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拓也の回想 その13 ~人殺し!?~

 手のひらに乗るサイズの超小型ドローン、その内部に存在するごく小さなスペースに、ある仕掛けが搭載されていた。


 それは、俗に言う「かんしゃく玉」。

 衝撃を加えれば大きな破裂音を発生させる花火の一種だ。

 それを小さな金属のケースの中に入れており、十メートル以上の上空から落下させれば地上で大きな音が鳴る。


 これはまさしく、今回のように注意を惹きつけるためだけに用意したギミックだ。

 山賊たちと対峙する、という場合を想定して、念のために用意したものだった。

 今回の場合はこれを使って注意を惹きつけている間に女の子を助け出さねばならないため、失敗は許されない。


 ドローンをできるかぎり上空まで上げて、そのまま水平に動かし、廃村の外れまで移動させる。荒廃した村の中でも、民家の屋根が崩れたりして、特に荒れている場所だ。


 俺が潜んでいる場所からは、少女が捕らえられていると思われる小屋とは全く反対の区域のため、そこに奴らが集まってくれればその隙に女の子を救出できる。

 その周囲には人影が全くないことをドローン搭載の赤外線カメラで確認し、意を決して三十メートル程の上空から「かんしゃく玉入り金属ケース」を投下した。


 パンッ、という乾いた破裂音が、大きく響き渡った。

 少なくとも、この廃村中には十分響き渡るだけの音量があった。

 ドローンは、少しだけ村の中心側に移動させたが、相変わらず上空で静止させている。


 すると、わらわらと集まってくる人影(赤外線カメラ映像のため、白く目立つ)が見えた。

 ここからは時間との闘いだ。

 さっきの二人組が、二人とも動いたかどうかは分からない。ドローンを移動させた今、それを確認する術がない。


 赤外線スコープを装着し、俺は素早く移動を開始した。

 目的の場所までの道順は、上空からの映像を覚えて、だいたい把握している。

 迷ったら、タブレット端末に保存されている録画映像を見ればある程度把握できるが、それは時間がかかるために使用したくない。


 極限まで高めた集中力で覚えている道順を思い出しながら、一切の明かりをつけることなく、俺は走った。

 あの会話していた二人が居た場所には、すぐ近くに井戸があり、また、そのすぐ脇に大きな木が立っていたので、目印として利用できる。


 先ほどの破裂音につられて、皆が村の外れに向かったことを願いつつ、なるべく急いで、しかしあまり大きな音を立てないように気を使いながら走る。


 村に入ってからは、さらに慎重に進んだ。

 今着ているのは、上下とも黒基調のフード付き迷彩服に、やはり黒の軽量ヘルメット、そしてスニーカーまで黒だ。

 さらに念入りに黒い手袋もはめている。


 背中には、タブレット端末などを納めた、やはり黒のボディバックを背負っている。

 月が出ていないこの夜、余程夜目の利く者でも、すぐには気付かない……と思う。


 しかし、現代人とこの時代の人たちでは、暗闇に対する慣れが違う。

 街灯もなければ、懐中電灯もない。あるとすれば、提灯のぼおっとした明かりぐらいだが、俺の目にはそれでも暗すぎる。


 そんな中でも普通に歩けるのだから、みんな相当目はいいはずだ。

 さらに、奴らは山賊であり、普通に武装している。

 例えば、さっきの大きな物音に驚いたとしても、二人居た男の内、一人が様子見に出て、もう一人が残っているようであれば、最悪、戦わなければならないかもしれない。


 赤外線スコープを身につけているし、ミドルレンジで対応できる武器も一応用意はしているのだが、確実に勝てるわけではないし、第一、その相手が大声を上げたりすれば、ほかの山賊たちがたちまち集まってきてしまうだろう。


