第七十八話 現代での共同生活 その2
その夜、俺と優は、現代の俺の部屋で一緒に寝ることになった。
現代において一緒に寝泊まりするのは初めてだし、同じ布団で夜を明かすこと自体、江戸時代で行方不明になった妹のアキを探しに出た時以来だ。
あのときは旅籠の一室で、隣の部屋とは襖を一枚隔てただけだった。
今日は二人きりとはいえ、薄い壁を隔てた隣室ではアキが寝ている。
まさかアキが聞き耳を立てているとは思えないが、あんまり変なことはできない。
ちなみに、アキは凜さんが『妾』と言ったことについてぎゃあぎゃあ騒いでいたが、『家族同然』という意味で、手を出したりしたわけではないと説明し、なんとか納得してもらっていた。
それにしても……やっぱり、優はかわいい。
そんな子がすぐ隣で、肩をくっつけるように寝ている……それだけで、幸せな気分だった。
そっと彼女の顔を覗いてみる。
すると彼女はまだ起きており、想像と違い、その表情は憂いを含んでいた。
「優……なんか気になる事があるのか?」
「ええ……実は、みんな明るく振る舞っているけど、昨日の事、相当怖かったみたいで……」
「……そうか……そうだよな、あんな暗くて狭いところで、いつ見つかるかも分からない中、じっと我慢していたんだよな……」
「はい……一番最初にこっちに移転したハルちゃんでさえ、みんなのことが心配で震えてたって言ってましたから……ユキちゃん、ナツちゃんも相当……」
それ以上、言葉が続かなかった。
俺は責任を感じていた。
こんな事になったのも、俺が興味本位で安易に『宝探し』なんかに出たせいだ。
巨額の財宝が絡んでいる以上、どんな人間の『欲望』が牙を向いてくるかもしれないと、よく考える必要があったのだ。
あるいは、あの廃坑に存在した『呪いの血文字』は、このような事態になる事を見越しての、何者かの警告だったのかもしれない。
「俺、みんなに何がしてあげられるかな……」
「……分からないですけど、でも、今でも十分、いろんなことしてあげられていると思います。あっちの世界でも、私たちに衣・食・住の他に、仕事のお世話までしていただいているんですから……」
「……いや、そうじゃなくて、今回の件で落ち込んでいるみんなが立ち直るような、喜ぶような事……」
「でしたら、直接みんなに聞いてみたらいいんじゃないですか?」
「……そうか、そうすればいいのか……ちなみに優、君は何か、欲しい物とかあるのかい?」
「私ですか……私はもう、持っています。他のみんなが持っていなくて、私だけ持っている……この『らぷたー』です」
優はそう言って、俺に左腕の装置を見せた。
「これを持っていたおかげで、みんなを助けてあげることができました。元々、私だけ仙界に来られるのはずるい、って言われてましたし……だから、私はもういいです。後は、みんなが心から笑顔になってくれればそれだけで嬉しいです……」
「そっか……じゃあ、明日、みんなに聞いてみるとするか……」
しかし、それに対する返事はなかった。
もう優は、すやすやと寝息を立てていた。
(……相当、疲れていたんだな……)
そう考える俺もかなり疲労しており……十秒後には深い眠りに落ちていた。
翌朝目を覚ますと、既に優は起きて朝食の準備を手伝っているようだった。
この日は平日、俺もアキも登校しなければならなかった。
――放課後、家に帰ると、江戸時代の五人はずっとリビングでテレビを見ていた。
その表情はかなりかったるそうだ。何もせずずっと家の中にいる事に飽きているのだ。
ゲームとかもあるけど、プレイ方法なんか分からないだろうし、現代のテレビ番組を見たってほとんどわけが分からないという。
マンガとかは置いてあるけど、現代の文字はうまく読めないらしい。
その他のDVDなんかの機械類は壊してしまいそうで怖くて触れないという。
退屈そうな、優を除く四人に、それぞれ何か欲しい物が無いか聞いてみた。
今回だけ特別に、こっちの世界でしか手に入らない物でも構わないと言ったのだが……。
まず、元気なユキは
「空を自由に飛び回れる機械が欲しい」
と言ってきた。
「いや、ごめん、それはさすがにこっちでもまだ実現してないんだ。一応、『飛行機』っていう乗り物はあるけど、一人の人間が好きなように飛び回れるっていうのは……うーん、少なくとも江戸時代に持って行ける物はないなあ」
「じゃあ、じゃあ……えっと、あの鷹の見た風景が見えるやつ。私も『さつえい』したい!」
「ああ、あのオオタカに小型カメラを付けて撮影したやつか……うーん、それならできるかもしれないけど……オオタカを用意しないといけないな。『鷹匠』として慣れるまでが大変だろうし……いや、お蜜さんに教えてもらえば……ユキ、ちょっと考えさせてくれ。なんとか考えてみるから、楽しみに待っていてくれ」
そう伝えると、彼女は嬉しそうに俺に抱きついてきた。
うん、ちょっと大変そうだけどなんとかしてあげたいな。
