如月の回想 その3 ~ 阿東藩訪問 ~
その後、拓也さんは約束通り、松丸藩の城内での礼儀作法を教えてくれる一人の武士を紹介してくださいました。
最初見たとき、少し怖そうなお顔で緊張したのですが、話しててみると思ったより気さくな方で安心しました。
拓也さんは、
「これで本当に俺の役目は終わった。これでお別れだね」
とおっしゃいました。
今まで、私たちのことをこれだけ真剣に、一生懸命に尽くしてくださったこと、そしてしばらくは会えなくなることに、私も、皐月も涙を流してしまいました。
それを見て、拓也さんは
「これでずっと会えなくなるわけではないよ。また奥宇奈谷に帰る頃には遊びに行くから」
と優しくおっしゃってくださいました。
本当に、感謝しても仕切れないぐらいの恩を受けてました……。
ちなみに、後で分かったことですが、紹介してくださった、礼儀作法を教えてくれた人こそが、松丸藩の重鎮である東元安親様と知ったときは、本当に驚いてしまいました……。
それから、数日が過ぎました。
松丸藩のお殿様に、無事拝謁を賜った私たちは、睦月兄さんを説得して、阿東藩まで足を伸ばしました。
その阿東藩では、「前田拓也」の名を知らない人はいないぐらい、拓也さんは有名な方でした。
「……拓也さんっ! ようやく会えましたっ!」
「えっ……き、如月!? それに、皐月までっ! な、なんで……」
駆け寄っていく私たちに、拓也さんはとても驚いた様子でした。
兄さんは、少し離れた場所で、申し訳なさそうに様子を見守っていました。
……拓也さんの側には、5人の、とても綺麗な女性が立っていました。
「……えっと、拓也様、この方達はどちら様でしょうか。ずいぶん、親しそうな感じですが……」
その中の一人の方が、作ったような笑顔で拓也さんのことを見ていました……他の4人の方も、それぞれ、ちょっと怒っていたり、拗ねていたり、悲しそうな顔だったり……それを見て、私たち、ちょっと間が悪かったのかな、と不安になりました……。
「この方達とは、どのような関係なのですか? 私も気になります」
興味深そうにしていた女性が、拓也さんに尋ねていました。
「えっと……ほら、前から言っていただろう? 松丸藩の奥宇奈谷っていう地域に閉じ込められている人たちがいたって。隧道が完成して、ようやく村から出られるようになったんだよ。でも、松丸藩の城下町まで行っていたのは知っていたけど、まさか阿東藩まで来ちゃうなんて……」
拓也さんは、少し困惑しているようでした。
ここは、誤解を生まないように、きちんと挨拶をしておかないといけないと思いました。
「申し遅れました、ご紹介頂きましたとおり、奥宇奈谷の如月と申します。こちらは妹の皐月です。あと、兄がいるのですが……今は少し離れてしまっています。前田様には、大変お世話になりました」
私はそう言って、妹の皐月と一緒に頭を下げました。
「これはこれは、ご丁寧に、ご挨拶どうもありがとうございます。私たちは全員、前田拓也の嫁です。私が凜、そして右隣から順に、ナツ、ユキ、ハル、涼でございます。もう一人、私の妹も嫁なのですが、子育てのために在宅しております」
「えっ……あの……全員、拓也さんのお嫁さん!?」
さすがに私も、驚きました……拓也さんにお嫁さんがいることは知っていましたが、まさか全員……しかも、こんなに綺麗な方たちばかりだとは思わなかったのです。
「えっと……いや、嫁と子供がいることは、きちんと話していたよ。でも、その、嫁が六人もいるなんて事は、言わなくてもいいかなって思って……」
その言葉に、お嫁さん達は全員、クスクスと笑っていました。
「……まあ、それだけでもちゃんと言っていたなら、私たちは別になんとも思わないよ。そんなに焦らなくても大丈夫だから」
少し気の強そうな女性の方がそう言ったのを聞いて、拓也さんはほっとした様子でした。
「本当、そうですよ……拓也さんが女性に慕われやすい性格っていうことも、私たち、良く知っていますから……えっと、如月さんと皐月さん、でしたね。嫁が六人もいるなんて知って、驚いたでしょう? でも、気にしないでくださいね。阿東藩の中でも拓也さんが特別に許可をもらっているだけで……それに、私たちも望んでお嫁さんにしてもらっていますからね」
一番年長と思われる方が、そうおっしゃってくださいました……本心であることも、すぐに分かりました。
「はい、そうなんですね。さすが、仙人様……たしかに、特別っていうのもよく分かります。これだけ綺麗なお嫁さん達が揃っているのですもの、私なんか相手にされないわけですね……」
今まで笑っていたお嫁さん達が、急にピリッとした雰囲気になったことが分かりました……余計なことを言ってしまったと気づいて、本当に申し訳ない気持ちになってしまいました……。





