睦月の回想 その4 ~隧道完成の宴~
その日、奥宇奈谷と外の地域を結ぶ隧道が掘り抜かれた。
崖崩れから一年数ヶ月ぶりに、俺たち狩人集は、奥宇奈谷に残された身内と再会した。
仙術で自由に村に行き来できる前田拓也によって、俺たちが隧道掘りを手伝っていることが伝わっていたようで、各々の身内が隧道の先で待ち構えていた。
涙を流し両親と抱擁する者、照れくさいのか、ぶっきらぼうな態度をとる者……様々だった。
この大事業の立役者である前田拓也は、まるで神か仏の様に手を合わせられ、拝まれていた……まあ、当然のことか。
その様子を、隧道の奥から眺めていたのだが……妹の如月と皐月が待っているのを見つけてしまった。
不安そうに、こちらを見ている二人……まだ俺の姿には気づいていないようだが……たった一年と少し会わないとこれだけ変わるのか、と思うほど、二人は成長していた……特に如月は、色気まで出てきているように感じた。
待たれているのであれば、出て行かないわけにはいかない……なるようになれ、だ……俺はそう思って、何事もなかったように歩き出した。
俺の姿を見つけた二人の表情は、ぱっと明るくなった。
「……よう、待たせたな」
「……もう、馬鹿なんだから……」
俺は、ある程度人の心を読める。そしてそれは如月も同様だ。
妹二人が、どれほど俺のことを心配していたかが伝わってきた。
俺が心から申し訳ないと考えていたこともまた、如月は感じ取ったことだろう。
そして妹二人は、俺に抱きついてきた。
少々、戸惑ったが……二人とも、外見はともかく、まだまだ子供だ、と思うことにした。
刀鍛冶で、剣の達人でもある南雲さんと、前田拓也が何か話していた。あの気難しい人が外部の人間と気さくに話しをしている……それだけで、どれだけ奴が村人達に信用されているのかが分かった。
その夜は、宴となった。
俺たちが持参したイノシシや鹿の肉も振る舞われ、前田拓也が持ち込んだという塩や味噌もふんだんに使われた豪勢な料理も出された。
そして村に伝統敵に続く「剣の舞」、さらには娘達の奉納の舞も披露された。
それを見る前田拓也の視線の先には、如月が居た。
そして彼女の方も、奴と目が合うと、わずかに頬を赤らめながら舞を踊っていた。
隧道から村への道中、奴と如月が親しげに話をしていたので、打ち解けて入ると思ったが、この時、如月は前田拓也に、恋……とまではいかずとも、憧れを抱いていることは見て取れた。
村のしきたりでは、村に新しい血を残す為に、外から訪れたものに対して、選ばれた娘を一夜限りの嫁として共に過ごすことが義務づけられる……そのことは、如月も知っているはずだ。
その上であのような表情を浮かべるということは、そのしきたりを受け入れ、前田拓也とそういう関係になることを承諾しているのだろう……その行為について、どこまで詳しく把握しているのかは分からないが。
それに対して、奴は、如月のことを気に入っているようだが、嫁に気を使っているのか、そのような関係になる気はないという……律儀な奴だ。
一時心配していたこととは、真逆だ。
如月がその気になっているのに、前田拓也にその気がない……それはそれで、如月が不憫に思えなくもない。
しかし、兄としては、まだあいつが十七(満年齢で十五歳)で会えなくなっていたので、今は十八になったとはいえ、まだ早いという気持ちと、もう年頃だという両方の、なにかやるせない感情が絡み合っていた。
奴とそのような関係にならなかったとしても、また別の男が村を訪れたなら、その者の相手をしなければならない。
前田拓也ではない誰かを。
むしろ、そのことの方が懸念された。
隧道ができて、奥宇奈谷の内と外が出入りしやすくなった今、その機会は増えるだろう……そう心配していたが、長老……俺の祖父は、村の孤立がなくなった以上、その制度自体を見直すと言っており、あるいは、そのうちに価値観が変わっていくのかもしれないとも考えた。
村に様々な変化をもたらすことになった、隧道の完成……しかしそれは、この後に起こる奥宇奈谷大戦の引き金になってしまうのだった。





