睦月の回想 その5 ~妹の決断~
奥宇奈谷と外界を繋ぐ隧道が完成した。
それを成し遂げた前田拓也をはじめとして、携わった者全てをねぎらう宴が、夜遅くまで催された。
そんな中、妹の如月が、前田拓也を誘って林の方に、二人だけで向かっているのが見えた。
兄としては、当然気になる。
ひょっとしたら、村のしきたりに従って、奴に一夜の夫になってもらうように懇願するつもりなのかもしれない。
もしそうだとしたら、妹はずいぶん大胆になったものだ。いや、それだけ真剣に前田拓也という男に惚れ込んでしまったのか。
それに対する拓也はというと……やや戸惑った感じだ。
よく言えば誠実で、悪く言えばヘタレだ。
もう、如月も子供ではない。
放っておいても良かったのだが、やはりどうしても気になってしまったので、木陰に隠れ、二人の会話にこっそりと耳を傾けた。
如月が、ためらいながら言葉を口にする。
「実は、その……前にもお話したことなのですが、私を、村の外に連れ出して欲しいのです」
……俺が思っていたこととは違った。
前田拓也にとってもそうだったようで、
「……なんだ、そのことか。それだったら、前にも言ったように護衛付きなら問題ない。長老も納得してくれているんだろう?」
と、幾分落ち着きを取り戻して話した。
「はい、それはそうなのですが……本当に隧道が貫通して、いよいよその日が近づいてきていると実感すると……実際のところ、少し怖さもあって……」
「……なるほど。まあ、今までずっと村の中でしか暮らしてこなかったんだ。不安に思う気持ちも分かるけど……でも、それは君次第だ。俺に決められることじゃない」
「はい、それは分かっているんですが……拓也さんにお伺いしたいと思って。村の外って、どんな感じなのですか?」
そんな如月の素朴な問いに、奴は、幾つか注意点を挙げていた。
物々交換が主流の奥宇奈谷とは違い、何をするにも銭が必要であること。
年頃の若い娘だけで歩いていては、間違いなく何かしらの危険に巻き込まれるので、絶対に護衛の側から離れてはいけないということ。
刀を持つ侍には、迂闊に話しかけないこと。 初めて出会うよく知らない人は、信用してはならないし、また、信用もされない、ということ。
必要最低限のことしか話さない前田拓也の言葉に、如月は頭が追いついていないようで、
「そんなに多いのですね……」
と、顔を引きつらせていた。
「……いや、そんなんじゃあ足りないぐらいだ」
俺は思わず、近づいてそう声を掛けた。
「……兄さん……どこから聞いていたの?」
「お前が注意点を尋ねたあたりからだ……別に盗み聞きするつもりじゃなかったんだがな。俺があの木陰で休んでいる時に二人でやってきたものだから、邪魔しちゃ悪いと思って息を潜めていたんだ」
そんな俺の言葉に、前田拓也は驚愕していた。どうやら、俺の気配を感じられていなかったらしい。
「そんなに驚いた顔をするなよ。獣は人よりずっと敏感だから、自然と気配を消す技が身についてしまったんだ。そこの仙人様でも気づいていないようだったし、このままこっそり話を聞くのも悪いと思って、つい出てきてしまった……それにしても如月、おまえまでもが村の外に出て行きたいと言い出すとは思わなかったぞ」
「いえ、外に出るといっても、ほんの数日……拓也さんを派遣してくださったお役人様に、お礼を申し上げに行くだけですから」
「役人に? ……ああ、爺の代わりにってことか。まあ、そのぐらいの期間ならどうってことはないか……いや、危ないには変わりないな……もう、その護衛は決まったのか?」
「いえ……だって、隧道だってまだ完成っていう訳じゃあないですよね?」
如月は、拓也にそう質問した。
奴によれば、まだ貫通しただけで、この後、不審者が通れないように入り口と出口に金属製の扉をつけないといけないし、隧道自体も凹凸を取ったりなど、仕上げに十日はかかるということだった。
「そうか……なら、ちょうど良かった。俺たちも久しぶりに帰ってきて、しばらくゆっくりするつもりだったが、十日も先ならそろそろ何かしたくなる頃だったんだ」
その言葉に、勘の良い奴はすぐに反応した。
「ちょうど良い? ……ああ、そういうことか。なるほど、確かにそれなら安心だ。如月と皐月次第だけど」
奴は、俺の目を見てそう話した。
最初、不思議そうに頭を傾けていた如月も、すぐにその意味に気づいたようで、
「あっ……」
と小さく声を出して、目を大きく見開いた。
「兄さんも一緒に来てくれるの?」
嬉しそうにそう声を出す如月が意外で、俺は少し驚いたが……ここは兄貴らしく、頷いて見せたのだった。





