第四十四話 クルージング
俺と優、お蜜さんの三人は、東海道の側の海上を江戸に向かっている。
道なりに進めば約220キロの行程で、歩きなら一週間近くかかる道のりを一気に進んでいく。
大きなエンジン音と考えられないような速度、白い船跡を残してばく進する小舟。
地元の船乗りや沿岸の住人は、オレンジ色の目立つ救命胴衣を着た俺達の姿の奇異なこともあり、一体何が起きているのか理解できなかっただろう。
後になってそれはウワサとして聞こえてくる事になる。
あれこそが、仙人達を載せた仙界の船だったのだと。
この日は良く晴れ、風もなく波も穏やかで、絶好のクルージング日和だった。
沿岸部に沿って航行したため、江戸時代の手つかずの海岸線や、半分以上雪に覆われた富士山を眺めることができ、その美しさに心が洗われるようなすがすがしい気分になった。
優がすぐ隣に一緒なのも嬉しかった。
お蜜さんは少し離れて座っていたが、たまに優が近寄っていって何か話していた。
ただ、エンジン音が大きいため大きな声を出す必要があり、疲れることもあってかあまり会話は続かない。それでも、笑顔が漏れていた。
この二人、例の村から掛川宿に帰るまでの間にお互いの身の上話などでより親密になったという。何となく、お蜜さんの雰囲気が凜さんに似ていたことも身近に感じられたのかもしれない。
俺たちがとっているこの移動方法は、厳密に言えば「関所破り」に当たるのだが、まさかこんな小さな小舟で何十キロも移動するなど考えられていなかっただろうし、万一見つかったとしても、追いかけてくる手段が存在しなかった。
今までの歩きでかかった時間がウソのように、快調に海上を飛ばしていく。
燃料も十分な量を携行缶に入れて積んでおいたので、ほぼノーウエイトで夕方には東京湾に達することができた。
だが、そこから先はあまり目立ちたくなかった。
救命胴衣を脱ぎ、音が大きいエンジンの替わりに、積んでいたオールを利用して静かに進行していく。
やがてあたりは薄暗くなってきて、こっそり上陸するにはうってつけの条件となった。
GPSなど利用できない時代なので正確な場所は分からないが、川崎宿の近く、小さな川の河口付近へとたどり着き、そこから上陸。
薄暗く、背の高い葦が生い茂り、見通しは悪い。
あたりには誰もいないはず……だった。
だが、ガサリ、と葦が音を立てて揺れた。
優が驚き、思わず俺の腕に抱きついてくる。
その俺もぎくりとし、腰の特殊警棒に手を伸ばす。
そしてそこに現れた一人の男の姿を見て、俺と優は唖然としてしまった。
「……俺だよ。ほぼ予定通り、江戸近くまでたどり着けたようだな……」
それは朝方、掛川宿近くの漁港で別れたはずの、三郎さんだった。
「ばかな……これだけの距離をどうやって……それに、俺達がこの場所にたどり着いたことを、どうして知っているんだ……」
「……あなた達が『仙術』を使えるように、サブは『忍術』が使える、という事よ」
不敵な笑みを浮かべるだけの三郎さんに変わって、お蜜さんが少し自慢げに答えてくれた。
そして彼が使ったというその『忍術』の正体を知り、驚愕すると共に、やはり彼等は本物の『忍』であると、改めて認識させられることになった。





