第四十一話 完全武装
牢の木材を、大人一人通り抜けられる程にくり抜いた俺は、その部分を勢いよく蹴倒した。
だが、とくに反応はない。誰もいないのか。
角度的に、出口につながる通路の様子がよく分からない。待ち伏せでもされていればやっかいだ。
牽制のため、二人の少女に耳を塞ぐように指示をして、導火線に火をつけた爆竹を廊下側に投げ入れた。
激しい破裂音が連続して鳴り響く。準備していなければ、至近距離であればしばらく何も聞こえなくなるほどの音量だ。
そして素早く、牢をくぐり抜けた。
奥の通路には、やはりあのみすぼらしい侍が、待ち伏せするように刀を抜いて立っていた。
しかしその表情には、明らかに焦燥と怯えが見えた。
「てめえ……牢を破るなんて、何しやがった? それにその格好……」
先程のチェーンソーは重くて取り回しに不便なので、牢内の脇に置いている。
それでも、俺の姿は極めて奇異に映ったことだろう。
事前に自分の部屋に用意していた防刃ベスト、防弾ヘルメットを身につけ、左腕には面積の半分が透明な特殊シールドを装着。
腰にはベルトを巻き付け、スリング、特殊警棒、スタンガン等の武器、剣鉈、そして小物が入るポーチをぶら下げている。
要するに、完全武装だ。
大げさに見えるかもしれないが、日本刀を持った相手と戦いになるかもしれないのなら、このぐらいの装備は必須だと考えていた。
こういう緊迫した事態を想定して、念のため揃えて自分の部屋に隠して置いた武装一式だったが、まさか本当に使用することになるとは。
「悪いが、この牢からは出させてもらう。寝心地が悪そうなんでね」
余裕の言葉を投げかける俺だが、実際は相当恐ろしい。
日本刀は優秀な武器だ。例え防刃ベストを着ていても、勢いよく突かれたら貫通してしまうだろう。
それでも、現状では戦うしかない。
幸いにも、敵は一人。
薄暗く、狭い通路で、刀を振り回すには不利な場所。しかも、敵はびびっている。
俺はおもむろにある道具を右手に構え、そして左手の特殊シールドを構える。
「くっ……やろうってのかっ!」
こちらがどんな攻撃を繰り出すのか分からないその侍は、明らかに焦っている。
この場面、もっとも有効な手段……やはり、前も使ったあの二百ルーメンのフラッシュライトだ。
意味ありげに動かした俺の右手を、注目せざるをえない侍。
次の瞬間、まばゆい閃光が彼の両目に強烈に襲いかかる。
「うわあぁっ!」
間抜けな悲鳴を上げる侍。これで数秒間は視力を奪った。
しかし、その男はまだ日本刀を持ったままだ。ヤケになって振り回されたら危ない。
この状況に適応できるミドルレンジの武器を持っていなかった俺。ホームセンターでチェーンソーを買った際に、一緒に大きめの金槌を買っていた。
店員は何か日曜大工でもするぐらいにしか思っていなかっただろうが、そうではない。
俺は視力を失い、ただ叫びながら闇雲に刀を突き出している愚かな侍に向かって、金槌を思いっきり投げつけた。
「うぐうぅ!」
その浪人は、全く何も見えない状態で、俺が渾身の力で投げた金槌を胸板に受けた。
一声うめき、太刀を取り落とし片膝をついてうめく彼に向かってダッシュで接近。
肩口に向かって、以前大男を一撃で倒した、あの百三十万ボルトの「超強力スタンガン」を押し当てた。
「ぎゃああぁっ!」
もんどり打って苦しむ侍。今度はシールドをその脇腹に押し当てる。
「ひ、ひぎいいぃっ!」
このシールドも百三十万ボルトの電撃を放つ。攻防一体、最新の護身用アイテムだ。
日本刀を踏みつけないように脇にどけた後、戦意をなくした侍に最後の仕上げを行う。
現代から一緒に持ってきたビニールテープで、後ろ手にした侍の両手首をぐるぐる巻きにした。
