第四十話 牢
翌日。
アキについての情報を提供をしてくれたのは、三十歳代後半の、ちょっとさえないおじさんだった。
彼も多くの旅人と同じく、商人だという。
ただし、江戸と浜松を往復しているというわけではなく、この地方の町や村を行商して回っているという。
この日も、シジミやアサリなどの貝を入れた天秤棒を担いで、ちょうど目的の村へ向かう途中だということだった。
俺達も荷物を担いでいるため、手伝うことはできない。
ただ、もし情報が本当だったらお礼は必ずする、と約束はしていた。
にもかかわらず……そのおじさんの表情は冴えない。
優が
「どこか具合でも悪いのではないですか?」
と訪ねても、
「いや、大丈夫です。先を急ぎましょう」
と言うばかり。この時点で、俺はかなり疑念を持ってしまっていた。
目的の村への道は、東海道から比べれば、当然のことながらかなり狭い。
この旅の初日に前田邸から東海道に抜ける荒れた道を思い出してしまった。
ただ、アップダウンがそれほどきつくないのと、俺も歩くことに大分慣れてきていたので、特に苦しむこと無く、三時間ほどで小さな集落にたどり着いた。
しかしその間、アキに関する手掛かりが、ほとんど得られていなかった。
おじさんに、巫女の容姿を訪ねても、
「あの張り紙にそっくりです。とにかく、そっくりなんです」
と繰り返すばかり。あと、真珠の首飾りも、
「見たこともないほどに見事なものです」
の一点張り。また、アキが江戸からその村にたどり着いた経緯についても、
「ただ江戸から村にやってきたと聞いただけです」
としか答えない。ますます怪しい。
一刻も早くアキに会いたかった俺達だったが、もしこれが虚偽の情報だったならば、丸一日近く無駄にしてしまうことになり、かなり焦っていた。
それでも、あのポスターに載せていなかった情報……「江戸」「巫女」という単語を彼が知っていたことに、わずかに望みを繋いでいた(真珠は情報として載せていた)。
そしてその村の一軒の民家(かなり小さく、お世辞にも立派とは言えない)に案内されたが……やはりなにか、様子がおかしい。
おじさんの奥さんもいたのだが、俺達の姿を見て、かなり困惑した表情だった。
優がたまらず
「一体、何があったのですか」
と問いただしてみると……なんと、アキと思われる少女が、盗みをはたらいたのだという。
この村では、盗みは重罪。それで小さな牢屋敷に閉じ込められているらしい。
それならば、様子がおかしいのは理解できなくもないが……。
案内されるまま、薄暗いその牢屋敷へと入っていく。
この村は人口が少なく、あまり犯罪が起きないため、今ここに捕らわれているのは江戸から来たその「巫女」一人だけだという。
牢屋敷の見張りとして立っていた、おそらく浪人であろう侍に、本当に彼女一人で江戸からこの村まで来たのか、と訪ねてみると、浜松まで別の者と一緒だったが、はぐれてしまい、道に迷ったあげく、この村にたどり着いて、食べるものがなく盗みを働いたらしい。
まあ、あり得ない話ではない。
それならば、本当にこの牢屋にいるのがアキかもしれない。
そして案内されたその牢の中に、確かに少女がいた。
巫女のような格好をして、隅の方でしゃがみ込んでいる。
背格好は、少し痩せた印象であるものの、アキに似ていた。
「アキッ!」
俺が声を上げる。
すると、少女も顔を上げた。だが、暗くてよく見えない。
「拓也さん……妹さんとは、ちょっと違うような……」
夜目が利く優が警告してくれたが、俺にははっきりとは分からない。
牢番の侍が、格子の扉を開けてくれた。
俺と優は、はやる気持ちを抑えきれずに、牢の中へと入っていく。
「……アキ?」
その少女の顔を間近で見て、それが見覚えのない顔であることに気づいた。
「……私の名前は、『ミヨ』です……」
……全くの別人だった。
そして、パタン、と後方で音が聞こえた。
振り返ってみると……先程くぐった格子戸が、閉じられ、カチャカチャと錠がかけられているところだった。
へっ? という感じでその様子を見つめると、ずっと案内してくれていたおじさんが、土下座していた。
