第九十八話 三百人の少女達
とりあえず、俺は優と凜さんに、彼女たちの事を「『岸部藩』の領内で埋蔵金探しをしていたときに、男性達の身の回りの世話をしていた女中さん」と紹介した。
「……それで拓也さん、『お好き』って言われるというのは……どういうことでしょうか」
うっ……凜さんの視線が厳しい。
「あら、別段なにかやましいことがあったわけじゃないわ。ただ、私たち姉妹にとても優しくしていただいたっていうだけ」
場の雰囲気を察したのか、お梅さんがうまく取り繕ってくれた……と思ったのも束の間。
「なにしろ、桐はもちろん、遊女である私にも手を出してこなかったのだから……」
再び緊迫した空気に戻る。
なぜこの女性は、そんな爆弾発言をさらりと言ってのけられるのか。
「……遊女って……まさか、拓也さんが雇っていらしたの?」
凜さんが驚いたように確認してくる。
「あら、違うわ。私も桐も『岸部藩』側の人に雇われていたの。まあ、拓也さんにもお世話にはなったけど……本当に真面目で、律儀な方だわ」
お梅さんのその言葉に、優も凜さんも安堵。うん、そもそも俺は何にもやましいことなんかしていないのだから、そんなにおどおどする必要も無かったか。
「その通りです……ただ、裸で水浴びしているところ、覗かれちゃいましたけど……」
今度は桐の爆弾発言だっ!
うっ……また優と凜さんが、疑いの眼差しで睨んでくる。
やれやれ、説明が長くなりそうだ……。
――半刻後。
なんとか誤解が解け、俺は『優しくていい人』という(建前上の?)結論に達し、みんな意外と仲良くなって、埋蔵金探しで本物の仙人に会ったときの思い出なんかを語りながら和気藹々と前田屋のある通りまで帰ってきた。
そこで俺の経営する系列店の従業員に二人を紹介するため、手の空いている人に集まって貰ったのだが……。
まず、凜さん、優、ナツ、ユキ、ハルの五人。それに天ぷら専門店『いもや』のヤエ、海女の時期が終わり、手伝いに来てくれているミヨ。さらには、良平の彼女の『梢』も出てきてくれた。
これに桐とお梅さんを加え、合計十名。
「えっ……これって……みんな女の子ですよね?」
桐が戸惑いながら辺りを見渡す。
お梅さんが
「やっぱりね……」
とつぶやきながら苦笑していた。
「い、いや、もちろん男の従業員もいるけど、今ちょうど料理の仕込みとかしているから……」
「あら、そうなの? 男性はどんな人?」
「えっと……まず、鰻料理専門店『前田屋』の料理長の良平。それに、用心棒で剣の達人、源ノ助さん。あとは……」
そのぐらいしかいない。
「……やっぱり、女の子がお好きなのね」
うっ、お梅さんの鋭い指摘。
まあ、彼女たちの半分は笑っているから、いいか。
「いや、好きとか嫌いとか、そう言うんじゃなくて……たまたま、俺が経営している仕事に女性が向いていたっていうことだよ。あんまり力のいる事じゃないし、根気や気遣いが必要な内容だから」
基本的には接客や料理の下ごしらえなんかがメインなので、これは嘘ではない。
「……いいえ、ご主人様は、私たちのためにわざわざそういう仕事を作ってくださったんですよ。お鈴さんやおフネさんを入れると、十人以上もの人の面倒を見ていただいています。みんなにすごく慕われているんですよ」
自慢げにそう語ってくれたのは、ハルだった。
ちなみにお鈴さんはヤエの母親で、『いもや』の料理長。おフネさんは海女であるミヨの母親だ。
「凄いわね……その若さでこれだけの人の面倒を見ているなんて……」
そう、気がついたらこれだけの人が従業員になっていたのだ。
直営店は、『前田屋』と凜さんの『薬屋』、それとナツに任せている『小料理屋』で、天ぷら専門店『いもや』も、実質経営者は俺ということになっている。つまり、現代風にいえば四店舗のオーナーだ。
「それで、私たちは何をすればいいのかしら。小料理屋の手伝いって聞いたけど……」
お梅さんの表情はさっきまでよりずっと真剣になっている。
