睦月の回想 その8 ~妹達の余暇~
前田拓也と如月、そして皐月の三人は、松丸藩の城下町を、物見がてらに見て回っていた。
人混みが苦手な俺は、その様子を遠巻きに眺めるだけだ。
はしゃいで物見、などというのは俺に会わない。
他の狩人衆達は、この日は休息日、とばかりに、朝から酒を飲むもの、旨い飯を楽しむ者、さらには芸者遊びに興ずる者など、思い思いに過ごしているようだが、俺は妹達のことを思うと、そういう気分にはなれなかった。
城下町だけあって、山賊が出没する山中とは違って治安がいいし、そんなに何人も護衛が必要なわけでもない。
俺の助けが必要になることもないだろう。
如月と皐月の二人が、案内を前田拓也に頼んだということもある。
あの二人は、妙に奴に懐いている。
奥宇奈谷の掟を意識していた如月は、まあ分からないでもないが、皐月まで懐いているのは少々以外だった。
そんな奴だが、明らかにそのことを喜んでいる……その性格上、それ以上手を出すことはないだろうが。
妹たちからすれば、この城下町の喧噪には、本当に驚いたことだろう。
露天での、採れたての食材のたたき売り、威勢の良い売り子。
それを値切ろうとして、店主と喧嘩寸前のように大声を上げる中年の女。
さらにそれを見て「いいぞ、もっとやれっ!」と煽る野次馬。
前田拓也は、その様子を彼女達に見せまいと、そっと別の場所に誘導していた。
別の場所では、かわら版が売られていた。
その口上を聞いて、俺も驚いた……崖崩れで孤立していた奥宇奈谷が解放されたことが、もうかわら版のネタとして販売されていたのだ。
前田拓也も目を見開いていた。
俺は買うつもりは無かったのだが、奴が買って如月達とそれを見て笑っていたので気になってしまった。
奴は俺が遠巻きに自分たちのことを見ていたのを知っていたので(妹達もそうだが)、俺がその瓦版を拾うように、そっと民家の脇に置いていった。
その意図に乗り、拾い上げて読んでみると……。
「神聖な力を持つ高僧が、その念力によりたった半日で岩山に穴を通して、悪い竜の力によって閉じ込められていた奥宇奈谷を救い出した。なお、竜はその法師によって退治され、谷底にたたき落とされた」
といった内容が、迫力のある絵と一緒に書かれていた。
なるほど、前田拓也と妹達が苦笑いするわけだ。
事実と合致するのは、「岩山に穴を通した」っていうことだけだ。
実際は、仙界の道具を使ったとはいえ、何日もかけて少しずつ穴を掘り進めていっただけなのだが……まあ、それでも大したものだ。
とはいえ、この短期間で奥宇奈谷解放の知らせが城下町まで届いたのは、なかなか瓦版屋というものは侮れないな、と感じた。
それと、なぜか如月と皐月は涙ぐんでいた……あとで事情を聞くと、
「城下町の人たちも、奥宇奈谷のことを、みんな心配してくれていたから嬉しかった」
と話していた……それに関しては、俺も同意見だった。
少し人混みに疲れた前田拓也と妹達は、茶屋に入って小休憩していた。
そこでみたらし団子を食べた妹二人は、目を見開いて驚いていた。
米粉で造り、さらにそれが少し焼かれて、醤油のタレがかかっている……俺も初めて食べたときは、そのうまさに驚いたものだ。
しかも、それを妹達の隣に座る十歳ぐらいの子供が二本頬張っていたのだ。
この城下町が豊かである……いや、奥宇奈谷が貧しいという現実だ。
ただ、蕎麦に関しては、この城下町の方が値が張るらしいのだが。
そもそも奥宇奈谷には、銭というものにあまり馴染みがない。
狩人衆の俺たちは、町や村で仕留めた獲物の肉を売ったり、日雇いで力仕事などをして銭を稼いで使うことを知っているのだが、物々交換が主だった奥宇奈谷しか知らない妹たちにとって、銭は必要のないものだったのだ。
もちろん、存在自体は知っていただろうが、その使い方や相場というものを知らない。
これも経験だ。