 そうなったとしても、自分だけならば時空間移動装置「ラプター」を駆使して脱出することはできる。しかし、女の子はどうなるか。


「この場所は安心できない」


 と山賊たちが判断したならば、当然拠点を移すだろうし、そうなると女の子が足手まといとして、最悪、殺されてしまうかもしれない。


 悪い方にばかり考えすぎなのかもしれないが、それが想定できてしまう以上、失敗はできないのだ。

 ドローンは、さっきのかんしゃく玉を破裂させたあたりから、少しだけずれた箇所の上空でホバリングしている。

 タブレット端末をボディバックから取り出して、様子を確認することはできるが、今はそれをしている時間すら惜しい。

 覚悟を決めて、前に進む。


 鼓動が速く、大きく刻まれているのが分かるが、これは激しい運動をしたことだけが原因ではない。

 その証拠に、手のひらに、じっとりと汗をかいている。

 村の中に入ってから、さらに緊張感は増していた。


 建物の影に、誰か隠れ、潜んではいないか。

 突然、屋根の上、塀の向こうから、刀を持った盗賊に斬りかかれたりはしないか……。


 仙界の便利な道具を使用していたとしても、しょせんは生身の人間だ。

 マンガなんかで良くあるような、達人が気配だけで敵が潜んでいると把握するようなことなどできはしないのだ。


 民家の密集度が高まるにつれて、物陰も多くなり、俺はいつしか、自分自身も何かに隠れるようにしながら、ゆっくりと進んでいた。


 本能的に、飛び道具……つまり、弓矢などの攻撃を想定して行動していたのだ。

 しかし、あまりに歩みを遅くしてしまうと、さっきのかんしゃく玉がフェイクだと知られた時点で、男たちは帰ってきてしまう。

 慎重さと、決断の早さ……その両方を求められる状況だった。


 やがて、目印と決めていた背の高い木が、赤外線スコープにはっきりと映るようになってきた。


 第一の関門……二人組は、別の場所に移動しているのかどうか……これを見極める必要があった。

 民家の影に身を隠しながら、慎重に近づく。

 井戸も見えてきた。


 男たちの姿は……ない。二人とも、どこかへ行っている。

 しかし、それが破裂音のあった方に向かったのか、あるいは攫った娘の元に戻ったのか、それとも二手に分かれたのか、判断がつかない。


 それに、女の子の正確な居場所も分からない。

 もう少し、ドローンを低空飛行させて位置を特定すれば良かったと後悔したが、今、それを考えても仕方がない。

 この付近には数軒の民家や小屋、長屋が密集しており、恐ろしいが、一軒ずつ戸を開けていくしかないか、と、さらに覚悟を決めたときだった。


 ――微かにだが、女の子がすすり泣く声が聞こえた。

 思わず、その方向に向かって、攫われたという女の子の名前を叫ぼうとした。

 しかし、それは自重した。

 もし、誰かがそこに潜んでいたならば、そしてこちらの姿を捕らえていたならば、格好の餌食となってしまうからだ。


 静かに移動しているにもかかわらず、心臓はバクバクと破裂しそうなほど勢いよく打ち続けていた。

 ゆっくりと、声の聞こえた小屋の引き戸を、体全体と、腕を極限まで伸ばして、しっかりつかんで、慎重に引いた。


「……だ……だれ?」


 怯えた、少女の声だった。


 さらにゆっくりと、引き戸の隙間から小屋の中をのぞき込んだ。

 赤外線スコープは、満七歳の小さな体を鮮明に映し出した。


 両手は交差して、両足は揃えて、両方とも縄で縛られている。

 色ははっきりとは分からないが、薄い襦袢のような着物を着ている。

 小屋の中には、他には誰もいなかった。


「……お宮、か?」


「……うん……だれ?」


 聞いていた名前を口に出すと、彼女はそれに反応した。片山村の村長の孫娘に、間違いなかった。


「ほかの大人は、どこに行った?」


「……わかんない……さっき、ぱーんって大きなおとがして、こわい人たちが、なんだ、とか、何がおきた、とか言って……どっか行っちゃった」


 その子は、怯えたような声だが、はっきりと状況を答えてくれた。

 たぶん、頭の良い子なのだろう。


「俺は、君を助けるように、片山村の村長さんから言われてきたんだ。いい人だよ」


 俺は赤外線スコープを取り外して、彼女の側に近寄っていった。


「……いい人なの?」


「ああ、いい人だ」


 スコープがないと、ほとんど真っ暗だ。かろうじて、誰かがいると分かる程度。しかしこれだと何もできないので、ボディバックからスマホを取り出し、わずかなその明かりで小屋の中を照らしだした。


「……おじさん、へんなかっこう……」


 お宮は、わりと傷つくことをさらっと言ってのけたが、今はそれを気にしている場合ではない。


「両手と両足、縛られて苦しかっただろう……今、ほどいてあげる……いや、そんなことをしている間に奴らが帰ってきたらまずいな……ごめん、あとちょっとだけ我慢してくれ」


 俺はそう言うと、ボディバックからビニールテープを取り出して、彼女の右腕と自分の左腕を巻き始めた。


「……いやっ! やめてっ! いたい、くるしいっ!」


 まずい、お宮が騒ぎ始めた!

 この叫び声を聞きつけて、盗賊たちが駆けつけてきたら全てが水の泡だ!

