再戦
シナドの脅しに、奥宇奈谷の兵達の刀が震える。
ここに残っているのは、奥宇奈谷の中でも実戦経験のない者ばかりだ。
いや、そもそも戦の経験など、ある者がほとんどいない。
如何に平家の末裔といえども、いや、平家の末裔だからこそ、この奥宇奈谷という秘境に閉じこもり、戦に関わってこなかったのだ。
もちろん、有事に備えて訓練はしていた。なので、「試合」であれば優秀な者は多い。
しかし、それは命のやりとりを前提としていない。
経験なしで、それができるほど豪胆な者は、すでに川下での「山黒爺」のニセ主力集団討伐に狩り出されていたのだ。
対する、目の前の精悍な男はどうか。
鋭い眼光、隙のない構え。
前田拓也が仕掛けた、大男が悶絶するカラクリの地面を、わずか数歩で駆け抜け、今も平気な顔で剣を向けている。
奥宇奈谷側も、比較的若者が残っているとはいえ、その人数は五人。周りを取り囲んで一斉に攻撃を加えれば有利かもしれないが、道は狭く、同時に斬りかかることができるのはせいぜい二人だ。
そして、それで有利になるとは到底思えない。
相手は、藩全体にその名が轟く凶悪山賊団「山黒爺」の、その首領だ。
おそらく、殺してきた人数も、両手の数では足りぬであろう。
しかし、ここを抜かれると本当に後がなくなる。
首領の後に続く山賊達も士気を上げ、この最後の小道を抜かれ、村になだれ込んで来る。
そうなってはおしまいだ。
男は皆殺しにされ、若い娘は連れ去られる。
――そんな奥宇奈谷の心理を、シナドは見抜いていた。
ここに残っている5人……いや、せいぜい2人を殺してしまえば、勝敗は決する。
「山黒爺」は、正確に言えば、複数の組織に別れる。自分が率いているのは、その中でも武闘派の部隊だ。
この奥宇奈谷を落としたとなれば、それは最大の功績となり、「山黒爺」全体をまとめられるようになる。
自分たちの先代の時代から、ずっと抵抗を続けてきた守りの堅いやっかいな土地だったのだ。
娘達を人質にして攫っていくのもうま味がある。
自分たちで好きなように弄ぶのも良し、売り飛ばすのも良し。
貧しい村だと聞いているが、なぜか刀剣の類いはできの良いものを生産し続けているという。
それらをまるごとかっ攫うのもいいだろう。あるいは、人質を取っていることを脅しにして、定期的に納品させてもいいかもしれない。
シナドは、怯える奥宇奈谷の剣士達の目を見て、そんな想像に酔いしれた。
しかし、彼等の背後から一人の若者が進み出てきたことに、舌打ちした。
「……悪運の強い奴だ……生きていたのか、ハグレ」
「ああ……貴様との決着はまだついていない」
そう言って太刀を抜く彼の瞳には、他の者と違って怯えがなかった。
「……生きていたとしても、おまえが残っていたとは意外だな……ふむ、足を痛めているのか……それで戦力外となっていたのだな。そんなことで、俺と戦えると思うのか?」
「あいにく、ここでの療養でずいぶん良くなった。それにここなら、走り回る必要もないしな」
そう言葉を発して構える太刀に、震えはない。
「……ふん、おまえ一人など、ケガをしていようがいまいが変わらぬ。前回の戦いで、おまえは俺にわずかでも傷をつけることができたか?」
「あのときは、貴様の卑劣な罠にはまっただけだ」
前に彼等に急襲を受けたとき、ハグレ……本名:睦月は、シナドと一対一の戦いを繰り広げた。しかしそれこそが罠で、彼は脆くなっていた崖っぷちに誘い込まれ、転げ落ち、負傷したのだ。
「それに、今回は持っている武器も違う。河部南雲が鍛えた、渾身の太刀だ」
前回も、同じ奥宇奈谷の名工が鍛えた武器だったが、狩猟用の重い剣鉈だった。
だが、今回は純粋な戦闘用の刀だ。
「……ふん、図に乗るなよ……」
二人の間の緊張が、最大限に高まった。





