第五十九話 近況報告
冬休みが終わり、新学期が始まった。
阿東湾に沈んだ財宝の捜索は、現代においてはかなり大がかりな話になりそうな割に信憑性が低いので、すぐに行動開始、という訳にはいかない。
季節がまだ冬、と言うのもネックだ。
ただ、着実に話は進んでいる。顔の広い叔父に頼りきりなのだが、やはり『帝都大学』の権威は大きく、すぐにその手の考古学、トレジャーハンティングが大好きなグループと繋がりができたようだ。
俺は江戸時代に行くたびに、啓助さんや三郎さんから詳細な流通情報を仕入れて、レポート形式にまとめている。
これは話の信憑性を高めるための重要な作業となっている。
過去と現代……この二つの時間軸において、同じ事件を全く別の視点で、ある意味『共同作業』している。
俺が『ラプター』を使い続ける限り、これからも、同じような案件が出てくるだろう。
それと関連した話だが、一般の人間にとって、『三百年前』の世界は文字通り遠い過去だ。
しかしそこで生活してきた俺やアキにとっては、れっきとしたもうひとつの『今』だ。
そこでの社会的地位は現代と大きく異なっている。
例えば俺は、江戸時代では阿東藩主に最上級の特権を与えられた、真珠の仕入れを手がけ、鰻料理専門店を経営する『商人』だ。
その上、成り行きとはいえ『結婚』までしてしまい……その他に自称『妾』が四人いる(ナツはあいまいだけど)。
しかしながら現代に帰って来れば、ただの十六歳の高校生だ。
日々の生活において、このギャップは結構大きい。
友人や教職員からは、「急に大人びてきた」と言われるようになった。
自分では意識していなかったのだが、身売りっ娘たちの心配をしたり、世話を焼いたり、逆に心配してもらったりするうちに、責任感や使命感が生まれ、それが俺を成長させたのかもしれない。
そしてアキに至っては、いきなり強制的に時空間移動させられ、『天女』と崇められ、そして三週間も『現代に帰ることができない』状態に陥っていたのだ。
その事実を受け止めることができず、パニックになった彼女は『記憶の封印』までしてもらい、神社で『天女』として振る舞うしかなかった。
俺も二日ほど『もう未来に帰れない』という状況に追い込まれたとき、相当憔悴したものだが……アキは三週間だ、比較にならない。
その上、帰ってきてみれば『失踪した女子中学生』として騒がれている始末。
新学期が始まり、元気に登校したものの……周囲が『腫れ物に触る』ような扱いをしないか心配していたのだが……なんか明るいまま帰ってきたようだ。
「みんな最初は気を使ってくれてたみたいだけど、私が元気なの見て、普段通りに声、かけてくれたよ。正直に『神社で巫女さんとしてアルバイトしてた。記憶なくしてた』って言ったし。まあ、江戸時代とは言わなかったけど」
なるほど、ポジティブな性格が幸いしたようだ。
ところが、数日後の夕方、担任の先生(女性、四十歳)が緊急で我が家を訪問してきた。
父は海外勤務で留守のため、母と、一応俺も参加した。
ちなみに妹は部活動(女子バスケットボール部)で不在、叔父は母の体調が回復していたので、もうこの家には住んでいなかった。
「貴方の娘さん……アキちゃんは、すっかり変わってしまいました……」
先生は開口一番、こう切り出した。
俺と母に、緊張が走る。
「あの……私たちには、以前と同じように見えるのですが……ひょっとして、学校ではふさぎ込んでいるとか……」
「いえ、元気なのは変わらないのですが……」
「それじゃあ、一体……」
「以前よりずっと……礼儀正しくなっていたのです!」
……俺と母はその意味が分からず、ぽかんと口を開けてしまった。
先生によると、まず、姿勢が良くなったという。
これは母も俺も気づいていた。以前より、背筋がピンと伸びている。
次に、教職員に対しては、前より丁寧に挨拶するようになったらしい。
ハキハキ、元気よく、それでいて他の生徒の誰よりも深くお辞儀する。
また、前の子供っぽい印象がほとんど無くなり、かなり大人びた印象を受けるようになったという。
うん、これは俺と同じかもしれない。
「それで、元々かわいかったアキちゃん、例の事件で注目されたこともあるんですけど、ますますファンが増えちゃって……けっこう男の子から告白されているみたいです。中には、『ずっと君を守ってあげる』っていう、下手をすればストーカーになりそうな子もいるようで……」
……うーん、それは怖い。
「ファンとか、告白って……まさか、彼氏ができたんですか?」
母が心配するのも無理はない。もちろん、俺も不安になっている。
「いいえ、アキちゃん、もう理想の男性がいるみたいで……同等以上の男の子でないと、付き合ったりしないんでしょうね」
「理想の男性? それはそれで大問題だ、どんな奴なんですか?」
「お兄さん、あなたですよ」
……へっ? 俺?
