第七十三話 家族
阿東川最源流で『金版』を見つけた翌日の夕刻。
前田邸にて、優、凜さん、ナツ、ユキ、ハルの五人に今回の旅を報告することになった。
今回持ち込んだのは、約10インチのタブレット端末。専用のスタンドに立てて、動画を再生する。
彼女たちには以前からスマホの動画は見せていたが、タブレットの大きな画面は初めてで、皆興味津々。
とはいっても、俺を含む六人でのぞき込むにはやや小さい。
少女たちは、操作するために真ん中に座る俺に、密着してくる。
両隣に背の低いユキ、ハル、後列にナツ、優、凜さん。
周りを取り囲まれ、体をくっつけられている事を、変な意味ではなく純粋に嬉しく感じる。なんて言うか、『本当の家族』のような一体感に、幸せを感じてしまうのだ。
動画がスタートし、まずは旅立ちの場面。前田邸で女性陣が全員総出でお見送り。
それを見たユキとハルは
「私たちが映ってるっ!」
と大はしゃぎだ。
ちなみに、カメラは顔の横にレンズが固定される、ハンズフリーの小型カメラを使っている。これは自分が見た目線で冒険の記録を残したかったためだ。
その後、三郎さん、お蜜さんと共に阿東川をどんどん遡っていく。
途中で水鳥たちが一斉に飛び立つ場面に遭遇したり、大岩の間を連続で飛び越えていったり。美しい風景、そしてちょっとスリルがある映像に、みんな食い入るように見続けている。
いかに身近な阿東川とはいえ、遡っていくなんてこと、彼女たちはしたことがなかったのだ。
だんだんと川幅が狭く、流れが急になっていく。みんなが今後の展開を期待しているのが分かる。
不意に、目の前に大きな滝が見えた。『大轟の滝』、落差五十メートルほどの、結構な水量を誇る名所だ。女の子達も、うわさには聞いていたようで、やっと見ることができたと喜んでいる。
「実際に生で見るともっと迫力があって面白い、今度時間ができたらみんなで見に行こう」
と約束した。
ここから上流は、さらに到達した者が少なくなるだろう。
『大轟の滝』は『九十九滝』の一番下に位置する。つまり、ここを超えてもさらに複数の滝の脇を登っていかないと上流にたどり着けないのだ。
ここは時間がかかったのでダイジェストで流し、いよいよ冒険は佳境に入っていく。
みんな相変わらず真剣に見てくれている。BGMも付けておけばよかったかな。
最源流に近づいたと思われる山中で、今後進むべき道を失った三人。
そこでオオタカの登場。優が、
「アラシ……」
と一言、つぶやく。名前、覚えていたんだな。
人によく慣れたこのオオタカにナツも興味を持ったようで、
「やっぱり鷹は格好いいな……私、鷹狩りに憧れていたんだ……」
と目を輝かせていた。
鷹狩りに憧れる女の子はそうそういないと思うが……今度お蜜さんに話しておこう。
そして今回の目玉、オオタカに取り付けた小型カメラの映像。
これは低空飛行のバージョンだとめまぐるしく動いて酔いそうになるので、かなり高度からの映像を再生。
どこまでも連なる緑濃き山々、そこを縫うように流れる阿東川の支流。
「凄い、私たち、鳥になったみたいっ!」
「鷹って、なんか気持ちよさそうっ!」
雄大な自然をゆったりと見せてくれるその映像に、ユキ、ハルから歓声があがった。
ついに目的の場所を特定した俺達三人は、一人ずつ崖を登っていく。
この時も、俺はカメラを装備していたので、その緊迫感が皆にも伝わる。
とくに、一瞬だけ下を見てしまったときは、優が悲鳴を上げていた。
ようやく登り切ったその場所からの映像は、俺が見て感動したとおりの絶景。
みんなも「綺麗……」とか、「拓也さんが羨ましい……」とか口に出していたが、誰も行きたいとは言わなかった。
そして見つけた小さなほこら。三郎さんが錠を開け、宝箱を取り出す。
次の瞬間、突如けたたましく鳴り響いた鐘の音に、映像を見ていた女の子全員、びくっと肩を上げた。
「これは……拓也さん、この鐘は何だったんですか?」
優が心配そうに俺の顔をのぞき込んでくる。
「いや、俺にもよく分からない……三郎さんも何かの罠かと思ったらしいんだけど、その後、何もおきなかった」
