭博場と貴族らの夜会があるか」

「夜会、はいいとして。賭博場?」

「お前は良い鴨だな」

「行った事無いけどきっとそうだろうね!」


 賭博場。聞いたことはあるけど、実際にあるんだ。


「賭博場…揉め事多いし、台とかに色々細工する人が多いし、不正の監視と、賭博場側が儲けるための維持が大変だって聞いたけど」

「…国の直営で監視が入っているからな、滅多なことは起きん。あの建物だ」

「えっ? もしかして、あの眩しい建物?」

「ああ。賭博場だけでなく、宿や劇場も併設している」


 そう言ってフリギアが手で示したのは、今まで気づかなかったのが不思議なほど発光してる褐色の建物。

 精霊石を加工した灯りが強過ぎて、周囲の建物含めて朝みたいに明るい。

 その建物へと、様々な人が吸い込まれるように入っていく。

 いかにもソレっぽい雰囲気だけど、普通に違和感なく溶け込んでるのが不思議だ。


 じっと見てるだけで目が痛くなるほど、明るい。


「ちょっと眩し過ぎない? 昼間もあんな感じなの?」

「はは。さすがに昼間は灯りを落としている。夜には良い目印だ」

「だろうね……ん?」


 なんだろう、と思う間もなくフリギアの前に質素な服装の、綺麗な女性がやってきてほほ笑む。

 フリギアも驚くことなく、職業不詳っぽい女性へと眼を向ける。


「あらフリギア様。お仕事帰りに一稼ぎかしら?」

「久しぶりだな。残念だがその予定はない」

「まあまあ、それは残念、かしら? ふふ、お時間がありましたら、観に来て下さいまし。そろそろ新作も始まりますので」

「ああ、楽しみにしている」

「ではまた」


 数秒の会話。あっさりと離れていく女性。

 巨大な紙袋を抱えた二人の男性がフリギアに頭を下げつつ、慌てて女性の後をついて行く。

 フリギアもあっさりと先に行っちゃう。


「行くぞ」

「あ、うん」


 ふと気付いたけど、声をかけはしないけどフリギアに挨拶してる人が結構いる。男性女性、年齢問わずに。

 鎧を着用した人から、偉そうな服を着た人も、商人っぽい人も。

 軽装でも存在感十分なフリギアは、慣れた様子で手を振ったり頷き返したりしてるけど…


「もしかしてフリギア、有名だったり?」

「さてな。ただ、顔だけは良く知られている」

「ふうん…」

「自分から聞いておいて、やる気がない返事をするな」

「うん……ん?」


 フリギアが何か言ってるけどそれどころじゃない。

 ナントカ国に入ったとき感じた気配。それをまた、感じた。

 今度は目印が分かっているから、ソレを探す。


「…………いた」


 昼、馬車から確認した男が歩いていた。今度は数人の男性と一緒に。

 見覚えがない顔なのはいいけど……


「なんでだろ? やっぱり見間違えじゃないし…けどなんでかなあ…ううむ」

「シアム?」


 じっと見つめていたのが分かったのか、男が一瞬振り返る。その顔に、勿論見覚えはない。

 向こうも当然見覚えないから、すぐさま視線は外れる。けど。


 だけど、その腰に下げた剣。その剣が問題で。


「むむ、む…」

「突然どうした」

「むむむむ、む」


 男の後姿を立ち止まって追う、と近くの建物に、店らしい建物に入っていった。


「ううむ…」

「呻いてる暇があるなら歩け。往来の邪魔だ」

「うわっ?」


 それでも店を見てたら、突然手を引かれた。そりゃもう、肩が外れるんじゃないかって勢いで。


「待った! 待ってって! フリギア!」

「また下らんことを考えていたのだろう。本当に、お前はどうでも良いことを真剣に考える」

「はあ? 違うし! 真面目に真面目なことを考えてたのに! ていうか僕いつも真剣なんだけど!」

「そうだな」


 事実を言ったのに、適当な返事が一つだけ返ってくる今日この頃。酷い。

 僕を見向きもせず手を引くフリギアからは、何の感情も読めない。


「城下を案内するのは明日だと何度言えば分かる。全てが珍しいのは分かるが、一人でうろつくな。探す俺の身にもなれ」

「うろつく…探す……僕、子供じゃあないんだけど」

「そうだな」


 本気の抗議に、なのにフリギアは引っ張る手に力を込めるし。

 …まさか、本気で僕が迷子になるとか思ってる?


「一人で歩けるから手、離して欲しいんだけど」

「そうだな」

「いやだからさ」

「そうだな」

「あの…フリギアサン…?」

「そうだな」

「……」


 なんだろう、このフリギア。なんだろう、この扱い。


「……」


 もういい! とりあえずミノアの杖、杖!

