睦月の回想 その2 ~岩山を穿つ男~
それから、半月ほど過ぎた頃だった。
奥宇奈谷近くの山々に、奇っ怪な大きな音が連続して鳴り響き、仲間達と、何が起こったのかと音の元へと向かってみた。
すると、そこに居たのは、例の前田拓也だった。
今までに見たことのない、鉄でできた一抱えもある大きな何か、それから生える棒を岩に打ち付けていた。
そのうるさいこと。
いや、うるさいだけならまだしも、そんな道具を岩に打ち付けている時点で、これはもう怪しいとしか思えなかった。
前田拓也は、作業に夢中だったためか、あるいはその騒音がうるさすぎたせいか、俺たち狩人集の十数人に取り囲まれても、すぐには気づいていないようだった。
俺は半ば呆れながら、奴の視界に入るように移動した。
すると奴は、俺たちが現れることを予測していたように、わずかに警戒しながら作業の手を止めてこちらを見てきた。
「……また貴様か……一体何をやっているんだ?」
特に争うつもりもなかったが、怪しげな行動に対しては牽制の意味を込めてそう問いただした。
すると、奴は思いがけない言葉を発してきた。
「ああ、また会ったな……ハグレ……いや、睦月っていうのが本名、かな?」
なぜ、この男が俺の本当の名前を知っているのか。
当然、俺はその疑問を口にした。
奴の口から返ってきた答えは、
「奥宇奈谷にたどり着いて、その名前を教えてもらった。あんたの妹の、如月や皐月にも会っている」
というものだった。
嘘は言っていない……そのことが分かっただけに、なおのこと信じられなかった。
どうやってたどり着いたのか、と問うたが、そこは「仙術」とはぐらかされてしまった。
しかしその時点で、この前田拓也という男が、本当に仙人なのかもしれないと考えていたのも確かだ。
その奇妙で騒々しいカラクリ……見たところ、岩肌を壊している様に見えた。それも、かなりえぐれている。
そんな奇妙な道具を持っている時点で、こいつは我々とは「違う」奴だ、と思っていた。
また、本当に奥宇奈谷にたどり着いてしまったのなら、どうしてもある懸念が消えなかった……いつかはそのときが来る、と覚悟していたはずなのに、少し自分でも焦っているのが分かった。
「……そうか、それで、貴様は如月と……」
そんな俺の言いたいことがわかったのか、奴は、
「村のしきたりのことを言っているのならば、彼女に手を出すような事はしていない」
と返答してきた……その言葉にも、嘘はなかった。
「……そうか……それで、最初の問いに戻るが……貴様、一体何をやっているんだ?」
「ああ、これは崖崩れや危険な山道を回避する、隧道を掘っているんだ……岩山に穴を穿って、突き抜けられるようにする」
その言葉に、俺も仲間達も、声を上げて笑ってしまった。
たった一人で、岩山に穴を掘り続ける……まるで鉱山の採掘ではないか。
ずっと奥宇奈谷で育ってきた俺は、「鉱山」というものを伝え聞いた形でしか知らなかった。
だから、ツルハシやノミで岩を削って、金や銅を掘り出すといわれても、それがどれだけ大変な作業なのかは分かっておらず、時には命を落とすほど危険な作業だとは考えもしていなかった。
だが、村を出て見聞きするうちに、それは何十人、何百人、それ以上の働き手が役割分担しながら、そして犠牲を払いながらやっと成し遂げられる大きな仕事だと聞いていた。
前田拓也は、「鉱山採掘」と同じ要領で、「危険な迂回ルートを回避するために、隧道を掘る」ということを、真顔で言ってきたのだ。
また、奴によれば、村の長老や、刀鍛冶の南雲さんも賛同しているのだという。
どれもこれも、にわかには信じがたいことばかりだったが、奴の言葉には全く嘘を感じることができなかった。
「……いいだろう。ここは貴様の言葉を信用しよう。俺たちは邪魔をしない。ただ、あまり変なことをしていないか、時々俺たちが様子を見に来る。それで構わないな?」
「ああ、俺は邪魔さえされなければそれで問題ない」
妙に自信に満ちた答えだった。
ただ強がり、というわけではなく、なにか、成功するという確信を持っているようだった。
だが、それを認めてしまうと、失敗したときに俺が仲間達から笑われてしまう。
「おもしろい……仙術とやら、見せてもらうぞ」
俺は半分馬鹿にしたようにそう言い残して、その場を後にした。
仲間達も、笑っていた。
しかし、俺はその時点で予感していた。
あいつは、ひょっとしたら奥宇奈谷の歴史を大きく変えてしまう大物なのかもしれない、と――。





