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拓也の回想 その10 ~奥宇奈谷姉妹の時空間移動~

 睦月、皐月の目の前で、優と如月は、その姿をかき消した。

 二人は半信半疑だったようで、実際に消えてしまったことに驚愕の表情を浮かべていた。


「大丈夫だよ。無事移動したようだ。俺もすぐ追いかけるから」


 二人を安心させるように、極力笑顔で、ポチを入れた籠を背負って、俺もラプターを操作した。

 すると、俺の部屋で、優と如月が待ってくれていた。


「……えっと、ここって……ひょっとして仙界、ですか?」


 蛍光灯が灯り、白い壁、カーテン、テレビなんかが存在する俺の部屋に、如月は相当戸惑っていた。


「ああ、そうだ。でも、ここは俺や優以外、あんまり長居していいところじゃないんだ……優、段取りした通り、次はとりあえず『前田邸』へ」


「はい、分かりました。如月さん、もう一度、移動するからね」


 相変わらず優しい笑顔で、優は話しかけた。


「はい、お願いします」


 如月の表情からは、もう不安は消えていた。


 そして再び、二人が目の前からその姿をかき消す。

 俺もすぐその後を追った。


 移動した先は、前田邸の納屋の裏だ。

 普段、ここには人が居ることはないので、移動時にぶつかる心配もない。

 目の前には、無事二人が立っていて、移動してきた俺の姿を見て、安堵したようだった。


 固定用の腕のビニールテープを取りはじめる二人。

 俺の方はと言うと、帰ってきたことに気づいたポチが吠えるので、背中の籠から出してあげた。

 尻尾を振りながら駆けていくポチ。早速、お嫁さんのユリとじゃれ合っていた。


 そうこうしているうちに、テープを取り終えて出てきた二人。

 まだ夕刻前のこの時間帯、普段はみんな仕事から帰ってきていない。

 本来なら、ここですぐにでも時空間移動して、皐月を迎えに行きたいところなのだが、次にラプターが使えるようになるまで三時間、待たなければならない。


 時間がもったいないので、優は皆の食事の準備を始める。

 如月も手伝いを申し出て、なんか楽しげな雰囲気になっていた。


 ……ここで、あれっと思った。


 俺、結構如月に近づいていたのだが……少しは男性恐怖症、改善したのかな、と思った。


「……不思議ですね……拓也さんだと、近くにいても平気みたいです」


 ちょっと顔を赤らめ、首をかしげながらそう話す如月。心を読まれた……。

 そんな俺たちの様子を、微笑ましそうに見る優。本気で如月のこと、心配してくれているんだろうな……。


 そうこうしているうちに夕刻を過ぎ、店を閉めた凜、ナツ、ユキ、ハル、涼という嫁たちが、娘の舞を連れて帰ってきた。


 この日は、「前田美海店」の夜の部も開催せず、早めに帰ってくれたのだという。

 店で使うはずの食材も、いっぱい持ってきてくれた。

 今日は如月、皐月の歓迎会を盛大に開催するのだと、ユキ、ハルの双子は張り切っていた。


 ちょうどそこで、三時間の待機時間が完了。

 俺は如月のことを嫁たちに任せて、優と共に、現代経由で奥宇奈谷へと戻った。


 そして皐月が待つ農家の建物へ。

 彼女は、閉じこもっていると思いきや、俺の声が聞こえたのか、飛び出すようにこちらに近づいてきて、姉の如月が本当に阿東藩に瞬間移動したのか尋ねてきた。


 そこで、スマホで撮影した、如月と嫁たちが一緒に映った写真や動画を見せて、ようやく安心してもらえた。


 ここからがまた長い。

 次に前田邸に移動できるまで、三時間かかる。従って、それが実行できるのは夜かなり遅い時間になる。


 もう俺たちの事を信じて、何の不安も持たないという皐月は、その時間が待ち遠しくて仕方がない様子だった。

 そしてここでも気づいたのは、皐月も、俺の近くにいても平気になっていたこと。

 ひょっとしたら、心の傷も大分和らいだのかもしれないな、と安堵した。


 長い三時間の待機時間を終えて、皐月にも時空間移動を実施。

 経由地の現代では、如月と同じような反応で、さすが姉妹、と思った。


 もう外は真っ暗になっている。納屋の裏に出現するのは、ちょっと危ない。

 事前に嫁たちに伝えていたとおり、今度は前田邸の玄関に出現した。


 もちろん、優と皐月も、同様に時空間移動に成功していた。

 すると、そこでは嫁たちと如月が、満面の笑顔で出迎えてくれた。

 大体の時間を察していたようで、わざわざ待ってくれていたようなのだ。 


 さらに、如月や嫁たちには、先にご飯を食べておいて、と言っておいたのだが、みんな律儀に、俺たちが時空間移動してくるのを待ってくれていた。


 囲炉裏部屋に通されると、そこには、料亭での宴会でも見たことがない、と思えるほどのご馳走が並べられているではないか。


「今日は二人の歓迎のために、私たちが腕をふるって用意したんだ。あ、如月も手伝ってくれた。包丁さばきはなかなかのもので感心したよ」


 ナツのその言葉を聞いた皐月は、涙を浮かべて、泣き出してしまった。

 困惑する俺や嫁たちだったが――。


「こんな……突然お邪魔した私たちを、歓迎してくれるなんて……すごく……すごく嬉しい……ありがとうございます!」


 皐月はそう言って、元気よくお辞儀した。

 その様子に、俺も嫁たちも安堵し、そして笑い合ったのだった。

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「身売りっ娘」書影
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