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睦月の回想 その1 ~前田拓也との出会い~

 奥宇奈谷の長老の孫であり、狩人集の若きリーダーでもある睦月。

 かれは、ハグレという通り名も持ち、狩人衆の中ではそれを用いていた。


 閉鎖された地域である奥宇奈谷の古い体質に抱いていた反発もあり、積極的に村の外と関わりを持とうと考えていたのだ。


 そんな彼は、いつか仲間と共に松丸藩に藩士として仕えることを夢見ていた。

 もちろん、それは非常に困難なことだ。


 如何に彼が奥宇奈谷の中では名家の出身だとしても、それだけで藩士になれるほど甘い世の中ではない。何か、余程の手柄を立てねばならなかったが、太平の世であることが、さらに彼の夢を現実不可能なものにしてしまっていたのだ。


 そんな中、彼が仲間と共に村の外に出ているときに、あの大規模な土砂崩れが発生した。

 奥宇奈谷への唯一の道は塞がれ、一年以上もの間、彼等は帰る術を失っていたのだ。


 そこに突如現れたのが、阿東藩の仙人と称される前田拓也だった。

 自分と同じぐらいか、それ以上に若く見え、大して強そうでもない拓也だったが、それでも睦月は、彼がただ者ではないことに気づいていた。


 睦月は、妹である如月と同様に、ある程度人の心が読める。

 完全に、という訳ではないが、ウソをついているかどうか、なにかごまかそうとしてないか、焦っていないか、怯えていないか。よからぬ事を企んでいないか、騙そうとしていないか。


 そんな睦月だからこそ、前田拓也という男の、驚くほど純粋で、お人好しで、甘ちゃんで、それでいて人並み外れて意志が強いことを読み取ることができたのだ。


 もちろん、前田拓也という男の、奇妙な仙術には何度も驚かされた。

 制約はあるらしいが、彼は、ある程度荷物を持ったまま仙界と下界を瞬時に移動することができる。

 また、彼がその仙界から持ち込む便利な道具の数々は、自分たちの常識を覆すものだった。


 山賊団「山黒爺」との決戦を前に、彼は今回の戦いで、おそらく最大の重要人物になるであろう前田拓也との出会いを、回想し始めていた。


******


 俺が最初に出会ったのは、奥宇奈谷にほど近い、山中の細い峠道だった。

 奴は、こんな山奥を歩くにしては、やけに軽装で、荷物も少なく、足下には奇妙な物を履いていた。


 太刀も持たず、よく吠える犬一匹だけを連れている。まず、そんな姿でこの山奥まできたことが奇妙だった。


 そして武装した、俺たち狩人集、十数人に取り囲まれても、警戒こそすれど、怯える様子はなかった……それ自体が異常だ。


 余程の阿呆か、あるいは数々の修羅場をくぐり抜けてきた猛者か。

 しかし、少しばかり話しをした限りでは、そのどちらにも思えなかった。

 そして奴の「阿東藩から来た」という一言で、それが誰なのか、一人だけ心当たりがあった。


 仙界から来て、奇妙な仙術を使い、百艘からなる大海賊団を一人で壊滅させたという噂の男……もちろん、そんなホラ話を鵜呑みにする訳ではないが、「訳の分からぬ奴」という意味では、目の前のその男は合致していた。   


 そして奴は、「奥宇奈谷を救済するためにここまで来た」と言っていた。

 普通に考えれば、あの大規模な土砂崩れを起こした奥宇奈谷には、たどり着くことすら困難だ。事実、自分たちも一年以上もの間、帰ることができていないかった。

  

 しかし、仙術を使いこなすという噂が本当なら、可能なのかもしれない。少なくとも、奴はウソを言ってはいなかった。

 余程自信過剰なのか、とも考えたが、ここまであんな軽装で、犬一匹だけ連れて来られているのもまた不思議だ。


 まあ、どうせ無理なのだから、やらせるだけやらせてみれば良い、と軽く考えていた部分もあった。


 無類の女好き、という噂だけは気になったが……どのみち妹の如月や皐月は、いつか村を訪れた男と一夜を共にする運命を受け入れているのだ、万が一、奴がたどり着いたなら、好きにすれば良いさ……そう楽観的に考えていた。


 今思えば、最初に出会い、そして奴の「奥宇奈谷を救う」という思いの強さを読み取った時点で、前田拓也という男のことを、わずかながら気に入っていたのかもしれない。

 

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「身売りっ娘」書影
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