拓也の回想 その12 ~敵地潜入~
この後、俺たちはある程度の段取りを決めた。
そもそも、この川上村に来ている、クロウを含む五人の狩人衆は、睦月、如月、皐月の護衛のために派遣された者たちだ。
このうち、如月と皐月の二人は阿東藩の女子寮に空間移動している。
睦月は、本来であれば護衛など必要ないほど剣術に長けているのだが、今は足をケガしていて、回復してきているとはいえ、万全の体調ではない。
しかし、歩ける状態ではあるようなので、一度睦月共々、狩人衆は奥宇奈谷に帰ることとなった。
川上村には、引き続き松丸藩の藩士数人が常駐するので狩人衆がいなくなっても問題は無い。
今回襲撃されたという片山村は、奥宇奈谷から歩いたならば、一度川上村を経由しないと向かうことはできない。
なので、狩人集は奥宇奈谷で増援を受けた後、再度川上村に集結することになるという。
しかし、川上村から奥宇奈谷まで、急いでも二日はかかる。
それでは時間がかかりずぎ、片山村で攫われたという女の子のことが心配だ。
すでに片山村にも数人の藩士が派遣されているという話だが、神出鬼没な山賊たちに臨機応変に対応できるかと言えば、それはかなり難しいと思えてしまう。
俺は、片山村までの大体の道のりを、現代から持ち込んだ航空写真を見せて説明を受けた。
その上空からの画像に、皆驚いていたが、そんなことを気にしている場合ではない。
三百年の時を経ているために、川の様子なども変わっているところはあったが、山や谷の造形に関しては大きな変化はなく、大体の目安ではあるが教えてもらえた。
また、山黒爺が最近拠点にしていると噂される場所についてもいくつか教えてもらった。
今は使用されていない古い山寺、昔に戦で使用されたという砦の跡、さらには村人が疫病で死に絶え、廃村となった集落などが利用されているということだ。
どこも必ず見張りがいるはずで、夜中でも警戒しているだろうから迂闊に近づくな、という警告を受けた。
とはいえ、攫われた女の子のことをまず気にかけなければならない。
今回の話の出所はというと、その襲われた片山村の住人の一人が、この川上村に藩士が来ていることを知っていて被害の報告に来たということなので、信用のおける情報だった。
片山村は行ったことがなく、ラプターにも地点登録していないため、歩いて行くしかない。
とはいえ、そこまでの距離は急げば三時間程度。俺一人で地図を頼りに歩いて向かい、この日の内にたどり着いた。
片山村は、川上村よりも、さらに小さな村だった。
被害状況をとりまとめ、警備に就いていたのは、川上村から被害報告を受けて、独自の判断で直接様子を見に来た、四人の藩士たちだった。
俺とも顔見知りで、村の人たちにも、俺のことを「この人ならば信用できるから」と紹介してくれた。
まだ夕刻までは時間があり、被害状況を確認することができた。
集落の数は、二十戸程度。
今回は焼かれた家はなかったが、収穫したての米や、なけなしの銭などが奪われた、という話だ。
山賊たちは、なぜか相当焦っていたようで、一軒ずつ襲撃しては、めぼしいものを強奪し、荷車に乗せてそのまま運び去ったという。
そんな中、攫われたのは、村長の孫娘だという話だった。
事前の情報通り、年齢は数え年で八歳。春に生まれた子供だということだから、満年齢なら七歳だ。
そんな子供を誘拐して、何が目的なのだろうかと思ったのだが、
「生きて帰してほしければ百両分の金品を用意しろ」
と脅迫してきたという。単純な営利誘拐だった。
決して裕福には見えないこの片山村で、百両を用意するというのは、いかに村長の家とはいえ、相当大変なことだろう。
山賊たちからすれば、突然の襲撃だけでは、満足な金品を得られない。
しかし誘拐で期限を設けたならば、必死にあがいてなんとかかき集めるかもしれない……奴らに、そんな悪知恵が働いたのだろう。
理由はどうあれ、まだわずか満七歳の女の子を誘拐して、命の危険にさらすなど言語道断だ。
しかも、金を払ったからといって、生きて帰る保証などどこにもない。
やはり、リスクはあるが、俺がなんとか救出する以外に方法はなさそうだ。
この近くで山黒爺の拠点となっていそうな箇所は、古い山寺と廃村。
どちらも、もし本当に拠点となっていたならば、俺一人が正面から乗り込んだら五分ともたずに斬り殺されてしまうだろう。
だが、そこは仙界の便利な道具を、俺は持っている。
まず、まだ日が沈まぬうちに急いで歩き、結局四時間以上もかけて、古い山寺の近くと、廃村の近くを訪れ、それぞれラプターに地点登録した。
日が沈んだ後、俺は行動を開始した。
どちらに行くか迷ったのだが、まずは調査が簡単そうな山寺の近くに出現。
近く、といっても、歩いて三十分ほどかかる。
幸いな事に、こっちが風下だったので、犬などを飼っていた場合でも気付かれないと判断して近づいていく。
そして、さすがにこれ以上は危険という距離、約三百メートルほど離れた大きな木の裏側から、偵察用の、手のひらに載るほどの超小型ドローンを飛ばす。
