単独突破
シナドは、山賊団の仲間が、転がり落ちてきた岩により負傷し、斜面を滑り落ちていく者まで出た様子を見て、舌打ちした。
「こんなもの、全部虚仮威しだ。無視して突っ込め!」
大声でそう命令するが、皆、怯えたような表情を浮かべて顔を見合わせるだけで、それに応じようとしない。
「おまえら……上玉揃いの奥宇奈谷の娘達をものにしたいと言っていたのではないのか?」
一番近くに居る、さっきまで奇声を上げて喜びを表現していた、ひょろっと背の高い男にそう聞くが、目をそらすようにして
「い、いや、けど……ことごとく奇妙な仕掛けに引っかかっているじゃないか。門番さえどうにかすれば、後は雑魚ばかりだっていう話だったのに……聞いていたのと違う……」
「いや、兵は雑魚ばかりだ。こんなカラクリに惑わされて、それこそここに居ない前田拓也の思うつぼだ……見ろ、ここに大けがをした者がどれだけ居る?」
シナドの言葉に、山賊達は互いや周囲を見回す。確かに、怪我人はいるが、立てないほどではない。斜面を転がり落ちた者も、立ち上がって登ってこようとしている。
「仲間が間違って引っかかるのを恐れたか、あるいは単なる足止めだけが目的なのかは分からないが、最初っから侵入してきた者を殺すほどの仕掛けにはしていないんだ。これからもそうだろう。何を恐れることがある?」
シナドは必死にそう言葉を投げかけるが、帰ってくる反応は薄い。
「いや、だけど……この後もそうとは限らないだろう?」
「……きさまら……命を賭けた戦のつもりでここに突入してきたのではなかったのか?」
その問いにも、皆、下を向いて黙りこくっているだけだ。
「……ちっ……本当に単なる女目当てだったか……情けない……こんな様子じゃ、門番を人質にしたのも脅しにならんな……しかたない……」
シナドはそう言うと、太刀を抜いて、一人、電撃帯の前に立った。
「頭、一体どうするつもりで……」
ひょろっとした男が、シナドがヤケを起こしたのではないかと、心配そうに聞いた。
「俺一人で行く……長老の屋敷があると聞いている。そこに行って、まず長老を殺し、その身内の女がいれば、そいつを人質にする。そしてこれ以上、妙なカラクリを動かさぬように脅してやる。そうすれば情けない貴様らでも村に入れるだろう?」
「一人で? そんな無茶な……」
「いや、あの奥宇奈谷の男達の動きを見たが、大したことはない。前田拓也や強者どもは皆、俺の策に引っかかって、川下で留まっているはずだ。真っ先にここに集まっているあいつらが、今残っている者の中でましな奴ら、ということなのだろう。それであの程度……ならば俺一人で十分だ」
「けど、この先、歩けば足が痛めつけられるんじゃ……」
「はん、さっきも言っただろう、こんなもの虚仮威しだって。多少痛みがあるだけで、ケガとして残るわけじゃない……いいか、よく見ていろっ!」
シナドはそう言うと、太刀を手にしたまま勢いよく走り出し、電撃帯のすぐ手前で大きく飛び上がると、そのまま右足で着地、さらに飛び上がって左足、そして右足と跳躍を繋げて、わずか数歩で電撃帯を渡りきった。
さすがに抜けた直後はわずかに腰を落としたが、すぐに立ち上がり、顔をしかめながらも屈伸運動をして、そしてまたニヤリと笑みを浮かべた。
「……どうだ、やはりこの程度なんだ。さっきの岩が転がり落ちたときだって、落ち着いてその軌道を見極めれば全部避けられたんだ。マキビシに至っては、それこそ避けるなり、払うなりすればどうとでもなっただろう? ……さあ、他にどんな仕掛けがあるんだ? 遠慮なく使ってくるがいい!」
シナドは、少し離れたところで様子をうかがっていた奥宇奈谷の兵達を、不敵な笑みを浮かべながら睨み付けた。
その様子に、何人かは後方へと退却し、残った五人ほどが太刀を抜いて立ち塞がった。
「……ほほう……ここでやり合おうっていうことは、もう妙なカラクリは残っていないんだろう……五人なら、俺を止められると思ったか? この狭い小道、一度に相手にはできぬ。一人か、二人しか剣を交えられない。それがかえって、おまえ達の寿命を縮めることになったな……」
奥宇奈谷の兵達は、シナドの威圧に、冷たい汗が噴き出すのを止められなかった。





