第三十一話 混浴(銭湯編)
旧暦の一月十日。
学校帰り、江戸時代にタイムトラベルし、鰻料理専門店「前田屋」に行ってみると、もう営業終了していた。
この時期、十分な量の鰻が準備できなくなっているという。
仕入れルートは「阿讃屋」で、方々探してくれてはいるようだが、そうすると値段が高くなってしまう。
また鰻が活発に動き出す春までは、別の料理を提供する方がいい、もしくは、思い切って一時閉店し、みんなで旅行でもするのもいいかもしれない、そんな話が出ていた。
この日は、早く終わったこともあり、久しぶりにみんなで湯屋、つまり銭湯に行くということだった。
俺も誘われ、「混浴」というのが気になり……一度行ってみることにした。
別に、彼女たちの裸がどうしても見たいというわけではなく……他の男性客からどんなふうに見られているのか、心配だったのだ。
ぞろぞろと湯屋の方に歩いて行く俺達を見て……なぜか並んで歩いている男が増えている気がする。
「やあ、お春ちゃん、ひょっとして今日はみんな湯屋に行くの?」
「あ、大五郎さん。はい、みんなで行きますよ」
ハルは笑顔で返す。
「そうか。じゃあ、俺も行こうかな」
「はい、ぜひ!」
……ハル、警戒心なさ過ぎだ。いや、この時代、これが普通なのか?
いや、ナツがそれとなくハルに注意していた。もう年頃の女の子なんだから、やっぱり少しは警戒して欲しい。
湯屋にたどり着くと、番台がいた。四十歳ぐらいのおじさんだ。
「やあ、やっぱり前田屋の皆さん、来てくれたんですね。どうりで今日はお客さんが多いと思った」
……そうなんだ。まあ、俺が客でも、来るだろうな。
主である俺がいうのも変かもしれないが、彼女たちは相当、かわいい。現代であればアイドルユニットとして成立できるぐらい。
もし、現代でそんな女の子達と混浴できる銭湯があったとしたら……たとえそれがチラ見程度であったとしても、おそらく連日超満員だろうな……。
先にお金を払い、中に入っていく。
一人八文。現代の価値に換算すると、二百円ぐらい。確かに安い。
中に入って驚いたのは、脱衣所の時点から男女一緒だということだ。
明かりはほんのり、といったところだが、これでは普通に裸が見えてしまうのでは。
と思ったら、彼女たち、隅の方に固まって服を脱いでいる。その前を、源ノ助さんがしっかりガードしている。
とはいえ、完全に防げる訳ではなく、けっこうな数の男性客がちらちらと彼女たちを盗み見ている。そこで俺と良平もガードに加わる。うっ、何か敵意の視線を感じる。
また、もう一つ驚いたことは、洗い場とは段差があるだけで、まったく仕切りがないのだ。そのため、体を洗っている男女の姿が薄明かりの中、ぼうっと見えている。
とりたてて隠している人もいない。あ、すぐ近くで子供を背負っている若いお母さんの裸、見てしまった……。
ようやく全員、服を脱ぎ終わり、手ぬぐいだけを持って洗い場へ。
この間、女の子達は一応固まって行動している。
凜さんは手ぬぐいで微妙に隠し、優は大きめの手ぬぐい……というか、俺がこの時代に持ち込んだバスタオルで前面を完全ガード。ナツは微妙に腕で隠し、ユキとハルは……隠していない。
いや、結構チラチラと見られているから。っていうか、俺も見てしまったけど。
しかし、そこは源ノ助さんが睨みをきかせている。少しでもいやらしそうな視線を投げかけてくる客には、その鋭い眼光を向け、びびらせていた。
源ノ助さんの体、相当鍛えられている。昔の刀傷らしき物も残っており、盛り上がる筋肉と相まって、かなり迫力がある。これでは女の子達にちょっかいなど出せないだろう。この点は一安心。
洗い場では彼女たち、隅の方に固まって、背中しか見えない状態。そこで糠を入れた布の袋で体を擦っている。
ユキとハルだけでなく、凜さんも……胸をはだけている。そうしないと、体を洗いにくいからだが……ちょっと横に回り込まれると、見えてしまいそうだ。