「そう、まだ開店したばっかりの小料理屋があって、主に魚料理を専門に出しているんだけど、今は手探りの段階です。昼間だけ商売してたけど、そろそろ慣れて来たからやっぱり夜もお酒を出したりして、お客さんを楽しませてあげればいいかなって思って」
「……そういうことね。つまり、私に殿方の『夜のお相手』をしろと……」
お梅さんの真剣な言葉に、一瞬場が凍り付いた。
「い、いや、その、変な意味じゃなくて……単にお酒を注いであげたり、楽しくお話をしてあげたりしてもらえればいいかなって」
お梅さん、こういう接待も得意なはずだ。
「……それだけでいいの?」
「ええ、もちろん。だから、賃金はあまり高くないですが……そのかわり、住むところと『まかない』は保証します」
「……それは事前に文に書いてくれていましたから、了承しているわ。でも、その仕事内容だけだと逆に申し訳ない気がするけど……」
「いえ、それでお客さんが増えてくれるのなら十分です。今までそういうお店、なかったですから……まあ、あまりやり過ぎても困りますが、かるくお酌する程度で」
阿東藩から高級料亭である『月星楼』が撤退して以来、この手の店は全くなくなってしまっていた。そこで小料理屋を、夜だけ居酒屋にしようという目論見だった。その分ちょっと料金は高く設定し、収益を増やす。
「……それで、私は何をすれば……」
けなげな少女、桐の言葉だった。
「君にはしばらく裏方に回って、店主のナツの手伝いや、皿洗いなんかを受け持ってもらおうと思っている。慣れてくればお客さんの注文を取ったりもしてほしい。奉公に出ていた経験があるっていうし、大丈夫だと思うけど……」
「はいっ、それならできると思いますっ!」
にっこりと笑顔で返す。うん、素直でいい子だし、奉公先できちんと教育も受けていたようだ。
「……それにしても拓也さん、あなた、女の子ばっかり雇っているようだけど、なにか魂胆があったりしますか?」
……お梅さんの一つ一つの言葉が遠慮無く鋭すぎて、そのたびに緊張が走る。
「いや、魂胆っていうか……自然とそうなってしまったんだよ。例えば、同じ年代の男子だったらば農作業や大工とか、力仕事がいくらでもあるけど、女の子だとそうは行かない。もっと年上だったら嫁いで家庭に入るっていう人が多いだろうし……それに対して、俺が進めている仕事ならそんなに力もいらないし、ちょうど雇いやすいっていうか……」
歯切れが悪くそう言っていることに対して、凜さんが一歩前に出た。
「拓也さん、もっとはっきりとおっしゃればいいのに……『身売りされそうな女の子を助けたい』って……」
彼女の言葉に、お梅さんも桐も、はっとした表情になった。
「ここにいる女の子達、全員がとはいいませんが……身売りされそうになっていた者が何人もいます。それを引き取ってくださったのが拓也さんで、その上、まっとうな仕事まで与えてくれたのです」
お梅さんと桐は、周りの女の子達を見渡し、そして下を向いた。
凜さんの言葉は正解で……『いもや』の娘であるヤエと、良平の彼女の梢以外は、全員身売りされそうになったことがあったのだ。
そしてこの姉妹も、同じ境遇だった。
「……ごめんなさい、私、ちょっと拓也さんの事、疑ってた……文を貰ったとき、そんなうまい話があるわけない、また騙されているんじゃないかって……でも、今、こんなにみんなに慕われているのを見て、そして凜さんの言葉を聞いて、考え直しました。私で良ければ、一生懸命働きますから、どうか妹共々、よろしくお願いします……」
……なんかお梅さん、今までと違って、涙まで流しながらそんな風に言ってくれた。
桐も泣きながら、「よろしくお願いします」って頭を下げているし。
これでみんな、笑顔になった。わだかまり無く、二人を受け入れてくれるだろう。
「でも拓也さん、女の子ばっかり……ほどほどにしないと、いくら貴方でも雇いきれなくなりますわよ」