次にハル。
「私は……あの、窓の外見たら、『じてんしゃ』が勝手に走っていたので、それが欲しいですぅ!」
「自転車が勝手に? ああ、原付かオートバイのことかな……うーん、それも難しいなあ。免許がいるし、危ないし、第一重量がありすぎて江戸時代に持って行けないなあ……一番軽い物なら、優なら持ち込めるかな……ごめんこれもなんとか考えてみる。楽しみにしといてくれ」
すると彼女も、やはり満面の笑みで俺に抱きついてきた。
次にナツ。
「私は……そうだなあ、本当になんでもいいのか?」
「ああ、怖い思いをさせてしまったお詫びだ。ただし、そんなに重くない物で、普通に手に入る物に限られるけど」
「……じゃあ、遠慮無く言わせてもらうと……私は、『真剣』が欲しいっ!」
…………。
「なんだ、その呆れたような目はっ!?」
「……いや、まさか女の子が、『真剣』を欲しがるとは思わなかったから。……うーん、真剣、か。重さはクリアできると思うけど、法律的にいろいろと問題がありそうだなあ。値段も高い、かな? 模造刀なら……」
「いや、偽物なら私はいらない」
「うーん、かなり難しそうだ。でも、なんとか頑張ってみるから……」
「まあ、期待しないで待っているよ。そんなに無理しなくてもいいからな」
さすがにナツは抱きついて来なかったが……ちょっと嬉しそうではあった。
最後に凜さん。
「私が欲しいのは……そうですね、薬が欲しいです」
「薬? どこか悪いんですか?」
「いいえ、そうじゃなくて、好きな相手を振り向かせる『惚れ薬』があれば嬉しいなって」
「……凜さんらしいなあ。でも、残念ながらそんな薬、こっちの世界でも存在しないんです。もし売っているならば、俺が欲しいぐらいだ」
「あら? ……拓也さん、どなたにお使いになるつもり?」
しまった、と思ったが、時既に遅し。
「……まさか、浮気とか考えていらっしゃるんじゃないでしょうね? ひどい……」
これはまずい。ねちねち言われそうだ。
「い、いや……そ、そう、たとえば優とケンカしちゃったりすることがあって、嫌いになられてしまったら使うことがあるかなって……他の人に使ったりしないし……いや、さっきも言ったように、そもそもそんな薬、ありませんから」
しどろもどろになりながらも、なんとかごまかした。
「……いいですわ。分かりました。では、やはり私が欲しいのは、拓也さんご自身……」
「り、凜さん、代わりの何か探しますので、期待して待っていてくださいっ!」
俺は強引に話を終わらせた。
凜さんはちょっと不満そうだったが、後で聞いてみるとこのやりとり自体、結構楽しかったという。
結局、誰一人として希望の物をすぐには用意できなかった。
そこで、次の休みにどこかに連れて行ってあげることにした。
遊園地も考えたのだが、ちょっと刺激が強すぎるかな、と思い直した。
彼女たちは恐らく癒しを望んでいるはずだ、と考え、近くの動物園に行くことにした。
土曜日、レンタカーを借り、母の運転で「ふれあい動物園」へ。
もちろん、妹のアキも同乗している。
この動物園では普通の檻に入れられた『見るだけ』の動物のほかに、その名の通り『触れられる』動物たちもたくさん存在した。
彼女たちは車での移動の段階から凄く興奮していたが、動物園に到着すると、久しぶりの屋外と言うこともあってテンションが異常に高い。
ヒヨコやモルモット、子犬や兎といった小さな動物、ヤギとか羊といったちょっと大きめの動物に、実際に触ってその毛並みや体温を感じることができる。
亀なんかも触れられるが、意外にもナツがは虫類を苦手としており、ちょっと腰が引けている様子が面白かった。
あと、江戸時代の女の子にも『アルパカ』が大人気。
そのモフモフの毛皮を触って大はしゃぎ。
また、アキも含めて全員、ポニーに初騎乗。ちょっと怖がっていたが、なんとか歩けていた。
ちなみに、ナツと俺はサラブレットの騎乗にも挑戦。
なぜかナツの馬が暴走し、職員をパニックに陥れたが、当のナツは怖がるどころか、
「初めて馬に乗れた、感動したっ!」
と興奮、大喜びだった。
この動物園には、もちろん普通の動物園同様、日本の野生には存在しない動物も飼育されている。
猛獣の虎やライオンを見てその迫力と勇ましさに歓声をあげ、象やキリンのあまりの大きさに絶句する少女たち。
ドーム型の鳥類が飼育されているコーナーでは、ピンクのフラミンゴに感動。
鳥の中でも最大の『ダチョウ』に驚愕していた。
ちょっと休憩時にアイスクリームを買って食べたのだが、そんな物でも初体験で興味津々、歓声を上げているのが印象的だった。
いろんな場所で記念写真を撮り、思い出にも残った。
帰りの途中、『天ぷら』と『鰻』の専門店を訪れ、現代のこれらの料理を試食。
その味に、やはりみんな感銘を受けているようだった。
そして現代での共同生活は、この日が最後だった。
その夜、俺はみんなを集め、今後の事について話を始めた。





