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拓也の回想 その8 ~優、参戦!~

 現在の混乱した状況において、俺が最も気にかけているのが、山賊たちに酷い目に遭わされた弥生よりも、それを目撃することにより心に大きな傷を負ってしまった如月と皐月だ。


 二人は、睦月が少しケガをしているものの、無事に帰ってきたことで、少しは明るさを取り戻したように思えた。


 それでも、男性に対して恐怖心を持った状態であり、睦月以外の狩人衆に対してさえも、側に行くこともできなかった。

 また、日中はほとんど、世話になっている農家の家に籠もったままだ。


 睦月は、彼女たちがこうなったことについて、弥生から詳細を聞いたという。


 彼はまず、弥生の身を気遣い、そして彼女が如月と皐月を、体を張って守ったことに対し、心から礼を言ったという話だった。

 そして山賊・山黒爺に対して、改めて怒りをあらわにした。

 これらのことは、睦月と話をした弥生本人から直接話を聞いたので、正確な情報だ。


 睦月は、


「奴らを、ぶっ潰す」


 と息巻いていたが、まだ足のケガが完治しておらず、返り討ちに遭うのがオチだ。

 そもそも、山賊団は神出鬼没だ。

 一度襲撃してめぼしい物は奪っていき、かつ、松丸藩士十人が警備にあたっている川上村を再襲撃することなど、まずないだろう。


 またこの時代、現代と違って、村は細かく分散して存在しており、松丸藩内だけで数百も存在しているのだ。

 いくつか山賊たちが拠点としている場所も把握していたらしいが、藩士たちがそこを急襲しても、いつももぬけの殻だったという。


 山賊たちは、実は戦闘力は大したことはない。

 もちろん、ろくに武装していない農民や商人とかが相手であればそうではない。そもそも、そういう人たちは太刀などの本格的な武器を持つことを禁じられているのだから。


 だが、訓練を積んだ藩士たちならば、よほど人数に差が無い限り、山賊に負けることはない。

 また、そういう藩士たちと戦っても、山賊側には何のメリットもない。

 だからこそ、山賊たちは村々を突然襲い、そしてすぐに撤収してしまうのだ。


 ただ今回は、睦月の妹、つまり如月と皐月を探していたようで、それだけが気になったが……俺を役人と間違えて、それだけで立ち去ったので、それほど強いこだわりはなかったのだろう。


 こうなってくると、襲ってくるかどうか分からない、むしろもう来ない可能性の高い山賊に対して、松丸藩としても、藩士十人をいつまでも川上村に置いておくことはできない。数日の内に帰ってしまうことになるだろう。


 もちろん、山賊の脅威はまだ存在する。

 しかし、川上村だけを特別厚遇するわけにもいかないし、数百も存在する村に対して、それら全てに藩士を派遣することもまたできないのだ。


 そう考えると、如月、皐月の身が心配だ。

 可能性は低いが、藩士がいなくなれば、また山賊たちが再襲来しないとも限らない。

 かといって、極度の男性不信に陥っている二人が、狩人衆たちと共に数日かけて奥宇奈谷に戻ることは難しいし、そこを山賊たちに狙われる可能性もあるのだ。


 では、逆に川下の方、松丸藩の城下町に行けばいいのではないか。

 それならば、急げば早朝出て夕刻にはたどり着く。


 しかし、それではどこにもあてがない。

 ずっと旅籠に泊まり続ける資金もないだろう。

 俺が立て替えることもできなくはないが、それを彼女たちが納得するだろうか。

 それに、そんなところにずっと居たとしても、彼女たちの心の傷が癒やされるとも思えない。


 山賊団の襲撃から、三日目の夜。

 俺と睦月は、そんなふうに、今後の彼女たちについて話し合っていた。


「……拓也殿……あんたの仙術で、あの二人を阿東藩に連れて行ってくれないか」


「阿東藩に?」


「ああ、そうだ……二人とも、阿東藩の女子(おなご)たちが働く様子を見て、ずいぶん気に入っていた。自分たちも、あんなふうに働ければいいのに、と、憧れていた……実際のところは、少なくともあの二人のどちらかは奥宇奈谷に留まってその血を残し、村の伝統としきたりを受け継いでいかなければならない定めなんだが……今、この時に、あの二人を安心して預けられるとすれば、あんたが働く女子たちのために用意していたあの場所しかない」


「……なるほど、女子寮か。たしかにあそこなら男子禁制だし、山賊の襲撃を心配する必要も無い。けど、残念ながら俺の仙術だと、一緒に移動することはできないんだ。優ならそれができるんだけど……」


 と、そこまで話したときに、ふっとあるひらめきが浮かんだ。


「……そうか、優ならできる……」


「あんたの嫁の一人か? 仙術が使えるのか?」


「ああ、ある意味、俺以上の仙術の使い手だ……優にこの川上村まで来てもらえればいいのか……」


 彼女も、俺と同じく「ラプター」を使用した時空間移動が可能だ。

 しかも、重量制限の80キロを考慮したとき、40キロに満たない体重の彼女であれば、同じぐらいの体格である如月や皐月と、一人ずつではあるが、優自身と同時に時空間移動で阿東藩まで運ぶことができる。


 今、現実的に彼女たちを安全に、安心して預けられるとすれば、それは阿東藩の女子寮か、あるいは前田邸以外には存在しない。


 夜のはじめ頃ではあったが、俺と睦月は農家を訪れ、早速その提案を二人にしてみた。

 すると、仙術で移動、という部分に若干の戸惑いを持っていたが、俺と睦月の熱心な説得と、阿東藩での出来事を思い出し、


「奥宇奈谷に帰れない以上、あの場所であれば行ってみたい……いえ、できる仕事があればお手伝いしますので、ぜひ行かせてください!」


 と、逆にお願いされてしまった。

 彼女たちも分かっていたのだ……このままでは本当にダメになってしまう、と。


 あとは、優と、ほかの嫁たちの説得だった。


 俺はその日のうちに、前田邸へと時空間移動した。

 そして、夜が更けるまで、事の成り行きを嫁たちに話した。


 彼女たち全員、ついこの前に仲良くなった如月と皐月が、そんな恐ろしい目に遭ったと聞いて、驚き、そして嘆いていた。

 また、あの二人なら、女子寮でも、この前田邸でも、好きな方に来てもらって構わない、歓迎する、とまで言ってくれた。


 ただ、優には少し、負担をかけることになる。

 彼女は、松丸藩の城下町までは、俺と一緒に行ったことがある。

 しかし、そこから川上村までは、今回一緒に歩いてもらうことになる。


 そこにたどり着く前に山賊たちに襲撃されたとしても、優なら俺と同じく緊急で時空間移動できるので、危険は少ないのだが、それでも山道を歩くことは結構な苦痛だ。


 しかし、そんなことを気にする優ではなかった。

 笑顔で、


「あの二人を、助けてあげましょう! 明日の朝、なるべく早く出ましょうね!」


 と、逆に急かされてしまったのだった。

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「身売りっ娘」書影
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