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tea break  作者: ふゆき
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ハッピーバレンタイン

どこかソワソワした室内の空気に顔をあげれば、定時まであと少しという時間だった。


ウチの職場の連中は、残業なんて気にしないような、ワーカーホリックばっかりだ。


今日に限ってなんだろうと思いつつ、苦手なパソコンと格闘してたらば。



「兎場さん。あの、コレ……。手作りチョコレートです。どうぞッ」



華の顏をほんのりと朱に染めて。


若手の中ではイケメンナンバーワンと名高いはずの男……。


小鳥遊 翔太が、ハート型の箱をおずおずと、両手に掲げて差し出してきた。



あ――……。



バレンタインか。


どうりで、他の連中がソワソワしてる訳だ。



貰う当てがあるのかないのか。


どっちにしろ、お盛んなこって。



こっちゃあ、報告書という名の始末書作りに悪戦苦闘の最中だ。


世間様のイベントに踊らされてる余裕なんざありゃしねえ。



貰う当ても…………毎度の義理チョコしかなかったんだがな?



肩までの少し長めの髪をお洒落にピンで止めた、ファッション雑誌から抜け出してきたかのような気合いの入った服装の。


しかも野郎から貰う予定は、さらさらなかったんだが。



女なら思わず見惚れる容姿をほんのり恥じらいに染める姿がまた、人の視線を釘づけにする。



もっとも、どんだけ気合いを入れてチョコレートを差し出されようが、碌に目を向ける余裕もねぇんだがよ。



定時を過ぎても今日の分の始末書……じゃなかった、報告書が未提出だとカエラに知れたらクソ喧しい。



回収に来られる前に、せめて仕上げとかなきゃ、シメられる。



「ウサギさん、ウサギさん。おたくのお子さん的な子が、かまって光線出してるから相手したげて」



同期のくせして、カエラと同じくとっと部長職に収まりやがった長谷川の、どこか焦ったような声が微かに耳に届く、が。



正直、コイツの相手をする時間さえももったいない。



「んー……。報告書の入力終わったらな」



「明日でいいから!」



「カエラに怒られる」



そりゃ、研修だなんだのと世話してやってるし。


なんだかんだでなついてくる小鳥遊は可愛い。


なにより、コイツがたまに作って持ってくる菓子は口に合う。


ことあるごとに食わせてもらってる身としては、かまってやるべきなんだろうとは思う。




――――……思うが、カエラに叱られるのはめんどくさい。



「あら、いいわよ、明日で。ウチの子たちだって、夜勤当番でもないのに、今日みたいな日に残業したくはないだろうから」



太い、けれど柔らかな声が頭の上から聞こえ、手を止める。


黙ってりゃいい男なんだが。


中身がまるっと女なんだよなぁ、コイツはよ。


そのくせ、ビシッとしたスーツを身に着けてやがるから、違和感も甚だしい。



「…………もう定時過ぎてんのか」



「とっくにね。はい、ハッピーバレンタイン。総務課女子一同から」



「ん」



差し出された紙袋を、習慣から無意識に受け取る。


毎年恒例の、総務課からのお情けだ。


義理であれひとつも貰えないのは可哀想だとカエラがくれはじめた義理チョコは。


いつの間にやら、総務課全員からの差し入れと化していて。


疑問もなく受け取ったら、小鳥遊にキレられた。



「兎場さんッ。なんでカエラさんからのは、すぐに受け取るんですかッ」



「毎年恒例だから?」



「な……ッ」



ショックを受けたらしいイケメンさまは無視して、紙袋に添えられたメッセージカードをチェックする。



んん?



「カエラ、おまえコレ。人数増えてねぇか?」



「増えてるわよ。だってあなた、人数割りしないで、貰ったものの金額×3倍の品物を、お返しで全員に配るでしょ」



「そういうもんなんだろ?」



ひぃふぅみぃ…………なんで総務課の女どもの人数より、添えられてる名前のが多いんだよ?



「………………兎場さん……。それ、違います」



「小鳥ちゃん、小鳥ちゃん。総務課の女の子全員から敵視されちゃうから、シーッ」



「あ?」



「なんでもないなんでもない。小鳥ちゃんのは無償の愛だから、ありがたく貰ったげなさいよ」



小鳥遊の口を塞いだ長谷川が、引きつった不自然な笑みを浮かべる。


長谷川にも結構なついてるよな、アイツ。



「小鳥ちゃんのが、ぜってぇ1番高くつくぞ?」



「なんで」



「手作りとか抜かしてなかったか?」



「あらあら。それは価値計算が難しいわね」



上品に微笑みながら、長谷川に拘束されてもがく小鳥遊を、カエラが救出する。


ほっといてくれりゃ手元に集中できるってのに、余計なことを。



「あの、あの。だったら、休日1日オレに下さい!」



「ああ?」



「作るのにかかった時間×3倍ということで!!」



「そんなんでいいのか?」



「はい」



にっこりと満面の笑みを浮かべた小鳥遊が、オレがさんざん苦労した書類の入力を、サクサクと終わらせてしまう。



んでもって、再度ハート型の箱をニコニコと差し出してきた。



んー……、書類の入力終わらせてくれたしなぁ。




1日くらい、まあ……いいか……?








◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「ねえ、長谷川くん。仲良しさんなんだから、小鳥ちゃんの尾っぽが尖ってるの教えてあげなさいな」



「ヤだよ。小鳥ちゃんてばフラストレーション溜まると、手に負えなくなるもの」



「どうしてアレが子供に見えるのかしらね、ウサギさんは」



「鳥は鳥でも、猛禽類の雛だよ、アレは」



「あら。だったらウサギが食べられるのは、理にかなってるのかしらね」



「カエラちゃん、ソレ辛辣すぎ」



「…………仲良きことは、いいことよね」



「そうだね、うん。はい、そこ! じゃれるなら帰ってからにするように!! はいはい。仕事の終わった人は、解散〜」





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆











※小鳥ちゃんがウサギさんを気にしだした頃のお話☆※












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