拓也の回想 その3 ~大きな心の傷~
弥生は、ひとしきり泣いた後、
「ごめんなさい、つい……」
と一言つぶやき、そして顔を上げた。
「……つらいと思うけど、いくつも気になることがあるから話を聞かせてほしい」
本来ならば、ずっと側にいて、彼女の気が済むまで泣かせてあげたかった。
けれど、如月、皐月、睦月、そして経営者の老夫婦がどうなったのかも教えてもらわなければならない。
特に、如月と皐月については、生死もそうだが、弥生と同じように酷い目にあっていなかったかどうか心配だった。
まだこの村に来る前だったならいいが、すでに旅立った後だったら追いかけて安否の確認をしなければならない。
そしてもし、泊まっている最中に襲撃されたならば――。
「……睦月は、最初に一人の盗賊が侵入してきたときに、その後を追いかけて出て行った後、まだ帰ってきていません……昨晩の夜更けのことです……」
その一言に、ぞっとする。
あれほどの猛者が帰ってきていないというのも衝撃だが、彼が泊まっていたということは、如月と皐月も同じく旅籠に泊まっていたということだ。
「たぶん、おびき出されたのだと思います。山賊、『山黒爺』によって……」
「そうか……それで、その……如月と、皐月は……」
俺のその問いに、弥生は表情を曇らせた。
嫌な予感がした。
「……今は、言うことができません。まだ危険な状態が続いているので……」
「今は……そうか……」
その一言で気づいた。
弥生は、多分二人の居場所を知っている。
しかし、それを俺が知ってしまうと探しに行ってしまうだろうし、それを盗賊団の誰かが見張っているかもしれない。
弥生は、こんなときでも冷静だ。俺なんかよりもずっと……。
と、そのとき、男達の大きな声が聞こえた。
その方向を向くと、五人ほどの顔見知りの男達……狩人集が、早足でこちらに向かっていた。
それでやっと、弥生も安心したような表情を浮かべた。
狩人集と合流した俺は、まず、弥生から事件のあらましを聞いた。
夜中に強盗の襲撃を受けたこと。
そのときは一人だけで、睦月がその強盗を追いかけていったこと。
それによって如月と皐月の護衛が誰もいない状態、しかも旅籠の玄関の扉は壊されていたことに、急に不安を感じたこと。
そこで、老夫婦と手短に相談し、ここは危険だから、と如月、皐月をある場所に連れて行ったこと。
二人を隠して、老夫婦のことが気になったこともあり、自分一人でその場所を離れようと歩き出してすぐ、二人の山賊に見つかり、そしてさらに数人の男達に取り囲まれたこと。
そこで「酷い目」にあったが、如月と皐月の居場所は、「バラバラに別れて逃げたから知らない」で押し通したこと。
空が明るくなり始めるぐらいまで「酷い目」にあったが、男達は
「用があるのはハグレの妹二人だ。おまえなんか攫っていく価値もない」
と言い残して、二人を探しにどこかへ行ってしまったこと……。
宿に戻ると焼け落ちてしまっていて、途方にくれて、老夫婦を探してふらふらと歩き回っているときに、俺と出会ったこと……。
「……それじゃあ、あの旅籠の女将さんと旦那さんは……」
「私にも、あの後どうなったか分からないです……村の人たちは、怯えて家に閉じこもったままですし……」
その弥生の話で、どうして村人達がこの火事現場に集まってきていないのかを理解した。
「それで、その……如月と皐月は……」
俺が、恐る恐る問うと、彼女は、すぐ側で俺たちの会話を聞いていた狩人集を不安げに見回した。
「……この人たちは、如月達が松丸藩の城下町を訪れるときも、ずっと護衛として付き添ってきたし、信用できるけど……」
「ええ、もちろんそれは知っています。みんな、顔見知りですし……ただ、盗賊団は十人を超える人数だったので……」
「そういうことなら、心配ない。狩人集は、強い。ずっと武術の鍛錬もしているし、武装も整っている。あんな寄せ集めの盗賊なんか、倍や三倍の人数が揃っていたって話にならない」
それは、俺の本音だった。
さっき俺を脅そうとした二人も、俺から見てもいかにも素人に毛が生えた程度の盗賊で、俺の態度に怯えて立ち去ったではないか。
盗賊団の人数が倍、三倍であれば互角の戦いになるかもしれないが、そもそも奴らが命がけの戦いを挑んでくるとは思えなかった。
全員がそうだとは限らないが……。
「……わかりました。では、ご案内します。ただ……その、私にも彼女たちが無事でいられるか、わかりません」
「……どういうことだ? まさか、盗賊団に捕らえられた、とか?」
「いいえ、そうではありません。ただ、相当恐ろしい思いをしたと思いますし、それに……」
そこまで言って、一瞬次の言葉をためらった。
そして俺と、狩人集を見渡して、覚悟を決めたように話を続けた。
「あの二人……私が『酷い目』に会っているところを、多分見てしまったんです……」
ぞくり、と、また背中に冷たいものが走る。
まだ、男性経験がなく、ひょっとしたらそういう行為にまったく免疫を持っていない二人が、いきなりそんな場面に出くわしたら……しかも仲の良い弥生が、そんな酷い目に遭うところを見てしまっていたなら……。
結果から言うと、弥生と、俺の懸念は当たってしまった。
如月と皐月は、その心に、大きな傷を負ってしまっていた――。





