第四十六話 パニック
だが、よく考えるとアキがそういう状況になってもおかしくない。
自分がもし同じ目にあったら、どうだろうか。
帝都大学の階段を転げ落ちそうになり、慌てて衝撃に備えて腕を前に突き出し――気がつくと江戸時代、そして壮大な神社での儀式のまっただ中に放り出されていた。
その時点でなにが起きたかすぐに理解できるはずもない。
神事をしていた男達に、「どこから来たのか」、「お前は誰なのか」と問い詰められる。
自分自身、訳が分からない状況にパニックに陥って、何も答えられなくなってしまう……。
その時の状況が目に浮かぶようだ。
「アキ……」
心配になり一言、名前をつぶやく。
隣の優は、それを聞いて悲しそうな、申し訳なさそうな表情になった。
少し慌てて「君のせいではない」と慰めるが、相当自責の念に駆られているようだ。
「……それに、巫女になっているっていうのも気になるわね。酷い目に遭っていなければいいけど……」
お蜜さんが心配そうに語る。
「酷い目? 巫女って、そんなにつらい仕事なんですか?」
そんなふうには考えてもいなかったので、少し慌てて質問する。
「ええ……巫女は、神に歌や舞を捧げるっていうのが主な仕事だけど……一部、有力な氏子の『夜のお相手』をすることもあるの」
「……なっ……ばかなっ! 巫女って神に仕える、神聖な職業なんでしょう? そんな事があるはずがないっ!」
思わず声を荒げてしまう。
隣の優も驚きで目を見開き、口元を手で塞ぎ、首を横に振っている。
「神に仕える神聖な職業だから、よ。神聖だから、その価値が高いの。神に仕える少女達と結ばれるって言うことは、つまり、神と結ばれるに等しいという考えなの。もちろん、全員がそういうわけじゃないし、そういうのを禁じている神社の方が多いけど……少なくとも、『明炎大社』は『身売りされた少女』を買い取って、『そういう巫女』にしているわ。そしてそれがこの組織が勢いを強めている一つの要因でもあるわ」
情報収集に長けた『忍』であるお蜜さんが、淡々と語る。
信じがたいし、現代ではあり得ない事だが……この時代には、そういうことがあったのか。
あるいは、優や、他の女の子達も……運が悪ければ『巫女』として『明炎大社』に買われ、氏子達の相手をさせられていたのかもしれない。
いや、そんな仮定よりも……今はアキの事を考えなければならない。
まさかとは思うが……アキが、そんな目に遭っていることがあるのか……。
妹のアキは、まだ中学生だ。
俺に対しては、ちょっと生意気なところはあるし、たまにケンカすることもあったが、それでも仲はいい方で、二人で買い物に出かけたりすることもあった。
人見知りせず、可愛らしい顔立ちで、異性にも同性にも親友がいるようだ。
同級生から告白された、と困惑しながらも、少し嬉しそうに相談されたこともあった。
小柄な事もあり、俺から見ればまだ子供だと思っていたし……十四歳、思春期を迎えた彼女がそういう目に遭っているなどとは、考えたくもない。
しかし、この世界、この時代では、俺の常識は通用しないのだ。
すっと立ち上がり、外へと向かおうとしたが、三郎さん、お蜜さんに止められた。
「今動くときではない。もっと準備を、作戦を練ってからでないと、会うことすらできないぞ。もう夜中だし、大体、『明炎大社』の場所を知っているのか?」
……確かに、俺は目的の場所すら知らない。
しかし、それでも、気が気ではない。
お蜜さん、三郎さんに必死に説得され、とにかく、今夜は今後の段取りを決めるという事にしたが……ただ、その前に、今の状況を報告しに現代に帰る必要があった。
母に現状を伝えることは到底できないが、帝都大学准教授である叔父には相談すべきだ、とも考えていた。
『ラプター』を用い、現代へと帰ると、この日も叔父は家に来てくれていた。
そこで狼狽しながらも、現状について簡潔に話した。
「……ふむ。『忍』を名乗る男女二人組か。興味深いが、今はそれよりも君の妹の事を最優先で考えるべきだな」
「はい……。酷いことをされていなければいいけど……よりによって、そんな場所に偶然飛ばされるなんて……」
「偶然? その神社の『神事』に彼女が出現したことが、『偶然』の一言で片付けられるものなのか?」
「えっ……そうじゃないんですか?」
「……ずっと疑問に思っていた。君の妹が、なぜ君や優さんと数百キロも離れた江戸に出現したのか」
「……確かに。俺が最初、ラプターで江戸時代に出現したときは、日本の中で、実家とほぼ同じような位置だった」
「そうだ。それは恐らく、時空間移動にあたり、他に外的要因がなかったからだ」
「……じゃあ、まさか……アキが『明炎大社』に出現したのは、その『神事』の影響だと……いや、そんなことはあり得ない」
「『あり得ない』と、なぜ言い切れる?」
――叔父の瞳が、いつもに増して鋭く輝いた。





