※ 泡沫の情人。
男の無骨な手のひらが、ゆっくりと存在を確かめるように、肌の上を滑ってゆく。
肩に食いつく、熱い唇。
チュッと吸いあげて刻まれるのは、交わした情の痕跡だ。
うっかり鏡を見て一晩の慰めを欲した自分を思い知るのが嫌で、いつもなら止めさせる行為、なんだが。
手練手管を凝らした情婦のおねだりよりも……。
切羽詰まったコイツの吐息が、止めさせるのを躊躇わせるのはどうしてなんだかなぁ。
しかも、それを嫌だと感じていない自分にこっそり苦笑したら…………気づかれた。
「兎場、さん……?」
微かに息のあがった、うわずった声が。
追いつめられた抑揚で、オレの名を呼ぶ。
「うん?」
「兎場さん……。好きです」
甘い甘い……囁き。
なんだってこんなオッサンが欲しいんだかなぁ、コイツは。
――――……どうせすぐ、いなくなっちまうくせしてよ。
泡沫の、いまだけの関係に意味を持たせてみたって、先なんざまるでない。
コイツを可愛いと思うのならば、オレにつき合わせて死なせちまう前に手放してやるのが一番だ。
今回生き延びたのは、たまたま運がよかったからで。
次は、ふたり揃ってあの世行きなんてことにもなりかねないと、今回のことで身にしみた。
なまじ実力が抜きん出ているせいで、コイツはオレについて来ようとする。
それではダメだと、オレではきっと、教えてやれない。
オレとコイツじゃ、戦い方がまるで違う。
成り立つ基礎が違うんだ。
だからそれで当然なのだと、オレの側にいる限り、コイツにゃ理解できないままになる。
コイツが叩き込まれたのは、強化服ありきの戦い方で。
オレが仕込まれたのは、強化服なんてなかった頃の戦い方だ。
あんな動く棺桶。
とてもじゃないが、オレにゃ怖くて入れねえ。
空気の動きも匂いもなにもかも。
あんな機械人形に押し込められてりゃ、感じることができゃしねえ。
ピリピリと肌を刺す戦場の気配を全身で捉え、視界の外にあるもの全部を五感で拾って…………。
それでようやく、敵と向き合える、なんて感覚。
いまの若い連中にわかれったって無理な話だ。
死にたがりなんだとオレが思われているのはたぶん、その辺のギャップからだろう。
実際は、死の淵を覗いてきただけで、こんなにも怖い。
若い雄の、生命力溢れる息吹きを体で感じてホッとしたい、なんて。
生きてる感覚を実感したいがためだけに、コイツを利用しようだなんて。
オレもたいがい、浅ましい。
「…………んん……ッ」
体の奥をまさぐる指の、その感覚にビクリと身を竦める。
みっともねぇとこ見せたかねんだが、これは、ちょっと…………。
「痛い……、ですか?」
「……いゃ。痛くは……ッ……」
「ああ……ココ……?」
「う、わ……ッ。待て、待て待て……ッ。待て……って……」
ちくしょう。
可愛い顔して、なんでこんなに手慣れてやがんだよ。
イイ場所を絶妙な力加減で擦られて、押し殺し損ねた声が、ひっきりなしにこぼれでる。
この野郎……。
さっきまで遠慮してやがったくせしてッ!
中の感覚に翻弄されまいと歯を食いしばれば、全身をくまなく愛撫されて…………。
――――……結局は、オチた。
ああ、もういい。
どうせ最初で最後だ。
咬みつくようなキスを仕掛け、小鳥遊の余裕を、根こそぎ奪う。
オレばっかり振り回されるのは、性に合わない。
どうせなら、オマエも理性なんざ捨てちまえ。
口の中を犯すように舐めまわして。
絡んでくる舌を、思う存分貪る。
息継ぎももどかしいほど、深く、深く唇を合わせて…………。
「……ふ……ッ………ァ……」
性急に押し入ってくる灼熱を、含み笑いで受け入れる。
余裕なんぞまるでない小鳥遊の表情が。
傷の痛みすら忘れさせてオレを煽る。
痛いのも苦しいのも、生きてる証拠だ。
ぐるぐると体の奥で渦巻く、この熱も。
「……兎場さ……兎場さん……ッ」
自分のペースに持ち込もうとする小鳥遊を許してやらず、かといって、オレが主導権をとるでなし。
さんざん翻弄して。
溺れて。
途中からはもう、獣の交わりと大差ないほど、ただただ貪りあって…………。
死にかけるほどの怪我をしたその日の晩に、加減を忘れてサカったツケで。
次の日入院する羽目になっちまったのは、まあ、 ご愛嬌だ。
あの後ほっぽり出して来ちまったが…………。
ガキの興味なんざ、移ろいやすいもんだ。
妙に執着してやがったが、アイツもこれで……気が済んだだろう。
それをちぃとばっか寂しく感じてるたぁ、オレも年を取ったもんだよなぁ。
※ウサギさんはぼちぼち、正座して自分の気持ちと向き合いましょう、なお話※