第四十三話 船外機
しばらくして、村に藩の役人がやってきて、浪人達は連れて行かれた。
俺と優、三郎さんとお蜜さんは、集まった村の人々約三十人から一斉に頭を下げられ、少々困惑した。
あの三人の浪人達、この村に居着いて、相当好き勝手やっていたらしい。だが、下手に役人を呼んだりすれば一人捕らえる間に残りの二人に斬られるかもしれない。今回のように全員同時に縛り上げる必要があったが、その手段がなかったのだという。
俺達は、この村にとって救世主になったようだ。
特に俺をこの村に連れてきたおじさんとその娘のミヨは、泣いて謝り、そして感謝してくれた。
俺達にそのおじさんを咎める理由はない。その涙だけで十分だった。
年老いた村長さんに名前を聞かれたので、俺は『前田拓也』と本名を名乗った。
するとその老人は、しばらく何かを思い出すように宙を見つめ、そして目を大きく見開いた。
「……まさか、あなたがあの『前田拓也』殿じゃったかっ!」
そのあまりの驚きように、村人が一斉に村長を見つめた。
「いや、町や村の長の集まりでうわさを聞いただけじゃが……そのあふれる才覚により、まだ十代という若さで阿東藩での最高位の商人として認められたとか。あなた様の作る鏡はあまりの映りの美しさに、今では一枚で金一両の値がつくというじゃないか。それに、海の神から授かったという虹色の真珠は、阿東藩主に一粒、一千両の値段で買い取られたとか」
……いや、そうとう尾ヒレがついている。鏡、一両もしないし、真珠は千粒で千両だ。
「仙術を極めたその青年は、数々の奇跡を残した後、仙界へと戻ったと聞くが……まさかこの地を訪れられるとは……」
「それほどのお方、つまり仙人様……。どおりで今日もこんなにあっさり悪人共を、摩訶不思議な武器で倒された訳だ。ということは、あなたがお探しになっている女性は……やはり本物の天女様……」
ミヨの父親は大げさに驚き、そして膝を突き、頭を地面にこすりつけるように土下座の体勢をとった。
ミヨも慌ててそれに従い、やがて村人全員がその体勢になった。
まるで水戸黄門だ。
「いや、みなさん、俺はそんなんじゃないですから。立ってください」
俺は狼狽し、それを見て優も三郎さんもお蜜さんも、みんな笑っていた。
村人達は盛大におもてなしをしてくれるということだったが、今は一分でも時間が惜しい。
どうやって小舟を手に入れればいいか考えたが、とりあえず一番近い漁村を教えてもらい、そこで交渉してみることにした。
ただ、もう日が大分傾いている。さすがに夜になると船を走らせることは危険なので、一度『掛川宿』まで戻ることにした。
ただし、来たときと同じ道を辿るのは優と三郎さん、お蜜さんの三人。
俺は一度現代に帰り、学生時代ヨット部に所属していたという叔父さんの馴染みの店に連れて行ってもらって、そこで小型の船外機を購入。
十キロ少々のその荷物と燃料を入れた携行缶を背負い、登録ポイントである『掛川宿』に一気に戻った。
優は三郎さん、お蜜さんと共に、歩きで掛川宿を目指している。
彼女もラプターを用いて俺と同じ事ができるが、それを『忍』である二人に知られたくなかったし、彼女自身もラプターの使用を嫌がっていたのでちょうど良かった。
「忍」の二人を完全に信用したわけではない。それにもかかわらず優を託したのには理由がある。
彼女はいざとなればある『呪文』を唱えることで、ラプターの音声認識機能により俺の部屋に強制転移できるのだ。
これは最後の秘策ではあるが、しかしこの機能があるために、多少無理をさせられるという安全装置的な意味合いもあった。
先に掛川宿についた俺は、そこから歩いて一時間ほどの場所にある漁村に到着。小舟の購入と船外機の取り付けに思ったより手間取り、作業が終わった頃には、もう真っ暗になっていた。
そこからまた現代経由で掛川宿に転移(一度タイムトラベルを挟まないと、空間のみの移動はできない)。
掛川宿は大きな宿場町なので優たちを探すのに苦労したが、三十分後には無事落ち合うことができた。
とりあえず、その日はこのまま旅籠に一泊。
前日と同じ宿場町。俺達は気づいていなかったが、三郎さんもお蜜さんも、この宿場町に泊まっていたという。
旅人としてはめずらしい優とお蜜さんの美少女・美人コンビは相当注目を浴びており、湯屋に一緒に行ったときは、男性客が大勢ついてきた。いつもの倍の数だという。
二人とも、とくに優は恥ずかしがって、俺にくっつくように移動したため、ずっとどきどきしっぱなしだった。
なお、野次馬達の視線は三郎さんの鋭い睨みにより、相当封じられていたのでかなり助かっていた。
翌日、まだ暗い内から漁村を目指す俺達四人。
俺は全員小舟に乗ってもらうつもりだったが、三郎さんは元請けへのこれまでの報告など、いろいろ仕事があるので、お蜜さんだけが一緒に江戸を目指すことになった。
三郎さんは、
「俺を完全に信じ切ったわけではないだろうし、この方がいいだろう?」
と笑ってもいた。
日が昇りかけ、少しあたりが明るくなってきた頃、目的の小さな港に到着し、俺達は準備を始めた。
地元の漁師十人ほどが、「奇妙なからくりを船に取り付けている」というウワサを聞きつけて、早朝にもかかわらず見物に来ていた。
念のために、と持ち込んで三人とも着込んでいた救命胴衣も、彼等には奇異に映った事だろう。
船外機のスターターを勢いよく引くと、騒々しい独特のエンジン音があたりに鳴り響く。
それだけで、漁師達は「おおっ!」と驚きの声をあげ、一体何が起こるんだ、といった様子で興味深げにこちらに見入っている。
櫓も漕がずにゆっくりと船着き場を離れる小型船。
やがて、いままでに漁師等が見たこともないような速度で白い船跡を残しながらばく進するその衝撃の光景を目の当たりにし、彼等はただ呆然と立ち尽くすのみだった――。