 焦った俺は、ボディバックから非常用の「手錠」を取り出して、彼女の右腕と自分の左腕を、苦労しながらなんとか力づくで繋いだ。


「いやあああぁぁ、ひとごろしぃー!」


 大声で泣きわめくお宮。これがさっき、盗賊二人が文句をいっていた状態か。

 と、そのとき、バタバタと数人が走ってくる音が聞こえた!


「まずいっ……お宮、頼むからおとなしく……」


「いやああぁ、ころされるぅー!」


 彼女がジタバタとするものだから、ラプターの操作が思うように行かない。


「なんだ、何があった!」


「様子がおかしいっ! ガキが暴れているようだ!」


 外から、男たちの声が聞こえてくる!

 こうなってはもう、一刻の猶予もない。

 俺はお宮を抱きしめた。


「バ〇スッ!」


 久しぶりに、緊急時空間移動のキーワードを唱えた。


 ――そこも、暗闇だった。


 いや、ほんのわずか、窓から灯りが入っているようだ。

 現代では、真夜中でも街灯はずっと灯っているし、遠くのビルから漏れ出る光も、窓の内側で閉じているカーテンをうっすらと照らしていた。


 慌てて緊急時空間移動を発動したため、スマホを三百年前の世界に置いてきてしまっている。しかし、その事態の深刻さについて考える余裕は、そのときの俺にはなかった。


「いやあぁー、ひとごろしぃー! だれか、たすけてぇー!」


 時空間移動先の俺の部屋に着いても、満七歳のお宮は泣き叫んだ。

 こんな真夜中にそんな大声を出されると、ご近所迷惑だし、あらぬ疑いをかけられかねない。

 俺は思わず、彼女の口を右手で優しく塞いだ。


 そのとき、ドタドタと廊下を走る音がして、ガチャリ、とドアが開く音がした。

 しまった、カギはかけていなかった……。


 パチリ、とスイッチを入れる音がして、部屋の中が明るくなった。

 今まで、ずっと暗闇で行動していたので、眩しさに目を細める。

 お宮も、あまりの出来事に驚いたのか、抵抗もせず、声も出さなくなった。


 恐る恐る、部屋の入り口の方を見た。

 そこには、パジャマを着た妹のアキが、目を見開き、ワナワナと震えていた。


 今、彼女の目には、どんな光景が見えているのか考えてみる。

 両手、両足を縛られた、薄い襦袢姿の幼女。

 その右手と自分の左手を、手錠で繋いでいる俺。

 上下とも黒っぽい迷彩服だ。

 そしてその幼女の口元を、右手で塞いでいる状態だった。


「……えっと、お兄ちゃん……警察に連絡するね……」


「ちょ、ちょっと待った! これには深い事情があるんだ! 早まった行動を取る前に、五分だけ俺の言い訳を聞いてくれっ!」


 俺は必死にそう弁明した――。


 とりあえず、お宮には、


「俺は片山村の村長からお願いされて、山賊から君を助けに来た仙人だ」


 というふうに説明したが、


「せんにんってなに……こわい……」


 と、怯えたままだ。


 この明るく、彼女からすれば異様な室内に気圧されたのか、泣き叫ぶことは中断してくれていたが、いつ再開するか分からない。

 それに、仙人が何かというという根本的な質問に、俺は答えられなかった。

 しかし、俺のたった一言の説明を聞いて、アキはだいたいの事情を察したようだ。

 いそいで部屋を出て、台所から阿東まんじゅうを持ってきてくれた。


「お宮ちゃん……でいいのよね? このおまんじゅうあげるから、静かに、おとなしくしてね」


 と笑顔で語りかける。

 優しそうなお姉さんがおいしそうなまんじゅうを持ってきてくれたことで、お宮は笑顔になった。

 それに安堵した俺は、いそいで彼女の腕と足の縄をほどき、そして手錠もはずした。


 自由になったお宮は、早速アキからまんじゅうを受け取って頬張り、目を見開いて


「おいしい!」


 と喜んでくれた。


 たったそれだけで、お宮はアキに懐いた。

 俺はアキに言われるまま、ペットボトルのお茶を持ってきて、湯飲みに入れて彼女にあげた。

 喉が渇いていたのか、ゴクゴクと飲み干すお宮。

 お茶も、すごくおいしいとご機嫌になっていた。

 それで俺も、実はいい人認定されたようだった。


 空腹が満たされたのと、深夜ということもあって、お宮は俺のベッドですぐに眠ってしまった。

 俺とアキは、隣の部屋に移動した。

 そこで事のあらましを説明したところ、彼女には


「あいかわらず、危ないことしてるのね……まあ、それがお兄ちゃんの良いところなのかもしれないけど……あんまり優さんたちに心配かけちゃダメだからね」


 と呆れられたのだった。

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「身売りっ娘」書影
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