「大分時間かけてアキちゃんのこと、探したんですってね。結局、記憶を失っていた彼女を見つけてくれたのは、警察ではなくお兄さんとその彼女っていう話でしたし……詳細は聞いていませんが、そのとき必死になって助けてくれたんだって自慢していましたよ」
……いや、警察では絶対に見つけられない場所だから。必死だったのは本当だけど。
しかし母は、
「拓也が理想ならば、大して高いものじゃない」
と笑っていた……ひどい。
結局のところ、先生は『学校ではいい方に変わっているので、心配しなくていいですよ』ということを言いたかったようで、俺も母も一安心。
巫女として修行したことが、彼女をちょっと『いいところのお嬢様』っぽく変身させたようだ。
ただ、悪い虫がつかないか心配ではあるけど。
その日の夜、この話を聞いた妹の希望もあり、俺は一人で『明炎大社』に荷物を持って向かうことになった。
登録ポイントは、巫女長補佐『茜』の部屋だ。
これは、『アキ救出作戦』の打ち合わせをするときに、こっそり彼女に会うために許可を得てそうしていたのだが……。
いきなり出現した俺を見て、茜は悲鳴を上げた。
突然目の前に男が現れたという恐怖もあるだろうが……その上、彼女は着替えの途中で、上半身裸だったのだ!
「うわあぁ、ご、ごめん!」
俺は慌てて後を向く。
事前に訪問することが連絡できないので仕方ないかもしれないが……これは大変なことしてしまった。
「……拓也様、ですよね?」
「あ、ああ。約束通り、帰ってきたよ」
「よかった、会いたいって思ってましたので……服を着るまで、ちょっと待ってくださいね」
……ふう、とりあえず怒っていないみたいだ。
彼女は巫女の服を着直して、
「もういいですよ」
と、後を向いている俺に声をかけてくれた。
数日ぶりに見た彼女は……やっぱりかわいい。
「遷姫、無事に元の世界に帰ることができたんですよね?」
「ああ。すっかり元気になってる。今日は、その報告に来たんだ」
そう言いながら、持ち込んだリュックから7インチのタブレット端末を取り出した。
「……それは?」
「以前見せた、『すまほ』のでっかい版みたいなものだよ」
俺が手際よく操作すると、そこにはアキの動画が映し出された。
「すごいですね、仙界の神器……あ、遷姫……動いてる!」
茜は俺のすぐ隣に体をくっつけてきた。
立ったままの体勢だったが……さっき上半身の裸を見てしまったこともあって、ちょっとドキドキしてしまう。
……まさか、今日は媚薬とか使っていないだろうな。
アキは、二十日以上『明炎大社』、そして茜に世話になったことにお礼を言った。
それと、ドタバタの中帰ることになって、別れの挨拶ができていなかったことが心残りだった、とも。
そしてまたいつか、茜に合いたい、と語り、そこで映像が終わった。
「よかった……遷姫、本当に無事仙界へ帰ることができたんですね……」
「ああ。君に協力してもらったおかげだよ」
茜は、救出作戦においても重要な役割を担ってくれていた。本当に味方で良かった。
彼女は「遷姫に返事がしたい」ということだったので、動画の撮影をした。
なんか俺、二人の『連絡係』にされそうな気がしてきた……。
その後、現代に帰った後のアキの話で盛り上がった。
優とアキが一緒に写った例の写真も見せたところ、
「一緒に巫女として働いているときも思いましたが、拓也様のお嫁さん、本当にすごい美人ですね……私じゃ到底かなわない……」
「いや、君も全然負けていないぐらい綺麗だよ」
「本当ですか? お世辞でも嬉しい……」
うっ、照れた表情もかわいい……やばい、ひょっとしたらまた誘惑されているかもしれない。
俺はアキの話題に戻した。
現代では、アキは『学校』というところに通っていて、そこの先生が家庭訪問に訪れたこと。
アキは礼儀正しくなっており、男子生徒から人気が出ていること。
けれど、なぜかアキは俺を「理想の男」としているらしく、まだ彼氏ができていないこと。
「あら、拓也様が理想だなんて……これほど立派な方、日本中探してもなかなか見つからないと思いますよ」
……母とはえらい評価の差だった。
とりあえず、また来ることを約束して、その日はもうこれで帰ることにした。
久しぶりに茜に会うことができ、アキの近況を伝えることができたので、俺も満足だった。
ただ、最後に彼女が
「拓也様、お妾さんを何人も囲ってらっしゃるって……本当なんですか?」
という突拍子もない質問をしてきたので、否定しておいたが……なぜかちょっと残念そうだった。
さあ、次は『浜松宿』近くの村で一緒に牢屋に閉じ込められた女の子『ミヨ』にも、事件が無事解決したことを教えてあげよう。
お蜜さんとも『救出作戦』以降、会っていないし。
あと、柴犬を買ってあげた『桜子』ちゃんにも、ポチが前田邸の庭で元気に走り回っている映像を見せてあげよう。
なぜか女の子ばっかりの気がするけど……まあいいか。