奴が使うところを見て、妹たちは真剣にその様子を観察していた。
そんな妹たちが、もっとも驚いていたのは、初めて海を見たときだった。
それまでにも、下流に来て、川幅がずっと広くなってきたことに驚いたようすだったが、松林を抜けた直後に広がった、見渡す限りの大海原が存在していることに、しばしの間、ぽかんとしてしまっていた。
「えっと……これって全部、水……なんですよね?」
「ああ……いや、塩が混じっているから、しょっぱいけどね」
「塩? そんな貴重なものが、混じっているんですか?」
そんな会話が聞こえてきた。
奥宇奈谷に住む妹たちにとっては、塩は生活の根幹を成す、それでいて手に入りにくい、大事な物だった。
「ああ……このあたりでは、無尽蔵に手に入る。といっても、単純に塩だけにするには手間がかかるんだけどね」
「えっと……この水、飲んでも大丈夫ですか?」
「いや、さっきも言ったとおり塩が混じっているから飲めないと思うよ。ちょっとなめるぐらいなら大丈夫だけど」
奴がそう忠告すると、それを後で聞いていた皐月が、まず先に興味を示して、手ですくってみて、やや躊躇した後、恐る恐る口にした。
「……うえっ!」
なんとも言えない表情になって、水を吐き出した。
「おいしくない……塩、入れすぎっ!」
皐月のその言葉に、三人は声を上げて笑っていた。
如月も興味を持って同じように海水を口にして、皐月と同じような反応をして、また皆で笑い合った。
遠巻きに、俺は呆れて見ていたが、実は俺も初めて海を見たときは同じことをしてしまっていた。
これらは全て経験だ。
俺と同じく、塩という物の価値について、かなり印象が変わったことだろう。
山奥の村にとっては貴重な物には違いないが、それでも、過剰にありがたがる必要のないものだ。これで商人に足下を見られてはいけないと、前田拓也は妹達に軽く忠告していた。
もっとも、危険な山道を突き抜けることができるようになった今後は、そんな心配もいらないのだろうが。
昼食は、海が近いこのあたりなので、海産物を使った料理を食べることになった。
そこには、俺も同席することにした。
しかし、妹たちは、新鮮な刺身は気味悪がって食べようとしなかった。
山奥で育った二人、川魚しか知らないので、生で食べるということに抵抗があるようだった。
刺身は前田拓也が食べて、妹達は、代わりに焼き魚やアワビやトコブシ、サザエの、いわゆる「海賊焼き」を食べることにしたようだ。
その貝の大きさにも驚いていたが(川に住む小さな貝しか知らなかった)、もっと驚いたのは伊勢エビの大きさだった。
ほんの小さな川エビが、妹たちの常識だったはずだ。
その大きさに、恐怖すら感じていたようだ……まあ、実際に食べてみて、そのおいしさにすっかり魅了されていたようではあったが。
他にも、ワカメがたっぷり入った味噌汁なんかも出されて、妹たちはご満悦だ。
俺は、さすがに贅沢すぎると注意したのだが……注文したのは前田拓也で、そこは勉強のため、と妹達をかばった。
そして、その理由付けのために、奴が
「この料理は、正確に言えば、俺のおごりっていう訳じゃない。南雲さんが作った脇差しを売った銭で食べているんだよ。南雲さんが作る刀は、一本でこれだけの料理が、数十人前は食べられるぐらいの価値があるんだ」
と説明すると、納得したというか、申し訳なさそうな、神妙な表情になっていた。
「だから、よく味わって食べて、そのおいしさを実感しておくんだ。それと、この城下町がどれだけ豊かかっていうことも。でも、その贅沢をするためには、つまりお金儲けは、動く(働く?)ことは大変だっていうことも知らないといけないけどね」
奴の言葉に、如月がはっとした表情になった。
そして彼女は、一瞬、前田拓也、そして皐月と俺とも目を合わせた後、覚悟を決めたようにこう切り出した。
「あの……拓也さん……この後、私と二人だけで、少しお話、できませんか?」





