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拓也を待ち続ける嫁達 ~ユキの場合~

 この日、ユキは前田邸で留守番をしていた。

 天気は晴れ。もうすぐ夕方になろうとしている。


 松丸藩の山奥と三百年後の世界を忙しく行き来している前田拓也が、この日は久しぶりに前田邸に顔を見せる、と言っており、そのときに誰もいないと寂しがるだろうということで、六人嫁のうちの誰かが早めに戻ることになっていたのだ。


 そうはいっても、本当に顔見せ程度の時間しかいられないというのだが。

 くじ引きの結果、先に戻る権利を引き当てたのはユキだった。


 一時の間だけとはいえ、自分は拓也と二人だけになれる。

 そのことに喜び、はしゃいだ。

 そして、はしゃいだことを後悔した。

 どうして自分は、こんなに子供っぽいのだろうか、と……。


 凜などは、


「それがユキちゃんの個性で、拓也さんも気に入っているのだから、そのままの方がいいわよ」


 と言ってくれるが、もう自分は数え年で一七歳。十分に大人だ。

 それなのに、未だに嬉しければはしゃいで、おかしければ大笑いし、悲しければ大泣きする。

 いつまでもこんな調子では、拓也に愛想を尽かされてしまうのではないか……そんな懸念を持ってしまっていた。


 それを顕著に感じるようになったのは、松丸藩の山奥からやってきた、如月という美少女と出会ってからだ。

 彼女も数えで十七歳、同い年だ。

 それなのに、彼女の上品で清楚な佇まいはどうだろうか。

 まるっきり自分とは異なり、大人に見える。


 さらに、彼女は松丸藩のお殿様にも謁見し、褒められたという。

 子供っぽい自分とは、雲泥の差だ。


 しかも彼女には、村を訪れた男と一夜を共にしなければならないという定めがある。

 それを聞いて、愕然とした。


 自分はもう、子供ではない……夫である前田拓也と初めて結ばれた、あの日から。

 そして幾度か彼に抱かれている。

 大好きな拓也だからこそ、大きな幸せを感じるし、いつまでも触れ合っていたいと思えた。

 そしてその行為を知っているからこそ、自分が好きな相手以外と、そういうことをすることが考えられないし、そんな状況には耐えられないと思う。


 そんな運命を、彼女は平然と受け入れている。

 それが村のためになるなら本望だ、とも……。

 やはり、彼女は大人なのだ。


 そして、彼女の従姉妹は、もっと過酷な運命を背負ってしまったのだという。

 自分の身を行きずりの男達に差し出し、一夜の嫁となって、報酬を得ていた。

 そして盗賊達の襲撃を受け、複数の男達にひどい目に遭わされたのだという。

 そんな状況であったにも係わらず、自分のことよりも、如月や、その妹の皐月の心配をしていたらしい。


 ユキは、そんな彼女たちの決意に心を打たれた。

 そして自分が如何に幸せに、ぬくぬくと育ってしまっていたのかに気づいてしまった。


 そもそも、自分は「身売り」されるはずの子供だった。

 それを必死の思いでお金をかき集め、自分を買い取ってくれたのが前田拓也なのだ。

 もしあのときに、彼にそうしてもらえていなければ……今、この瞬間も、見知らぬ誰かに抱かれ、涙を流しながら耐えていたのかもしれないのだ。


 そして彼女は考えた。

 いつまでも子供っぽいままではダメだ。

 大きな恩のある拓也に、すべての事柄において、大人の女性として誠心誠意尽くさねばならぬのだ……。


 そう考えていたとき、玄関で、ガラガラと引き戸を開ける音がした。


「ただいま!」


 その声は、間違いなく最愛の夫、前田拓也のものだった。

 玄関まで走っていったユキは、


「おかえり、タクッ!」


 と大きな声で出迎え、そして彼に抱きついた。

 そして、また子供っぽい態度を取ってしまったと後悔した。

 しかし彼は、ユキを優しく抱きしめた。


「お帰り、ユキ……ごめんな、ずっと留守にしていて」


 その言葉と、彼から伝わる温もりに、大人っぽく振る舞おうという意識は飛んでしまい、さらにきつく彼に抱きついた。

 そんな彼女の額に、拓也は軽くキスをした。


 ユキは、悟った。

 自分は、このままでいいんだ、と。


 そして彼が不在の時こそ、会えない期間こそ、彼のために他の嫁達と共に留守を守り、彼のために尽くしていけばそれでいいんだ、と――。


※ユキは数え年で十七歳ですが、満年齢だと十六歳です。 

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「身売りっ娘」書影
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