俺のその言葉に、全員何か、釈然としない様子だった。
その後、とりあえずこの場所は危険かもしれないから、ということで三人とも崖を降りて、その下でややこしいカラクリで閉じられていたその宝箱を、三郎さんがこじ開けた。
中に入っていたのは……今動画を再生しているタブレットより一回り大きいぐらいの、ずっしりと重そうな質感の『金版』だった。
これには全員から歓声があがる。
「すごい、遂に金を見つけたんですねっ!」
「本当に財宝を探し当てたのかっ!」
みんな大喜びだ。
「……いや、これでも宝のほんの一部だろう。ほら、何か文字が刻んでいるのがみえるだろう? 変な記号も混じっているし、今は何が書かれているのかよく分からないんだけど……あと二枚、同様の『金版』を揃えれば、最終目標の場所が分かるかもしれないんだ」
「ふーん……先は長いみたいだな……」
ナツが、半分残念そうに、半分期待したようにつぶやいた。
「でも、結構大変そうみたいでしたけど……危険はないんですか?」
優は心配してくれている。
「まあ、多少危ないところに行くかもしれないけど……ラプターがあれば、いざとなれば一瞬で移動できるし、安全装置もついているし、問題ないと思うよ」
「……それでしたらよろしいですけど……ところでこのお宝、今は誰が持っているのですか?」
「さすが凜さん、しっかりしているなあ……『金版』に関しては、依頼主である三郎さんが持っているよ。それが入っていた金属の箱は、荷物になるから俺が引き受けて、『ラプター』を使って帰ってきたんだ。また明日、落ち合う約束してるよ」
「……ということは、まだ今回の報酬は……」
「ああ、まだ貰っていない。っていうか、財宝が全部見つからないと、必要経費以外はもらえないんじゃないかな。俺としては、今回の旅自体が報酬みたいなものだし、それほど焦って貰う必要はないって考えているよ」
笑顔でそう返した。
「拓也さん、相変わらず人がいいんですね……それが拓也さんのいいところですけど、あまり利用されるだけにはならないでくださいね」
凜さんが『大人』な心配をしてくれる。やっぱり、彼女はしっかりしている。
ちなみに、『金版』に刻まれた文字に関しては、デジカメで撮影し、叔父のところに持ち込んでいる。
おそらく『漢詩』で書かれた文字に独特の記号がちりばめられたその内容、もちろん『叔父』にも解読できるものではなかったが、例の『帝都大学』ネットワークにて、その方面の専門家に鑑定を依頼しているとのことだった。
そしてこの日、俺が無事帰還したことと、とりあえず第一の宝探しに成功したことを祝って、前田邸にてささやかな宴が開催された。
源ノ助さんや、啓助さんも参加、彼等にもあの動画を自慢げに見せて、褒められ、俺は得意になっていた。
そしてこの時、少女達に肝心な事を伝えていなかったのだ。
俺が『宝探しの旅』に出ていると、決して部外者に話してはいけない、と――。
それから五日後。
俺と三郎さん、お蜜さんの三人は、『人骨の山』の場所を訪れていた。
真っ暗な古い坑道内、不気味な匂いの立ちこめる、ジメジメしたその空間。
LEDランタンに照らされたそこに存在したのは、俺が初めて見る「本物の」人骨、それも百体を超えるすさまじい数だった。
地面はどす黒く変色し、それが血液が変色したものか、あるいは腐った人肉が土に還ったためにできたものなのか……とにかく、異様で不気味な雰囲気を醸し出していた。
人骨や壁面にびっしり書かれた焦げ茶色の血文字は、おどろおどろしく、内容が分からずとも近寄りがたい負のオーラを発しているようだ。
そして三郎さんに改めてその内容を教えてもらい,事前に知っていたはずなのに、なぜか背筋を冷たい何かが貫くのを感じた。
「ここに隠された宝物に手を付けた者は、その家族、一族すべてを呪い、皆殺しにする」
家族、俺にとっての家族……。
まさか、呪いが三百年の時を隔てた現代にまで訪れるとは思えない。
しかし、もしこの江戸時代で、俺の『家族』に影響があるのだとしたら――。





