拓也の回想 その2 ~焼け落ちた旅籠~
如月達が阿東藩から帰った日のこと。
彼女たちに何もお土産を渡していないことに気づいた。
俺は時空間移動できるから、いつでも奥宇奈谷まで持って行ってあげることができるのだが、やはり彼女たち自身が、「阿東藩からわざわざ持ってきました」っていうふうにしてあげた方がいいんじゃないかと思った。
そこで、彼女たちが立ち寄りそうな場所に運んであげることにした。
とはいっても、松丸藩の城下町だと、どこの旅籠に泊まるか分からない。
それに、うまく渡せたとしても、荷物になってしまう可能性がある。
とすれば、比較的奥宇奈谷に近く、かつ、確実に立ち寄る場所がわかっていれば、そこに持って行ってあげれば良いことになる。
俺は、その場所を知っていた。
川上村の、彼女たちのいとこが女中として雇われている一軒の旅籠だ。
いつごろその宿にたどり着くか、という日程は、彼女たちから聞いていた。
松丸藩の城下町から阿東藩に来たのが如月、皐月、睦月の三人だけとなっており、その他の狩人集は一足先に奥宇奈谷に帰っていた。そして彼らが再び護衛として川上村まで迎えに来るのを、その日の朝と決めていたらしいのだ。
ならばそれより前、早朝に旅籠を訪ねて、お土産を渡せばいい。
ちなみに、そのお土産の内容は、日持ちも考慮して「阿東ようかん」にした。
甘みがあり、栄養価も高いそれは、奥宇奈谷でも長老たちはもちろん、その屋敷を訪れるお客様用としても重宝されることだろう。
弥生と会うかというと……まあ、会うことになるだろう。
本当は二度と会うことはないだろうと思っていたのだが、如月たちが彼女のいとこだと知ると、不思議な縁を感じてしまう。話ぐらいしたって構わないだろう。
多分、俺のこと、彼女たちの間で話題に出ていただろうな……。
そしてその日の早朝、俺は腕時計型時空間移動装置「ラプター」を使用して、川上村の、例の旅籠近くの林に出現した。
そこから少し歩くと、なにやら様子がおかしかった。
宿があるあたりから、煙が立ち上っている。
そして近づいていって、ぞくり、と鳥肌が立った。
旅籠が、焼け落ちている――。
側に行き、呆然と立ち尽くす。
完全に焼け落ち、ところどころまだ燻っている。
人影は、ない。
いくら田舎だからといって、火事が起きて焼け落ちたなら、村人が様子を見に来ていても不思議じゃあないだろうに――。
と、そこに槍を構えた、見るからに山賊風の、粗暴な格好をした男二人が近づいてきた。
そして、
「ちっ……男か……てめえ、なんの用事でここに来た?」
と脅すように聞いてきた。
俺はラプターで緊急脱出できるので、こんなやつら、全く怖くない。
なので、ひるむことなく平然と
「この村の様子を見に来た松丸藩の役人だが……これは一体、どういうことなんだ?」
と睨み付けると、その俺の言葉と態度に驚いたのか、
「なっ……もう役人が来やがったのか? やべえな……」
と、少し慌てた様子で、逃げるようにその場を立ち去った。
まさか……山賊の襲撃があったのか、と思い至ると、悔しく、どうしようもない怒りがこみ上げてくる。
しかしそれと同時に、弥生と、経営者である老夫婦の身が心配になってくる。
今は、その三人の安否確認の方が大事だ……と思っていると、
「……拓也さん、ですよね?」
という、か細い声が聞こえてきた。
「……弥生!」
俺は叫んだ。
そこに居たのは、ボロボロの着物を纏い、髪が乱れ、やつれ果てた娘だった。
「弥生、無事だったのか……一体、何があったんだ?」
「……今はそれよりも、早く逃げてください……山賊達の襲撃があったんです。拓也さんも、山賊に酷い目に遭いますよ……」
力なく、しかし俺の身を案じて、そう進言してくれる。
「いや……大丈夫だよ。さっき二人組のそれっぽい男に会ったけど、俺が藩の役人だってハッタリを言ったら、慌てて逃げていった」
「……そうですか……そうですね、刀を持った、立派な身なりの方がこの村を訪れたら、みんなそう思いますよね……」
一応、俺は名字帯刀を許されているので、一本だけ模造刀を持っている。
でも、本格的な侍、という格好ではないし、この時代の商人でも、脇差しぐらいは持っていることが多いのだが……。
農民はそうではないだろうから、山賊達にとっては、俺は特別な人間に見えたのかもしれない。
ふと、彼女の背後の方を見ると、さっきの二人の山賊と、その仲間と思われる数人が、警戒するようにこっちを見て、何やら相談した後、そして早足で立ち去っていった。
弥生も振り返ってその様子を確認し、
「もう、行ったみたいですね……ありがとうございます。拓也さんが来てくれたおかげで、山賊達はもう潮時だと思ったのかもしれませんね……でもまだ、危ないですよ……」
「そんなことより、君の体の方が心配だ。怪我してないのか? 酷い目に遭ったりしていないか……」
しかし、それを聞いて、俺は「しまった」と思った。
彼女の様子から、酷い目にあっていない訳がなかったのだ。
「……大丈夫です……私はそもそも、そういう仕事の女ですから……」
そう行って、笑顔を作りながらも、彼女は涙をあふれさせた。
そんな弥生が、あまりに不憫で……俺は、
「……もう、大丈夫だから」
と言いながら、彼女の肩を軽く抱いた。
すると彼女の方から、俺に強く抱きついてきて、激しく泣きじゃくった。





