睦月の回想 その3 ~歴史が変わった瞬間~
前田拓也が、仙界から持ち込んだという奇妙な道具で岩を削りはじめてから、二日が経った。
様子を見に行った俺たちは、唖然としてしまった。
大人一人が通れるだけの大きさの穴が、三間 (約5.5メートル)ほども掘られていたのだ。
「……ちょっとその穴の中を見せてもらって良いか?」
前田拓也の技量を認めざるを得ない俺は、そう口にするしかなかった。
奴は、とくに隠すこともなく、また自慢するわけでもなく、ごく自然に、さも当たり前のように内部を見せてくれた。
岩山が、ものの見事に刳り貫かれている。
「貴様……本当に仙人だったか……まさか、これほど簡単に、たった一人で穴を穿つとは……」
「あんた達が邪魔をしないでいてくれるおかげで、順調に作業は進んでいるよ」
皮肉を含んだ言葉だったが、機嫌は良さそうだった。
「……まあそう毛嫌いするな。前に馬鹿にしたことは謝る……この様子だと、貴様なら、本当にやりとげるかもしれないな……俺たちとしても、奥宇奈谷へ帰られるならばそれにこしたことはないんだ。もしよければ、少しは手伝ってやってもいいが、どうだ?」
これは、奴の作業を一緒に見ていた仲間達とも事前に話したことだった。
最初は反対した者もいたが、本当に岩が削られている様子を見て、これはそのうち山を貫くぞ、という認識となり、ならば手伝ってやっても良いだろう、という意見で一致していたのだ。
秋にさしかかっているとはいえ、まだまだ暑い日は続いている。仙界の道具を使ってはいても、奴も汗だくになっていて、大変であることは一目で見て取れていた。
俺の言葉を聞いた奴は、一瞬顔をほころばせたが、すぐにその表情を曇らせた。
「……それなら、正直、手伝って欲しいことはある。けど、危険だし、かなりの重労働になるけど……」
それに対し、
「それは見ていて分かる、しかし俺たちの故郷のことでもある。ならば、俺たちがきつい思いをするのは当然だ」
というようなことを話し、十数人の狩人集全員に同意を求めた。
皆、渋々ながら、という態度を見せはしたが、内心では興味津々、そして故郷に帰りたいという願望を持っていたはずだ。
その様子に、奴は今度こそ本当の笑顔を見せて、よろしく頼む、と言ってきた。
仲間達は皆、
「頼まれれば仕方がない、手を貸してやる」
と、やや照れたような笑みを浮かべながら同意した。
こうして、俺たちと前田拓也との共同作業が始まった。
奴が岩を削り、それを俺たちが運び出す。
少し慣れてきたら、俺たちも仙界の道具で削る作業を手伝い、その威力に驚いた。
山賊やクマ、野犬が来ないか見張りをすることも必要だった。
奴と俺たちは、歳が近いこともあり、すぐに冗談を言い合えるほど打ち解けた。
前田拓也、という男の評判は、以前から聞いてはいたのだが、まるっきり的外れだった。
とてつもない大男であるとか、齢七十を超える仙術の達人だとか、様々な噂があったのだが、実際は奇妙な道具を使うということ以外は、対して俺たちと違わない、気さくで面白い、それでいてつかみどころのない奴だった。
ただ一つ、確実に分かったことは、奴が本当に仙術を駆使し、突然姿を消すことがある、という事実だ。
そしてひょっこり現れたときには、握り飯なんかの食い物を持って来てくれた。
奥宇奈谷では、米はほとんど作っていない。なので、どうやってこれらの食料を調達しているのか不思議ではあったが、岩をも削れる代物を持っている時点で、奴が俺たちの考えでは到底及ばない仙術を身につけていることは明らかだったので、それ以上考えないことにした。
俺は、ある程度、人の心を読める。
奴は、嘘をつかず、誠実で、行動力もある良い奴だ。ただ、かなり甘い部分もあるが……。
それがこの頃の、前田拓也という男に対する認識だった。
そしてそれから半月ほど過ぎた頃、ついに、最後の岩壁を貫き、奥宇奈谷に通じる隧道が貫通した。
奥宇奈谷の歴史が変わった瞬間だった。





