第五十七話 訪問者
アキが現代に帰ってきてから、三日が過ぎた。
この日の夕刻、前田邸での食事に誘われていた俺は、いろいろお土産を持って庭に出現、ポチに靴を噛まれながら玄関の引き戸を開けた。
「お帰りなさいませ、旦那様」
「お帰りなさいませっ、ご主人様っ」
「お帰りなさいませー、タクヤさまっ!」
微妙に俺の呼称が異なるが、綺麗に声のタイミングが揃っていた。
玄関から一段上がったところに、正座、三つ指をついてお辞儀している三人の女の子。
凜さん、ユキ、ハルだった。
「あ……ああ、ただいま。凜さん、どうしたんですか、そんなに改まって」
「旦那様、なにをおっしゃいます。あなたはこの家の主人ではありませんか」
「いや、まあ、そうだけど……なんか今までと違うなって」
「ええ、この二人、礼儀作法を学びたいっていうものですから。私もそんなに詳しくはないですけど、以前ご奉公に出ていたときには、こうやってその家の旦那様をお迎えしていたんですよ」
「へえ、凜さん、働きに出ていたんだ」
「ええ。優も一年間、遠い親戚の呉服店にご奉公に出ていましたの」
……なるほど、それで凜さんも優も、言葉使いが丁寧なんだな。
「ユキちゃんもハルちゃんも、武士のお父さんに育てられて、女性としての作法には無頓着なものですから……ナツちゃんもそうなんですけど、こうやって拓也さんに挨拶することを恥ずかしがって……今、お風呂を沸かしにいっていますわ」
うーん、男勝りなナツがこんなことするの、ちょっと想像できない。
「でも、ナツちゃんもある程度は女の子らしくしないと……拓也さんにお相手してもらえませんのに」
「……お相手って……」
「えっ? もちろん、夜のお相手ですよ。妾としての勤めですわ」
「いや、だから、俺はそんなつもりは……」
「あら、拓也さんも恥ずかしがっちゃって……でも、ナツちゃんも前に、拓也さんの子供だったら産みたいみたいな事、話してましたし……好かれているんだから、いいのではありませんか?」
「ナツが? 俺の子供? ……いや、いくらなんでも、それはないだろう」
「でも、前に一度、『抱いて欲しい』って言われたこと、あったんでしょう?」
……そういえばそんなことが、あったような、なかったような。
「……まあ、ナツはともかく、ユキもハルもまだ子供だろう? 妾とか、そんな話は早すぎる」
「旦那様、なにをおっしゃいますやら。二人とも、もう大人の女性。子供の産める体になってますよ」
……そうなんだ……。
「……私、ご主人様の子供だったら、産みたいです……」
ハルが目をうるませ、ぽっと頬を赤くしている。
いや、でもそれはちょっと……。
「私も、タクの……ううん、タクヤ様の子供、産みたいっ!」
ユキは全く恥ずかしがらず、ストレートに要求してくる。
でもこの双子、満年齢だと13歳だ。
「いや、慕ってくれる気持ちはうれしいけど、まだ早すぎるよ」
「そうかしら……確かに、まだ若すぎるかもしれませんね。でも、私だともう旬を過ぎてますわよね?」
「まさか。凜さんならまったく問題ない……」
ここではっと我に返った。
あぶない、あやうく凜さんの術中にはまるところだった。目をかがやかせて嬉しそうにこちらを見ているではないか。
凜さんは満年齢で18歳、俺達の時代ならば、結婚とか考えるならずっと若い方だ。
「……ところで、優は?」
「……優なら、今、食事の支度をしていますわ」
……なるほど、『嫁』がいないところで俺を籠絡しようとしていたか。気を付けなければ。
「あの娘、『私がいると、拓也さんをお誘いしにくいでしょう』って言ってくれて……」
……優、なんていうか、お人好しすぎる……。
そのとき、
「拓也殿っ、お客様ですぞっ!」
と、庭で源ノ助さんの大きな声が響いた。
ポチが盛大に吠えているのも聞こえる。
凜さんのちょっと残念そうな顔を尻目に、逆に俺はほっとしながら庭に向かう。
引き戸を開けると、源ノ助さんが立っており、なにやら真剣な面持ちだ。
「貴方の知り合いという若い男が尋ねてきております……しかし気を付けてください、相当の手練れですぞっ!」
小声でこっそり話しかけてくる。
玄関から一歩足を踏み出し、庭に立っているその男の顔を見て、俺は思わず笑顔を浮かべた。
「三郎さんっ! ……大丈夫、あの人はアキ救出を手伝ってくれた恩人ですっ!」
源ノ助さんを安心させ、すぐに三郎さんの元に駆け寄った。
彼も笑顔で、三日ぶりの再会を喜んだ。
江戸で別れた後、『前田邸』で落ち合うことは事前に取り決めていたが、彼は『再会の挨拶』のためだけにこの前田邸を訪れたわけではなく、新たな仕事を持ってきていた。
それは彼の忍術を持ってしても困難な依頼で、俺の仙術ならばひょっとしたら、と考えたのだという。
その内容とは、『沈没船の財宝引き上げ』。
規模はそれほど大きくないのだが……その詳細を聞いて、俺は鳥肌が立つような思いだった。
うまく立ち回れば、現代、過去の二回財宝を取得することができ、かつ、江戸時代へのタイムトラベルの証明となるかもしれない、と……。