 杖のことでも考えてないと、誰かさんの対応の酷さで涙出そうになるし!


 よっし! 気を取り直してフリギアにお願いをしようじゃないか!


「あのさ、フリギア。ナントカ国の案内はいいから明日、朝一番で鉱石店と宝石店に行きたいんだけど…」

「お前、ジェリスと知り合い……ではないな」


 お願いをしたら、予想外の、よく分からない言葉が返ってきたり。


「へっ? な、なんだって?」

「出自不明な上に貧相な人間に、ジェリスが関わる理由はない、か」

「んん?」

「まあ、そうか…」


 聞き返しても、独り言のような何かが返ってくるだけ。


「言ってることが分からない…」

「そもそも、どこぞの田舎から出てきた男が、頭が武器のことのみで満杯の男が、ジェリス…いや、だが…」

「あのさ…前から言おうと思ってたし、言ったような気がしないでもないけど、その、僕に対する当て付けのような独り言、止めない?」

「だが、こいつは自分に関係なくとも、大外れな直感と無駄な好奇心で突っ込んでいく。ならば何かしらの接点が…」

「おおい、フリギア? 聞いてる? おおい」

「全く、下らんことばかり呼び寄せる…これのせいでどれほど俺が…」


 益々理解できないことを呟きつつ、ちゃっかり僕を貶すフリギア。なんで一々僕を貶すのさ?


「フリギア、さっきから当たり前のように暴言吐いてることに、気づいてマス?」

「割り切るしかあるまい。そんな物を拾った俺も俺、か」

「………」


 ごく自然に僕を物扱いしてくれたフリギアは、ようやく気づいてくれたようデス。

 物思いから我に返って、冷徹な視線をこっちに向けて。


 首振りながらため息吐いてくれたよ!


「なにさ! 僕が何したっていうのさ!」

「お前は本当に、本当に厄介ごとしか持ち込まんな」

「何の話だよ! さっきから君さ、僕のこと散々貶して! しかも最後に厄介ごとしか持ち込まないって!」

「何を怒っているのだ。全く分からん奴だ」

「あのねえ! 独り言に見せかけて僕を馬鹿にしてたの誰だよ! でもって反省も謝りもしないし!」


 僕だって怒るよ! ここまで言われたら怒りますよ!

 なのに、鬼のフリギアは軽い調子で頷くだけ。僕の怒りなんてなんとも思ってない。


「ああ、つい考えが口に出たか。ではお前にも理解できるよう、初めから説明をだな」

「いいよ! なんで僕が理解できなきゃいけないのさ! それにそもそも、厄介ごとを持ち込んできたのはフリギアじゃないか!」

「そうか?」

「そうだよ! ちょっと前のことじゃないか! 忘れたとは言わせないよ!」


 何回も、本当に何回も交わしたやり取りなのに、フリギアは初耳のように訳が分からない、と眉を顰めてみせる。 


「何故そうなる。まずは口を閉じろ。喧しい」

「なんで、ってそれ僕の台詞だよ!」

「少しは黙れ」

「あだだっ? だだ!」


 だからって、なんで僕の腕を掴んで握りつぶそうとするかな!


「あだだだだだだ!」

「やはり喧しいな」

「いだだだだだ!」


 フリギアの腕に力が入って、痛い!


「腕! 痛っ! 離して!」

「口で忠告しても無駄だと、ようやく俺も学習した」

「あでででででででっ?」


 フリギアを見ても冗談なのかそうじゃないのか分からない。


「もう少し力を入れれば……折れるか?」

「折るって……あててて! ぴきって言った! 音鳴った! 聞こえたでしょっ?」


 骨が軋んでるような気がしたけど、実は気のせいじゃないっぽいです。

 フリギアの、その手に込められた力だけで、僕の繊細な腕が折れるのは事実だと思う。

 それほど痛い。ていうかビキビキ言ってる!


「分かった! 分かったから手! 手、離して!」

「本当に理解したのか?」

「なんでそう、信用しないのさ!」

「日頃の行いを振り返れば分かるだろうが」

「心当たりない」

「即答するな」


 納得できないけど、ようやくフリギアは手を離してくれた。

 握り潰されそうになった腕を確認すると、見事に手の痕がついて赤くなってるし。

 顔色一つ変えずにここまで力入れてくるとか、フリギアは本当に鬼だと思う。喩えじゃなくて。


「あてててて…」

「シアム、行くぞ。本当に無駄な時間を過ごした」

「………ソウデスネ」


 涙目な僕に、容赦ないフリギアの冷淡な声。

 気分を切り替えて周囲を歩く人に目を向ける。平和じゃないのは僕らだけで、後は皆楽しそう。

 満足そうな笑顔で歩く人や、酒に酔った人の大声、嬌声が所々から聞こえてくる。


 そして、何かが唸るような声も。

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