凜さんが、少し呆れたような、冗談めかした口調で話しかけてくる。しかし、俺の答えは真逆だった。
「いや……まだ、もっと雇うつもりだよ」
「もっとって……一体、後何人……いえ、まさか何十人も集めるおつもり?」
「そうだなあ……今考えている予定では……三百人ぐらい、かな?」
「「「「三百人っ!」」」」
何人もが一斉にハモッた。
「あの……それって、女の子ばっかり?」
「いや、男の人も何人かは雇うと思うけど……ほとんどそうなるかな」
「若い女子をそんなに集めるなんて……まさか、遊郭でも始めるつもり?」
お梅さんの問いかけに、また場に緊張が走る。
「いや、そうじゃなくて……うん、まあ、まだ秘密にするつもりだったけど……」
そして俺は、その壮大な計画をみんなに打ち明けた。
「……まさか、そんなことがこの阿東藩でできるわけがない……」
「三百人も女の子を集めるだけで大仕事でしょう……」
「一体、どれだけのお金と下準備が必要なのか……」
みんな口々に心配して声をかけてくれる。
しかし、成功するという自信はあった。
「もちろん、準備は必要だし、時間もかかる。それでも、俺はやらなきゃいけないことだと思っている。うまくいけば、少なくともこの阿東藩から『身売り』される女の子なんかなくなるんじゃないか、とも考えている。あの木道だって、その準備の一つと言えなくもない。俺は想像したんだ……何人、何十人もの少女たちが、期待に胸を膨らませながらあの木道を渡り、この街へと働きに来る姿を……」
「……拓也さん、それ、本当に本気なんですね……成し遂げる気でいるんですよね」
今まであまりしゃべらなかった優が、涙を浮かべながら俺に語りかけてきた。
「ああ、もちろん、本気だよ。もう、現代に於いてもいくつか準備を始めている。まあ、阿東藩ではその前にしなければいけないことがいくつもあるけど……最終的にはさっき言ったように、三百人以上の少女たちを雇うつもりだ」
「……やっぱり、私の……私たちの夫はすごいです……私も、全力で協力しますから、絶対に成功させましょう!」
そう言って、人目もはばからず両手で俺の右手を握ってくる。
「あ、ああ。もちろん」
ちょっと戸惑い、照れながら、俺も左手を添えた。
「……お梅さん、信じられないかもしれませんけど……拓也さんは『仙人』と呼ばれる方で、今までに一日で千両稼いだり、三十万両とも言われる埋蔵金の発見に成功したり、海底に沈んだ小判の引き上げを成し遂げたりしたこともある、本当に凄い人なんです。ですから……その新しく立ち上げる仕事も、きっと成功しますわ」
凜さんの真面目な口調に、お梅さんと桐の二人は大きく頷いた。
彼女たちも知っていたのだ……俺が仙人と呼ばれていたことを。
「ところで、それだけの女の子達を揃えて、お風呂はどうするおつもりですか? やっぱり、湯屋を使います?」
「……」
「あっ、貴様! 大勢の女子と一緒に湯屋に行こうとか、いやらしい事を考えているだろうっ!」
「ち、違うよナツ。そういえば風呂のことまでは考慮できてなかったなって思っただけで……大人数になるまでに考えておくよ」
「……でも、今はまだ湯屋を使っているのよね。私たちは別に構わないけど……私も桐も、岸部藩で裸、見られているし」
「なっ……もう手を出しているのか。これは制裁を加えねばっ!」
「ち、違うって。手は出してないし、見たのもわざとじゃないからっ!」
一同、大爆笑。
まあ、場が和んだのは良かったが、俺がそんないやらしい男に思われるのは不本意だ……本音では、ちょっとだけ大ハーレムを想像したりしてたけど。
こうして『前田屋』組織は新しいメンバーを加え、そして『少女三百人雇用』というとてつもない目標を掲げた。
しかしその達成のためには、いくつもの段階を踏む必要がある。
最初から人が集まるわけではないので、当面は優秀な娘のスカウトとかも必要だろうし。
まず出来る事から少しずつ、計画を開始していくことになったのだった。