実は縄なんかで縛るよりも、丈夫なビニールテープを巻き付ける方が簡単で、「縄抜け」もできないものなのだ。
「……ふう、これでもう安心だ。二人とも、出てきていいよ」
優とミヨに声をかける。しかし、本当はそれで終わりではなかった。
そこに登場したもう一つの男の影。俺はとっさに身構えたが、それはミヨの父親だった。
「こ……これは……拓也さん、あなたが倒したのですか……すごい……」
彼は一瞬、言葉を失う。だが、まだ続きがあった。
「……し、しかし、このお侍にはあと二人、仲間がいます。いつも交替でこの牢を見張っていて……今、二人とも村内にはいるはずですっ! さっきの大きな音も聞こえたでしょうし、すぐにここにやってくるに違いありませんっ!」
彼の狼狽した表情や話し方からすると、それは本当の情報だ。
(くっ……まずい……)
太刀を持った二人同時、しかもフラッシュライトの効果が薄れる屋外だと、相当苦戦しそうだ。
「優、『ラプター』をいつでも発動できるようにしておくんだ。その子も一緒に……そうだな、君の左腕と彼女の右腕を、このテープを巻き付けてつないでおくんだ!」
彼女は『ラプター』の使用を怖がっていたが、今は緊急事態だ。
時空間移動中に体が離れさえしなければ、問題ないはずだ。
二人は、素直に俺の指示に従い、手早く準備を整えてくれた。
そして俺が先頭に立ち、シールドを構え、慎重に通路を進む。
建物の外に出る一瞬、待ち伏せされていることを警戒し、まず倒した侍が着ていた服だけを玄関から投げ出してみる。
反応がない。いきなり切りつけられることはなさそうだ。
それでも、俺は万全を期すために、勢いよく玄関から飛び出し、前転して体勢を整え、周囲を見渡す。
すると建物の脇に、足首を縛られ、後ろ手に拘束されて倒されている二人の侍の姿、そしてそれを見下ろす、覚えのある顔を見つけた。
「……あなたは、たしか、サブさん……」
二川宿の湯屋で一緒になった、お蜜さんの連れの男性だ。
「……拓也さん、自力で脱出したか……さすがだな」
相変わらず鋭い眼光をこちらに向け、ニヤリ、と口元をつり上げながら、彼はそう言った。
「……この二人、あなたが……」
「ああ。こいつらはただの浪人だ。てんで大したこと無かった。牢に入っていったヤツの方が手強いと思っていたけどな」
余裕の笑みを浮かべるサブさん。
「……えーと、いや、それもあるけど、どうしてサブさんがこの村に?」
「あんたらが捕まったって聞いたんで、助けに来ただけだ。今、ケガでもされちゃ困るんでね」
「えっ……それはどうも……いやいや、やっぱり何か変だ。それに、お蜜さんは……」
「ここにいるわよ」
バツが悪そうな表情で、彼女は隠れていた楠の影から姿を現した。
「まったく……サブ、あなたが余計な事しゃべるからよ」
「どのみち、姿を見られたんだ。ちゃんと説明しとかないと、かえって怪しまれるだろう?」
彼は肩をすくめた。
「まあ、そうなんでしょうけど……二人、いえ、その子を入れると三人とも、ケガはなかった?」
蜜さんが、後から出てきた優とミヨに、心配そうに声をかけた。
半刻後。
縛り上げた浪人三人は、今出てきたばっかりの牢屋敷、俺が壊したものとは別の牢に放り込んでおいた。
とりあえずミヨは自分の家へと帰し、そして彼女の父親は隣町まで役人を呼びに行った。
俺と優、サブさんと蜜さんは今、この村の空き家を借りて、そこで話し込んでいた。
今回、事件に関わった三人の浪人はまるっきり思いつきで犯行を行ったようで、役人に引き渡してそれで終わりだ、とサブさんが説明してくれた。
ただ、気がかりな点がいくつもある。
「サブさん、蜜さん、あなたたちは一体……?」
