第280話 茂吉の証言②
「この辺りに海賊どもが出没するようになっていたのは、数日前からだった。前に、俺が見たあの真っ黒な幽霊船っていうのは、実は海賊どもの親玉だったんだ……そう考えると、あの白い娘は、幽霊じゃなくて、こっそり船内から逃げ出した、どっかから連れて来られた若い娘だったのかもしれねえな。……そう考えると不憫な話だ。多分、海賊の男共の慰みものにされて、生きることに絶望して、身を投げようとしていたに違いねえ。かわいそうに、もうこの世にはいねえだろうな……」
この世にいないどころか、今目の前にちょこんと座って彼の話を聞いている薰が、その正体だ。
彼女は、これを聞いて、茂吉があのとき、自分の襦袢姿を見て、そして海に落ちた漁師だと気付いたが、もちろんそれを口にすることはなかった。
「かわいそう……まだ生きていたならば、拓也さんにお願いすれば、助け出してくれるかもしれないけど……」
お里は同情したように、しんみりとそう話した。
これも、現実にそうなった話だ。
薰は、いかに拓也が少女達から信頼され、実際にその期待以上の行動を実践してきたのか、あらためて認識させられた。
ちなみに、ナツはそれらに全て気付いていたが、自身の拓也への絶大な評価をさらに上げただけで、特に何も言わなかった。
「まあ、それでその海賊どもなんだが、足羽島の周辺に陣取りやがったんだ……おかげで、あの辺りで漁ができなくなっちまっていた。俺達漁師仲間で追い払おうとも思ってたんだが、鉄砲を持っているっていう話だったからな……お役人に話しても、『前田拓也殿に相談している。あのお方がなんとかしてくださるだろう』っていう話だったし……だいたい、おかしいじゃないか。なんで海賊を追い払って欲しい、っていうことを、商人である前田の旦那に相談するんだ? ……まあ、それだけ旦那が凄えっていうことなんだろうけど、とにかく、そういう話になってた。とはいっても、いかに前田の旦那が仙人だといっても、せいぜい、仙界から料理の作り方を紹介したり、よく効く薬を持ってきたり、絹の反物の作り方を広めたり……そういう、金儲けに繋がることばっかりで、噂されてるみたいな、盗賊を一人で何十人もやっつけたりだとか、そんなのは誰かが大げさに広めたデタラメだと思ってた」
茂吉のこの言葉は、ある意味、的を射ていた。
これまで拓也は、戦いにまったく巻き込まれなかったわけではないが、基本的に一対一で、それも仙界の道具を使った不意打ちのような形での勝利でしかなかった。
そのこともナツは知っていたが、ここもあえて何も言わなかった。
「ところが、だ。昨日の昼前、漁に出ることすら役人に全面的に禁止されていた俺達の前に、前田の旦那は颯爽と現れた。そして、『今から俺がカタを付けに行きます。ご迷惑をおかけしますが、少しだけ待ってください』とだけ格好良く言い残して、三人の従者と共に、たった一艘で足羽島に向ったんだ……けど、その小船が進む様を見て驚いた。けたたましい音と共にばく進するその船足の速いこと、速いこと! あれはツバメが飛ぶよりも速かった!」
空を飛ぶツバメと海上を走る船など、本来比較にならないのだが、彼の真剣な表情に、お里も息を飲んで聞き入っていた。





