奥宇奈谷への潜入
奥宇奈谷村の朝は早い。
東の空が白み始めたころには、すでに村人達は活動を開始させている。
奥宇奈谷に通じる、前田拓也が貫通させた隧道の警備も、その頃には見回り巡回されることになっていた。
隧道の村側の方は夜中でも門番がいるが、80メートルほど先の出口の方は頑丈な鉄製の扉を閉め、閂錠を掛けているだけだ。
そこに異常がないか、朝一番でその日の担当である若者が確認に行くのだ。
寝ぼけ眼でその扉に向かった彼だったが、その鉄格子状の扉の向こうで、男が一人、うめき声を上げて倒れているのを見て驚いた。
「そ、そこのお方……大丈夫ですか!?」
慌てて声を掛ける若者。
すると、手ぬぐいで頬被りをした男は顔を上げ、
「ここに来る途中で日が暮れたので野宿をしていたら、野犬の群れに襲われて慌ててここまで逃げてきたんだ……荷物も全部置いてきてしまった……」
と、苦しそうに声を出した。
村の若者は慌てて扉を開け、彼の元へ駆け寄った。
「お一人でここまで来られたのですか……それは災難でしたでしょう、怪我はありませんか?」
扉の外側は岩場になっていて、少し離れたところから森になっているが、彼が見渡す限り、倒れているその男以外は誰も見かけなかった。
若者は持っていたヒョウタンの水入れを渡して、それを飲ませた。
「ありがとうございます……すみません、また野犬が襲ってきたら怖いので、中に入れていただけませんか?」
「それはもちろん……えっと、お名前は?」
「佐の助と言います……」
「では佐の助さん、どうぞこちらへ!」
若者はそう言って、彼が太刀などの危険な武器を持っていないことを確認してから、隧道の中に招き入れた。
扉は閉めて、内側から閂を掛ける。
隧道の中は、人がやっと一人通れるぐらいの広さしかない。若者が先導し、佐野の助と名乗る男が後から続く形で、二人はゆっくりと進んだ。
そして村側の扉まで行くと、そこで見張りをしていた門番に
「向こうに、野犬に襲われて大変な目に遭っていたお方が倒れていた。一緒に来てもらっている、怪我をしているかもしれないから村内で手当をしてもらってくれ」
と告げた。
門番は慌てて扉を開けて、二人を招き入れた。
「かたじけない……」
佐の助はそう言って、あたりを見渡した。
隧道のある崖からはしばらく草原が続いており、人が歩く箇所が自然と小道になって奥の林へと続いている。
「奥宇奈谷村へは、この道沿いに行けばいいんでしょうか?」
「ええ、その通りです。その前に吊り橋があるのですが、そこにも門番がいますので、私が一緒に行きます」
彼を助けた若者が、優しく微笑みながらそう告げた。
「それはありがたい……けれど、私は一人で歩けますから大丈夫です。ここの見張りが必要なのでしょう?」
「いえいえ、見張りは一人で十分です。遠慮なさらずに、一緒に行きましょう!」
親切な彼だったが、佐の助はちょっと迷惑そうに、
「いや、見張りは誰も居ない方がいいんだ」
と言い放った。
「誰も居ない方が? それはどういう……」
いぶかしげに若者が訪ねた瞬間、佐の助は強烈な正拳突きを彼のみぞおちにたたき込んだ。
ぐえっ、と若者はうめき声を上げて、その場に前のめりに倒れ込んだ。
「な……一体、何を……」
驚いたもう一人も門番も、持っていた槍を構える前に同様に正拳突きを食らい、うめきながら身もだえた。
佐の助は満足げに笑みを浮かべると、二人を後ろ手に縛り、猿ぐつわを噛ませた。
そして彼は疾風のように隧道を走り抜け、外側の扉にたどり着くと、掛けられていた閂錠を外した。
そこには、既に十数人の山賊達が待機しており、佐の助――その正体は、山賊団『山黒爺』の若き頭首、シナド――の手引きにより、一斉に隧道になだれ込んだ。
そこを抜けた彼らは、縛られていた二人を殺そうと刃を向けたが、それはシナドに止められた。
「まだ生かしておけ。いざというときの人質だ……まだ吊り橋に門番がいるらしい。そこを落とされるとやっかいだ。俺が一人で行って、こいつらと同じように伸してやるさ」
シナドは、おぞましい笑みを浮かべながらそう呟いたのだった。