だが、彼女は「見えそうで見えない」絶妙の洗い方をしている。これ、わざとかな……。
あと、初めてナツの裸も見た。優よりも細めで、引き締まっている印象だった。
ナツ、優、凜さんと並んだ背中を見てちょっとだけドキリとしたが、雑念を振り払う。
ちなみに、俺は変な意識を持ってじろじろ彼女たちを見ているわけではない。
「他の客からどんな風に見えたり、見られたりしているのかを確認したい、そのために君たちの裸を見てしまうかもしれない」
と、事前に了承は得ていた。
凜さんは、
「素直に私たちの裸、見たいからって言えばいいのに」
と笑っていたが。
しかし……少し距離をとり、かつ、顔がようやく分かる程度の薄暗さだとはいえ、やはり男性客の視線は五人の少女たちを集中してチラ見している。
彼女たちは気にしていないかもしれないけど、ちょっと嫌だな……。
体を洗い終わると、柘榴口という仕切りをくぐって浴槽のある間へ。
この入り口、湯気が漏れ出すのを防ぐ役割をしているらしい。
そしてこちら側はもっと暗い。もはや、顔の判別も難しいぐらいだ。
ようやく、浴槽の中に浸かる。お湯はちょっとしか入っていない。いわゆる、半身浴だ。
ただ室温は高く、半分サウナの状態でもある。
不意に、体が誰かと触れてしまった。どきっとして隣を見る。
「……拓也さん、私です。優です……」
その小声を聞いて、ほっとした。そして嬉しくもあった。
「よく俺だと分かったな……優、目がいいんだな」
「ええ。暗いところには目が慣れていますから……」
「優……やっぱり、暗いとはいえ、君の裸が少しでも他の人に見られるの、嫌だな……」
「……私も、本当は気を使わずに入れる『前田邸』のお風呂の方がいいんですが……みんな、『前田屋』で働いて疲れた後、薪でお風呂を沸かす元気が無くて……」
「そうだな。薪での風呂焚きは重労働なんだな……」
前田邸は、内湯があるというだけでこの時代にしては珍しく、恵まれている。
また、すぐ上の岩場から水が湧き出しており、それを引いてきて直接湯船に入れられるので、水汲みの必要がないのも利点だ。
ちなみに、前田邸の井戸は地下から水をくみ上げる方式ではなく、引いてきたわき水を貯める仕組みとなっている。
そんな「沸かすだけ」でいい『前田邸』の風呂でも、やはり沸かすのは大変なのだ。
「あと、ナツちゃん、ここのお風呂でお尻触られたって言っていました。大声をだして、その後源ノ助さんが犯人の腕をひねり上げたらしいんですけど……」
げっ。痴漢が出るのか。これはやっぱり嫌だなあ。
この時代の銭湯は、おおらかで多くの人は混浴でも平気なのかもしれないが……やっぱり、前田邸の風呂の方がいい。俺が持ち込んだボディソープやシャンプー、リンスなんかも使えるし。
やや熱めの風呂、のぼせないうちにみんな外に出る。
柘榴口をくぐった瞬間、やはり男性客の視線が集中した。
薄暗く、バスタオルでガードしているとはいえ、ナツ、優は恥ずかしそう。
けど、よく見るとほとんどの女性はユキやハルの様に、特に隠していない。
凜さんも、手ぬぐい一枚だけなので、完全に隠せているわけではないが、気にしていないようだ。
その後、脱衣所で服を着て、風呂敷に荷物を包み、帰宅。
良平と別れ、『前田邸』へ帰る途中、みんなに聞いてみるとやはりその『前田邸』の風呂の方がいいという。
薪は注文しておけば運んでもらえるし、その代金ぐらいは俺が払うので問題ない。
ただ、沸かすとなると最低一人、つきっきりにならないといけない。
今の鰻丼店、みんな慣れてきたこともあり、店員として女の子が五人も必要なわけではない。
ならば、一人か二人、交替で『前田邸』に残るようにして風呂を沸かせばいいのではないか。
ただ、女の子だけが残ることになる前田邸の防犯をどうするか……。
ここで俺は、ある妙案を思いついていた。





