第306話 反乱や一揆の危惧
南雲さんに、俺に危害を加える意思はない……それは俺も如月も理解していた。
しかし、ある程度人の心が読める如月でも、それは何か企みがあるのか、やましいことを企てていないか、ウソをついていないか、が見分けられる程度で、考えていることがすべて分かるわけではないのだという。
そしてこの時の彼は、
『何か重要な事を、俺と二人だけで話したいと考えているようだ』
と感じたという……それも、かなりの覚悟を決めて。
その決意の迫力に、如月は気圧された。
弟子である少年の八雲も、滅多に見ることのない気迫であり、声が出せなかったという。
しかし、俺は気圧されなかった。
何か重要な考えがあるのだと、その思いを受け止めた。
南雲さんによれば、これまでの言動と、自分がかけた威圧に全く動じぬ俺を見て、この者ならば信用して大丈夫そうだと判断したのだという。
そして、如月と八雲は外に出た。
俺と南雲さんの二人っきりだ。
その状況になったところで、さらに南雲さんは周囲を警戒し、他に人の気配がないことを確認した。
「……拓也殿、正直に話してくれ……あの小屋で、何を見た?」
「想像より遙かに数の多い、刀剣や槍の類いを見ました」
「それを見て、どう思った?」
「……なぜこんなに数が必要なのか、と思いました」
俺は正直に答える。
ここで変にごまかすと、追求されてボロが出て、より困窮する事態になってしまう。
「ふむ……しかし、それを他人に話すつもりはない、ということだったな」
「はい。余計なことを言って、余計な疑いを持たれるべきではありません」
「ほう……俺が心配していることは分かっているようだな」
「そうですね……ただ、別の意味で心配ではあります」
ここまで、表面上の言葉には表れていない駆け引きが続いている。
どこまで理解しているのか。
どこまで相手から情報を引き出せるのか。
それも互いの魂胆を、なるべく悟られないままで。
しかし、俺にとっては最後の事項は、不要だった。
「別の意味、とは?」
「あれだけの武器が、この奥宇奈谷に、災厄をもたらすことにはならないか、ということです……どこかに売却するつもりだったとしても、あるいは、この奥宇奈谷を守るためだったとしても、多すぎる武器は不幸を招く恐れがあります」
「……この奥宇奈谷を守るためだとしても?」
「そうですね……俺がこの村を案内してもらい、あちこち見て回った限りでは、この村は天然の堅固な城、と言っても差し支えないものでした。三方を険しい崖に囲まれ、残る一方も深い谷に、かずら橋がいくつか架かるだけです。万が一、敵が攻め込むような事態になったとしても、その『かずら』を切って落とせば足止めになる。それに、そこに続く道も細い。数人の猛者が門番を務めるだけで、それ以上敵が侵入してくることは防げるでしょう……もっとも、そんな『敵』が存在するかどうかは分からないのですが。だとすれば、あれだけの武器を作成しているのは、明らかに生産過剰だ。まるで、どこかに攻め込んでいくかのように思えてしまいます」
「……やはりな……おまえは見かけによらず、胆力だけでなく頭も良さそうだ」
それってつまり、俺は気弱で頭が悪そうな外見をしているっていうことだろうか。
いや、しかし、そんなことを気にしている場合ではない。
「まさか、本当に攻め込んでいくつもりではないですよね?」
「……ああ、そんなことはない。どこに、何の目的で攻め込むというのだ?」
南雲さんは、表情を変えずそう言った。
しかし、それが本心であるかどうか、判断がつかない。
如月がいれば、あるいはウソをついているかどうか判断できたのかもしれないが……俺には、「怪しい」ぐらいにしか思えなかった。
「でしたら、安心しました」
俺は、そう返事をした。
それが本心から言った言葉なのか、今、相手にも確認するすべはない。
どのみち、俺が他言することはないと宣言しているし、それに関しては如月のお墨付きもある。また、俺に「どこかに告げ口する」メリットがないのも事実だし、そのことは南雲さんも理解しているだろう。
彼は、ニヤリと笑みを浮かべた。
「……前田拓也殿、か……なかなかに切れ者で、くせ者のようだな。まあ、今後は取引する機会も増えるだろう。おまえのような者が訪れるのを、俺は何年も待っていたのかもしれないな……」
それに対して、俺は満面の笑みで、
「今後ともよろしくお願いいたします」
と答えた。
俺はなんとか、彼の懐に入り込むことに成功したようだ……が、その後の言葉は意外なものだった。
「それともう一つ、言っておきたいことがある……この村の『しきたり』と、如月についてだ」
彼の口から、如月について具体的に話が出てくるとは、予想外だった。





