表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
342/381

拓也の回想 その2 ~焼け落ちた旅籠~

 如月達が阿東藩から帰った日のこと。

 彼女たちに何もお土産を渡していないことに気づいた。


 俺は時空間移動できるから、いつでも奥宇奈谷まで持って行ってあげることができるのだが、やはり彼女たち自身が、「阿東藩からわざわざ持ってきました」っていうふうにしてあげた方がいいんじゃないかと思った。


 そこで、彼女たちが立ち寄りそうな場所に運んであげることにした。

 とはいっても、松丸藩の城下町だと、どこの旅籠に泊まるか分からない。

 それに、うまく渡せたとしても、荷物になってしまう可能性がある。


 とすれば、比較的奥宇奈谷に近く、かつ、確実に立ち寄る場所がわかっていれば、そこに持って行ってあげれば良いことになる。

 俺は、その場所を知っていた。

 川上村の、彼女たちのいとこが女中として雇われている一軒の旅籠だ。


 いつごろその宿にたどり着くか、という日程は、彼女たちから聞いていた。

 松丸藩の城下町から阿東藩に来たのが如月、皐月、睦月の三人だけとなっており、その他の狩人集は一足先に奥宇奈谷に帰っていた。そして彼らが再び護衛として川上村まで迎えに来るのを、その日の朝と決めていたらしいのだ。


 ならばそれより前、早朝に旅籠を訪ねて、お土産を渡せばいい。

 ちなみに、そのお土産の内容は、日持ちも考慮して「阿東ようかん」にした。


 甘みがあり、栄養価も高いそれは、奥宇奈谷でも長老たちはもちろん、その屋敷を訪れるお客様用としても重宝されることだろう。


 弥生と会うかというと……まあ、会うことになるだろう。


 本当は二度と会うことはないだろうと思っていたのだが、如月たちが彼女のいとこだと知ると、不思議な縁を感じてしまう。話ぐらいしたって構わないだろう。


 多分、俺のこと、彼女たちの間で話題に出ていただろうな……。


 そしてその日の早朝、俺は腕時計型時空間移動装置「ラプター」を使用して、川上村の、例の旅籠近くの林に出現した。


 そこから少し歩くと、なにやら様子がおかしかった。

 宿があるあたりから、煙が立ち上っている。

 そして近づいていって、ぞくり、と鳥肌が立った。


 旅籠が、焼け落ちている――。


 側に行き、呆然と立ち尽くす。

 完全に焼け落ち、ところどころまだ燻っている。


 人影は、ない。

 いくら田舎だからといって、火事が起きて焼け落ちたなら、村人が様子を見に来ていても不思議じゃあないだろうに――。


 と、そこに槍を構えた、見るからに山賊風の、粗暴な格好をした男二人が近づいてきた。

 そして、


「ちっ……男か……てめえ、なんの用事でここに来た?」


 と脅すように聞いてきた。

 俺はラプターで緊急脱出できるので、こんなやつら、全く怖くない。

 なので、ひるむことなく平然と


「この村の様子を見に来た松丸藩の役人だが……これは一体、どういうことなんだ?」


 と睨み付けると、その俺の言葉と態度に驚いたのか、


「なっ……もう役人が来やがったのか? やべえな……」


 と、少し慌てた様子で、逃げるようにその場を立ち去った。

 まさか……山賊の襲撃があったのか、と思い至ると、悔しく、どうしようもない怒りがこみ上げてくる。


 しかしそれと同時に、弥生と、経営者である老夫婦の身が心配になってくる。

 今は、その三人の安否確認の方が大事だ……と思っていると、


「……拓也さん、ですよね?」


 という、か細い声が聞こえてきた。


「……弥生!」


 俺は叫んだ。

 そこに居たのは、ボロボロの着物を纏い、髪が乱れ、やつれ果てた娘だった。


「弥生、無事だったのか……一体、何があったんだ?」


「……今はそれよりも、早く逃げてください……山賊達の襲撃があったんです。拓也さんも、山賊に酷い目に遭いますよ……」


 力なく、しかし俺の身を案じて、そう進言してくれる。


「いや……大丈夫だよ。さっき二人組のそれっぽい男に会ったけど、俺が藩の役人だってハッタリを言ったら、慌てて逃げていった」


「……そうですか……そうですね、刀を持った、立派な身なりの方がこの村を訪れたら、みんなそう思いますよね……」


 一応、俺は名字帯刀を許されているので、一本だけ模造刀を持っている。

 でも、本格的な侍、という格好ではないし、この時代の商人でも、脇差しぐらいは持っていることが多いのだが……。

 農民はそうではないだろうから、山賊達にとっては、俺は特別な人間に見えたのかもしれない。


 ふと、彼女の背後の方を見ると、さっきの二人の山賊と、その仲間と思われる数人が、警戒するようにこっちを見て、何やら相談した後、そして早足で立ち去っていった。


 弥生も振り返ってその様子を確認し、


「もう、行ったみたいですね……ありがとうございます。拓也さんが来てくれたおかげで、山賊達はもう潮時だと思ったのかもしれませんね……でもまだ、危ないですよ……」


「そんなことより、君の体の方が心配だ。怪我してないのか? 酷い目に遭ったりしていないか……」


 しかし、それを聞いて、俺は「しまった」と思った。

 彼女の様子から、酷い目にあっていない訳がなかったのだ。


「……大丈夫です……私はそもそも、そういう仕事の女ですから……」


 そう行って、笑顔を作りながらも、彼女は涙をあふれさせた。

 そんな弥生が、あまりに不憫で……俺は、


「……もう、大丈夫だから」


 と言いながら、彼女の肩を軽く抱いた。

 すると彼女の方から、俺に強く抱きついてきて、激しく泣きじゃくった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「身売りっ娘」書影
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