加勢
山賊団・山黒爺の首領・シナドと、奥宇奈谷狩人集の代表にして、最強の男・ハグレ(睦月)。
対峙する二人の気迫に、後方に控える部下や仲間達も息を呑んだ。
事実上の一騎打ち。
ニヤリと笑みを浮かべたシナドが、一気に睦月に迫り、太刀を振り下ろした。
そのあまりの速度に、睦月は思わず上方に下がる。そこに追撃の突きを放たれ、なんとか身をよじって躱すが、反撃ができない。
一度距離を取り、シナドが不敵に笑みを浮かべたまま、
「まだ足のケガが治っていないのか、それとも元々その程度の実力なのか?」
と口にした。
「まあ、ケガが十分治っていないことは確かにあるが、だからといって貴様に負けるとは思っちゃいない」
「ふっ、強がりを……おまえ程度、山黒爺だけでも何人も居る。そもそも、おまえは命のやりとりすらしたことないだろう?」
シナドの言葉に、睦月がわずかに反応する。
「やはり図星、か。おまえは人を殺したことがない。そして、俺は人殺しに慣れていて、躊躇することもない……その上で、おまえは足を負傷し、剣の腕そのものにも大きな差がある……この状況で、おまえ一人で本当に俺とまともに戦えると考えているのか?」
シナドの気迫が、おぞましいものに変化していく。
睦月は、ある程度人の心が読める。
だからこそ、この男が本心を語っていると見抜いてしまう。
本当に、真の実力などまだこれっぽっちも出してはいない。
そして、人も殺している。
何人殺した、と語らないのは、いちいち数えていないからだ。
そして、自分の足のケガもことも見抜かれている。
戦えるが、万全ではない。そして、そもそもの実力に大きな開きがある。
一対一で相対して分かる……それは、睦月にとって想像以上の差だった。
ならば、なぜあっさりと自分を殺さないのか……その理由にも、気づいてしまった。
この男は、自分を利用しようとしている、と――。
「ひとつ、提案がある。このままやり合って、おまえを殺しても構わないのだが……そうしても、奥宇奈谷の男達は、やれ敵討ちだの、弔い合戦だのと抜かして愚かにも山黒爺に楯突いて来るだろう。女どもは、あるいは自害する者がでてくるやも知れぬ。しかし、俺が欲しいのは奥宇奈谷を落としたという誉れだ。山黒爺の他の派閥にも示すことができる。それだけだ。別に皆殺しにしたいわけではない……ならば、俺が言いたいことは分かるだろう? 長老の孫であるおまえが、皆に降参を勧めればいいだけだ。それで多くの命が助かる。悪くない話しだろう?」
やはり、そういうことだったと、睦月は悟った。
奴の言い分も、分からなくはない。
奥宇奈谷を落としたという結果が欲しいだけという言葉にも、偽りはなさそうだ。
死者が減る、というのも間違いないだろう。
しかし、それで奥宇奈谷の民の身分が、どこまで保証されるだろうか。
男は殺されぬまでも、痛めつけられた上で奴隷として扱われ、若い女達は慰みものにされる……そんな残酷な光景が目に浮かぶ。
「俺がそんな口車に乗ると思うか?」
「……やはり、おまえも愚か者だな……村が生き残るためなら、利口にならねばならぬ時もあると分からぬか……まあ、そうやって自分勝手な誇りを持って死に、そして村の者にあの世で責められるがいい」
シナドの不敵な笑みが、さらに深くなった。
「あいにくだな……俺は誇りなどどうでもいい。村のものを守るためなら、どんな手でも使う……そういう意味では、貴様と同類なのかも知れないな」
今度は、睦月が不気味な笑みを浮かべる番だった。
それに怪訝な表情を浮かべたシナドだったが、睦月の背後から現れるもう一つの鋭い殺気に、顔をしかめた。
「すまぬ、遅くなった。思うように走れなくてな……俺も、若くはないからな。だが、この戦いに加勢することぐらいはできようぞ」
奥宇奈谷随一の刀鍛冶にして、剣の達人、河部南雲の参戦だった。