「申し訳ない、拓也どのっ! あなたを、騙していましたっ!」
「……えっと、それって、どういう意味でしょうか……」
俺と一緒に閉じ込められた優が、訳がわからないといった表情で、震えながら声をかけた。
その様子に、錠を閉めた牢番の侍が、一歩前へ出た。
「ふははっ、間抜けめ。こうも簡単に罠にかかるとはな。なあに、心配ない。『尋ね人となっていた娘は見つかったが、今、寝込んでいて帰れない。とりあえず、見つけた者に百両を渡すから、持って来い』とでも一筆、書いてくれればそれでいい。百両届いたら、みんな解放してやるから。それとも、今百両持っているなら別だが……さすがにそれはないだろう」
……本当に単純な手口に、やられてしまったようだ。
「それじゃあ、今までのは全部、ウソだったのか……なら、この娘は?」
「……その子は、私の娘です……。このお侍様に今回の話を持ちかけられて……それで、巫女のふりをして、その中に入らせていたのです」
なるほど、おじさんは侍を刺激しないように言葉を選んでいるが、要するに脅されていたんだな。
「でも、どうして江戸から来たとか、巫女とか、そんな話が出ていたんだ?」
それが、俺にとっては謎だった。
「ああ、その話、結構ウワサになっているぜ。江戸に突然現れた、真珠の首飾りをした巫女っていうのは、ちょっと前から話題になっていたからな。例の張り紙の娘と関連があるかもしれないって思って一芝居打ってみたら、このとおり、引っかかってくれたって訳だ。あと、あんたらの特徴も、結構知れ渡っているぜ。尋ね人の張り紙をしてるのは、かなり若い夫婦だってな」
うーん、特徴を書きすぎていたか。あと、俺達も結構有名なんだな……って、そんな場合じゃないか。
「さあ、どうする? 一筆書いてくれるか? それとも今すぐ百両払うか?」
「……あいにくだが、そう簡単にはいかない。俺は今、手元に三朱しか持っていないし、尋ね人である本人が阿東藩に帰らないと、百両は支払われない」
「……まあ、そう言うと思った。それなら、支払われるよう、なにか策を考えろ。時間はたっぷりある。水だけはやるから、飢え死にしない程度に急いで考えるんだな……さあ、おっさん、行くぞ」
みすぼらしい侍は、そう言い残して帰って行く。
「……お二人様、申し訳ありません……ミヨ……すまない……」
おじさんは、嗚咽を漏らしながら侍と共に出て行った。
俺と優は、顔を見合わせた。
「捕まっちゃったな……」
「そうですね……」
二人とも比較的冷静なのには、もちろん理由がある。
俺達二人は、タイムトラベルで時空間移動することができる。
だから、こんな牢屋に閉じ込められても、無意味なのだ。
ただ、自分達は脱出できたとしても、ミヨはどうするか。
……ていうか、彼女、両手をついて、泣きながら
「父がとんでもないことをしてしまいました」
と、俺達に謝っているし。なんてけなげなんだろう。結構かわいいし。
優が、やさしくなだめてあげていた。
ミヨは、数え年で十五歳、つまり満年齢で十三歳だという。ユキや、ハルと同い年だ。なのにしっかりしている。
彼女もかなり小柄なので、おそらく体重は四十キロに満たない。
ということは、優と一緒に時空間移動できるかもしれないが……前回の失敗で、それは危険だと知っている。
かといって、俺達だけが脱出したのでは、真の解決にならない。
「……拓也さん、仙人の力で、なんとかなりません?」
「……うーん、どうするか……」
俺は、格子状になっているその木材を軽くこづいてみた。
かなり丈夫そうだ。これではカイザーナックルで殴っても、へし折ることはできないだろう。
特殊警棒を挟み込んで、テコの原理で押さえつけてみたが、警棒の方が歪んでしまいそうだった。
「……仕方ない、ホームセンターで『あれ』を買ってくる」
俺はそう言い残すと、ラプターに現在の場所を地点登録し、そして現代へと舞い戻った。
30分後。
そのけたたましい音に、外で見張りをしていた侍は驚いたことだろう。
そして慌てて様子を見に来た際、さらに驚愕したに違いない。
丈夫な牢の木材が、俺が現代から持ち込んだチェーンソーによって切り刻まれていたのだから。





