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拓也を待ち続ける嫁達 ~凜の場合~ 

 前田拓也が、ついに山賊団との戦いに参戦する――。


 凛はその話を聞いたときから、彼に対する心配と、会えないことに対するモヤモヤで、あまり眠れぬ日々が続いていた。


 彼は紛うことなき仙人で、数千里の距離と、時間さえも飛び越えて、この阿東藩、前田邸に瞬時に現れることができる。

 そのため、顔を見ることぐらいはできるのだが……最後に一夜を共にしてから、もうどれぐらいの月日が過ぎただろうか。


 もちろん、彼が奥宇奈谷村解放、さらには盗賊団に苦しめられている地域の救済という大義のために忙しく活動しているのは知っている。


 しかし、それは自分たちとは縁もゆかりもない人たちのことであり、彼も、依頼されて様子を見に行き、成り行きで隧道 (トンネル)を作り、感謝され、そして今はそこに至る地域に出没する山賊団と抗争を繰り広げているという。


 そこに、巨額の報酬があるわけでもなく、また、少なくとも阿東藩の人間にとっては、所詮は他藩の話であり、無理に加担するべき事項ではないのだ。


 それでも、彼は、困っている人……特に若い女性が絡むと、黙ってみていられないというだけの理由で、時には命がけで無茶をするのだ。


 今回も、如月、皐月という若い二人の女性を、阿東藩の女子寮にかくまっている。

 二人とも相当の美形で、さらには、前田拓也に一夜限りの夫になってほしいと要望していたというではないか。


 幸か不幸か、その「要望」は行使されていない。

 いや、彼女たちの現状――山賊達に乱暴されるいとこを見て、男の人を極端に怖がるようになってしまった姉妹――を考えると、彼とそういう関係になっていた方が良かったのかもしれない。


 実際、彼を一晩だけの夫としてもらっていいのではないか――そんな話が、他の嫁達との話し合いで出てきた。

 そして自分はそのまとめ役だった。

 頭では、一晩だけならば、彼があの二人と共に過ごしても仕方がない、と考えている。

 それで心に傷を負った二人が救われるのなら。


 しかし……どうしても心がざわつく。

 姉の如月でも、自分より五歳は若い。

 妹の皐月にいたっては、さらに二歳若いという。 

 自分も、世間では若いと言われているが、彼より年上だし、六人の嫁達の中で最も年長だ。

 彼もやっぱり男子だ、若い女性の方に気が向いてしまうのではないか……そんな不安があった。


 だからといって何ができるわけでもない。

 今はただ、自分の仕事をこなすだけだ――。

 凜はそう考えて、如月、皐月の様子を見るために女子寮に赴いた。


 そこで如月を見かけて、その若さと美貌に、素直にうらやましい、と思った。

 ところが、彼女に


「女子寮にもう慣れた?」 


 という確認と、世間話をしているうちに、


「凜さんのことが、うらやましいです……」


 と思わぬことを口にされた。

 その理由を聞くと、一言、


「だって、拓也さんのお嫁さんじゃないですか」


 と言われた。

 それを聞いて、凜は、はっと気づいた。


 たしかに、自分は前田拓也の、正式な嫁の一人ではないか。

 それは如月だけでなく、多くの女性達から羨ましがられることなのだ。

 凜は大きく頷き、


「そう……私は、幸せ者……」


 と、つぶやくように返事をした。


 そして彼女は気持ちを切り替えた。

 自分は、前田拓也の正式な嫁の一人。

 店を持たせてもらい、さらに嫁達のまとめ役までしている。

 彼の留守を任されている身だ。彼の無事を祈りつつ、その期待に応えなければならないのだ。


 凜は、吹っ切れたように笑顔を浮かべ、改めて今、自分がしなければならないことに専念しよう、と誓ったのだった。

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「身売りっ娘」書影
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