それから発せられる電波は、手元のタブレット端末に映像として表示される。
夜間で、月もほとんど出ていないためにほとんど真っ暗なのだが、超小型ドローンには赤外線カメラが搭載されているために鮮明な映像が得られている。
ちなみに、俺がここまでたどり着く時にも、高性能な暗視スコープを使用している。
このスコープは市販品だが、ドローンの、特にカメラ部分は叔父が作成した、非常に高性能なものだ。
なぜこんなものを作成しているのか、非常に気になるところなのだが……叔父の言葉を借りれば、
「江戸時代で活躍するおまえに必要なものだろうと思って」
作ってくれたらしいので、その言葉を信じることにする。
超小型ドローンの飛行速度は意外と早く、時速二十キロ程度は出る。その割に音も静かで、暗闇の中ではまず気付かれない。
おまけに、音声も拾ってくれるので、盗撮だけでなく盗聴もできる。
ますます、なぜ叔父がこんなものを作成したのか怪しいのだが……いや、これもみんな、俺のために違いない。
そんなこんなで、古寺を一通り調査したのだが、空振り。ここには誰もいなかった。
仕方が無いので、一旦現代に戻る。
ここですぐに、廃村の方に向かいたかったのだが、これは危険だ。
三時間待たないと、緊急時に現代に時空間移動できないのだ。
もどかしい気持ちを感じながら、装備を再チェックして、時が過ぎるのを待った。
そしてようやく三時間が過ぎ、すっかり真夜中になったところで、廃村の方に時空間移動を実施した。
今度も、近くの林の中に出現し、まずは暗視スコープの倍率を上げて、誰かいないか確認する。
……いた。
村の端、壊れかけた小屋の壁に、もたれるようにして立っている男を見つけた。
暗視スコープは赤外線を使っているから、人体はより鮮明に見えるのだ。
やはり、狩人衆の情報は正しかった。
それならば松丸藩士たちが人数を揃えて踏み込めば捕らえることができそうにも思うが、実際はそう簡単ではない。
というか、そのぐらいはすでに何度も試していたようなのだが、そのたびに逃げられてしまっているのだ。
今日のように真っ暗な夜であれば、藩士たちは足下を照らすために提灯を持たなければならないが、それでは見張りしている者に、すぐに見つかってしまう。
満月の月明かりの下であれば、提灯は不要かもしれないが、それはそれで見張りにすぐに居場所が知られてしまう。動いている者は、やはり目立ってしまうのだ。
となれば、暗闇の中で、明かりもつけずに自分だけが相手のことを見つける術を持たなければならない。
俺はその手段として、暗視スコープを使用する。
この時代には存在しないはずの、仙界の技術。
しかし、それを俺は、ずるいとは思わない。
罪もない女の子の命がかかっているのだ。
さらに詳細な情報を得るために、超小型のドローンを使用する。
満充電されたそれは、六十分もの間、自由に空を飛行する。その電波の届く範囲は、遮蔽物がなければ、約二キロにも及ぶ。
今回、いきなり接近させるのではなく、まず空高く舞い上げた。
あっという間に林の木々を眼下に見下ろすほどの上空に到達する。
それをゆっくりと前進させ、そして加速させる。
飛行音の静かなそれを、寝ぼけ眼であくびをしている山賊の男が見つけられるわけもなく、ドローンは廃村の上空を進んでいく。
それに搭載されている赤外線超小型カメラは、下方に二人の人間を明るく映し出した。
ゆっくりと降下させ、同じく搭載されている指向型集音マイクにてその会話の音声を拾う。
「……ようやくあのガキ、寝付いたか」
「ああ、グズりやがって……一発殴ってやればもっと早くおとなしくなっただろうに」
「物騒な事を言うな。頭に言われただろう? うっかり殺しちまったら、今までの苦労が水の泡になるって」
「……そういえば、なんで殺しちゃ駄目なんだ? 向こうは生き死になんか分からねえんだから、金だけ貰って放っておけばいいだろう?」
「馬鹿、金さえ払えばちゃんと五体満足で帰ってくるって噂になれば、次の人攫いがやりやすいだろう?」
「……なるほど、そういうことか……」
ドクン、と鼓動が高まった。
攫われた子供は、このすぐ近くにいる。
だが、少しドローンを飛ばしただけで三人の男たちを見つけた。おそらく、もっとたくさんの山賊たちが潜んでいるだろう。
こっちはたった一人だ。赤外線スコープを持っているとはいえ、たった一人で、銃器も持たず乗り込んでいくのはあまりに無謀だ。
なんとか、あの見張りたちをどこかへ遠ざける必要がある。
こんなこともあろうかと、俺はとある秘策を用意していた。
とっておきの仕掛けを、今飛ばしているドローンに内蔵させていたのだ。
それが使えるのは、たった一回のみ。
失敗すれば、もう一度補給をする必要がある。
っていうか、俺の存在がバレて、下手をすれば女の子の命まで危うくなる。
俺は覚悟を決めてドローンを操作し、そのギミック発動の準備を整えたのだった。
 





