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第286話 奥宇奈谷

 松丸藩内の高級料亭で行われた、俺と東元安親殿との会談は、最初は堅苦しい挨拶から始まり、お互いの藩の近況報告や(ただし、うわべだけ)、共同事業となっている金鉱脈の進捗状況など、一種の定例会のような感じで進められた。


 しかし途中から、安親殿が、人払い(お互いの護衛も、料亭の給仕も)をし、俺との二人だけの懇談となった。

 まあ、安親殿とはわりと気心が知れた、本音を語り合える仲だ。

 身分は向こうが圧倒的に上、かつ年齢も安親殿の方が少し年上なので、一応こちらが下手になるが、彼は俺の事を対等として扱ってくれているように思える。


 そんな彼が直接聞いてきたのは、やはり海賊団撃退の顛末だった。


「……で、本当のところはどうなんだ? 貴殿の仙術なのだろう?」


 予想通り、この質問が来た。


「まあ、今回は特別に仙術の類を使いましたが、本当に特別です。本来は使用してはいけない技。ただ阿東藩に実害が出てしまったので、仕方無く、あくまで間接的に利用しただけです」


「そうか……それにしては、大分派手だったようだがな……松丸城からも、阿東藩の沖合で黒い煙が幾本も立ち上がっている様子がはっきりと見えたからな……」


 そんなに目立ったんだ……やっぱり失敗だったかな……。


「いえ、まあ、俺の仙術って言うよりは、『黒鯱』の脅しが効いていたようなので……」


「ふむ……やはり、貴殿は『黒鯱』と組んでいたのだな……」


「さあ、それはどうでしょうか」


 ここで俺は、そうやってはぐらかした。

 しかし、明確に否定しないことで、何らかの関わりがあったことは示唆する。それが『黒鯱』の情報を密かに教えてくれた安親殿への礼だ。


「ふむ……さすが、というべきか。わずかな期間で確実に人脈を作り、共同で蛇竜海賊団を打ち破るとはな……」


「俺は何も言っていませんよ」


 そう言いながら、杯に注がれていた酒を飲んだ。


「非公式に、自由に動ける貴殿の身分がうらやましいと思うことがあるな……」


 安親殿は松丸藩筆頭家老の長男であり、ゆくゆくはその地位……つまり藩主に次ぐ実質ナンバー2の地位を受け継ぐことになる。現時点でも、相当高い地位だ。しかし時には、その地位が邪魔をして自由に動く事ができない。


 藩の重鎮が、存在するだけで違法である軍艦『黒鯱』と接触を持ったと、噂になるだけでも致命傷となるのだろう。

 その点、俺の場合は、有名だとしてもその地位は商人に過ぎないので、阿東藩全体がお咎めを受けるようなことにはならないだろう。たぶん。


「大商人で、大仙人。行動力があり、それで今回の事で、『胆力』まであることを知らしめた。また大きく印象を高めた……今までは、どちらかと言えば『慎重』であると思われていたのだが、海賊団をたった一人で壊滅させたとあっては、また別の大げさな噂が立つことだろうな」


「その『たった一人で壊滅させた』っていうの自体が凄く大げさなんですけどね」


 そう言って、俺と安親殿は笑い合った。


「……ところで、ここからが本題なんだが……」


 やはり今までは前置きだったか。

 いくつか、どんな話の流れになるかシミュレートしてきている。

『海賊団に実施した戦力を譲って欲しい』というような話しならば、断るつもりだったが……。


「……実は、松丸藩の山奥に、『奥宇奈谷』という地域があるのだが……」


「『奥宇奈谷』ですか……聞いた事はありますね」


「ほう? 松丸藩の中でも、その地名を知らぬ者が多いのだがな……さすがは仙人殿だ」


「いえ……名前を聞いたことがある、という程度です」


 実際には、三百年後の世界では、その場所はそこそこ名の知れた観光地となっている。

 いわゆる『秘湯』と呼ばれる温泉地であり、そこに至る道路が整備されて、秘境ブームもあり、訪れる者は多い。実際、俺も一度、家族で行ったことがあった。


「実は、その地域に通じる唯一の山道が昨年の大雨の時に崩落し、ずっと孤立した状態が続いているのだ」


「昨年から……ということは、もう半年近く、ですか?」


「いや、崩落したのは春先だから、一年以上にもなる」


「一年!? ……いや、山奥の村は自給自足が原則だから、生活するには問題無いのかもしれないですが……」


「だといいがな。さすがに長すぎるので、松丸藩主も、そしてこの俺も気になって仕方がないのだ。崩落した箇所は今も脆く、危険な状態で近づくことすらできない。しかし、仙術が使える貴殿ならば、何かしらの仙術で様子を見に行くことができるのではないかと考えたのだ」


「……なるほど……しかし、他藩になりますしね……」


 阿東藩の人間が、松丸藩の内部の様子を見に行くというのは、あまり好ましくない。

 それを分かった上で依頼してきているのだから、かなり困っているのだろうが、基本的には他藩の話だし、俺が出て行く理由もない。


「以前、行商でその地を定期的に訪れて、塩などの生活必需品を運んでいた男によれば、若く美しい娘が何人も住んでいたと言うことだが……それこそ塩すら手に入らない状況になっており、さぞ困っている事だろう」


 美しい娘、という単語に、俺はつい、ピクリと反応してしまう。

 確かに、そんな少女達が外にも出られず、不自由な生活を送っているのならば、相当可哀想に思ってしまう……って、俺のそんな性格、安親殿にバレバレなんだが。


「……そんな状況なのであれば、俺であれば様子を見に行くことぐらいはできるかもしれませんが……それならば、もう少し早く依頼をしてもらっていても良かったのではないですか?」


「うむ……しかし、そうできなかった理由があるのだ。実はそこに至る山奥に、しばしば山賊が出るようになってしまっているのだ……討伐隊を組んで向わせたこともあるのだが、大勢で行くとその姿を巧妙に隠してしまう。そんな場所に、拓也殿に出向いて貰うのは気が引ける……そう思っていた」


「……なるほど。海賊を倒したと噂されている俺ならば、山賊にも対処できるのではないか……そう考えたというわけですね」


「その通りだ」


 なんか、思わぬ話の流れになったな、と、俺は思った。

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「身売りっ娘」書影
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