俺と優が不審に思うのも当然だ。助けてくれたのはありがたいが、あまりにもタイミングが良すぎだ。
「……こうなっては仕方ないわね。いいわ、私から説明するわ。我々は、あなた達二人の動向を監視し、上に報告するのが役目。一応、護衛も兼ねているのよ」
「護衛? 俺達を? 一体、上って……」
全く予想していない答えに、俺は戸惑った。
「あまりそのあたり、詳しく話せないわ。っていうか、私たちもあまり上層部のことは知らないの。ただ、そういう命令を受けただけよ。理由は……あなたが、普通じゃないからといえば分かってもらえるかしら?」
「えっと……いや、よく分かりません」
「私たちは、俗に言う『忍』と呼ばれる存在。正直に言うと、私たちも、おそらく上層部も、あなたの『仙術』に興味があるの」
「……なるほど、そういうことですか」
ようやく理解できたような気がした。
「つまり、俺が阿東藩で見せた、この時代の人から見れば『奇跡』のような技や品物に目を付け、それに興味を持った忍の『上層部』が、俺を見張っているというわけですか」
「まあ、そんなところじゃないかしら。さっきも言ったように、私たちは命令を実行してるだけ」
「なるほど……でも、今回はそのおかげで助かりました。ありがとうございました」
俺は素直に頭を下げる。優も、慌てて一緒に頭を下げた。
「いえいえ、そんなに恐縮されちゃ、こちらの方が困っちゃうわ。私たち、ずっとあなた達を監視していたんですもの」
たしかに密かに監視されていたのならいい気はしないが、別に俺達にやましいところはなく、そう気に留めることはないだろう。
ただ、一応警戒はしておかなければならない。まだ、二人が真意を話しているとは限らないし、実は敵か味方かも定かではないのだ。
それにサブさん、白昼に日本刀を持った二人を倒すほどの凄腕のようだし。
その上層部について問いただしても、「私たちは命令に従っているだけ」と繰り返すばかり、またその正体についても「よく知らない」とはぐらかされた。
ただ、アキについては、興味深い話を教えてくれた。
「拓也さん、あなたの妹さんと思われる『天女』に関しては、かなり情報が入ってきているわ。まず、その天女は江戸の神社で儀式をおこなっている最中に、突然姿を現したっていうこと。それと、今の世じゃあ考えられないような物……たとえば、真珠の首飾りを身につけていたということ。これは、あなたたちも知っているわよね?」
「ええ……だからこそ、あの張り紙にも、真珠のことは書きました」
「それは、あなたたちが探しているっていうことが、先に江戸に伝わるように、と考えてのことでいいのかしら?」
「ええ、そうです。うまくいけば、より早く、正確な情報が帰って来るかもしれませんし……それに、アキに『俺達が迎えに行っている』ということが伝われば、安心するんじゃないかとも考えていました」
それに対し、二人は表情をやや曇らせた。
「……なにかまずかったのですか?」
「いや、行動自体間違ってはないと思うが……問題は、その神社が天下でも屈指の歴史ある大社だということだ。氏子の数も江戸だけで三千人を超える。その氏子達が、天女の出現を『これぞ神のおぼしめし』と吹聴しているらしいんだ」
「なっ……三千人が……吹聴?」
「そう。だからこそ、意外とウワサが広まっていて、あの三人の浪人みたいなヤツが出てきたんだが……それはさておき、あんたらがもし妹を取り戻そうと江戸に向かっているなら、少しやり方を考えた方がいいな。百両は確かに大金だが、その神社の氏子にとっては、今や天女の存在は、金に変えられない価値になっていると思った方がいいだろう」
……妹にそれほどの価値を見いだしているとは、にわかには信じがたい話だった。





