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身売りっ娘 俺がまとめて面倒見ますっ!  作者: エール
第17章 漆黒の幽霊船
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第272話 拉致の恐怖

**********


 その少女は、粗末な筵の上に横たわっていた。

 身に纏っているのは、薄い襦袢のみ。

 後ろ手で縛られ、両足も同様に縛られていた。


 口は白い布で猿ぐつわを噛まされている。

 季節は初夏に近くなっており、寒くはない。

 全体的に薄暗い空間であり、時折男達の下品な笑い声が響いてきた。


 彼女は、必死に涙を堪えていた。

 縛られている腕が、足が、痛い。

 薄い筵の下は、固い岩場だ。そこに何時間も横たわっているのだ。


 寝返りも碌に打てず、背中や肩、腰など、あちこちが痛む。

 しかし、それらの傷みも、これから繰り広げられるであろう惨劇に比べれば、大したものではないと理解できてしまう自分がいた。


 ――数刻前、夜の阿東藩内を歩いているとき、突然、一緒にいた両隣の男が倒れた。

 驚愕した次の瞬間、首筋に鋭い痛みを感じて、意識が朦朧となった。


 何か大きな袋に入れられ、強引に運ばれた。

 大きく揺れたので、おそらく誰かに抱え上げられ、走って運ばれていたのだろう。


 その後、無造作に落とされ、痛みで一瞬、目が覚めた。

 しかしすぐにまた朦朧としてしまう。

 そのあとは、なにか、ゆったりと体が揺れるような感覚を覚えた。


 しばらくすると、袋から出された。

 小さな竹筒に入った、苦い液体を無理矢理飲まされた。

 そして、縄で後ろ手に縛られ、足も同様に縛られ、猿ぐつわを噛まされた。


 徐々に意識がはっきりとしてきて、今、船で運ばれている事が理解できるようになった。

 そして気付いた。

 自分は、何者かに攫われたのだと。


 ドクンと、鼓動が嫌な音を立てた。

 今の自分は、女の格好をしている。

 そして男共は、攫った女を、欲望の対象としか見ない、と聞かされている。

 自分は散々慰みものにされ、そして最後には……殺される。


 恐怖が、彼女を襲った。

 カタカタと震えているのが分かった。


「……気がついたか。意識を失っていた方が幸せだったかもしれねえが、正気のまま連れて来いって言われてるからな……黒鯱の当主の娘。気の毒だが、おめぇには地獄以上の苦しみを味わってもらうぜ」


 その一言は、彼女を絶望のどん底に突き落とした。

 こいつらは、海賊だ――そして、自分に恨みを持っている――。


 しばらくして、彼女を乗せた船は、どこかの島に上陸した。

 抱え上げられ、運ばれる。

 そして、身につけていた絹の振り袖ははぎ取られた。


 何人もの男達が、嫌らしい目で自分の事を見つめているのが分かった。

 しかし、自分を運んできた男がこう言った。


「こいつは上玉だ、それに黒鯱の主の娘っていう絶好の餌だ……とりあえず、大頭(おおがしら)に真っ先に見せてその判断を仰ぐとしよう……おまえら、分かっているだろうな。あのお方は自分より先に手を付けられるのを極端に嫌がる。下手に手を出したら、殺されるぞ!」


 男のその一言に、少女にも、自分の事を嫌らしい目で見ていた別の男達が意気消沈したのが分かった。


「……小頭(こがしら)、こいつはすげえ品物ですぜ、さすが黒鯱の娘。いいもの着てやがった」

 自分が着ていた着物を、男達が値踏みしていた。


(やめろ、それは借り物だ、返さなきゃいけないんだ!)


 そう叫びたかったが、声が出なかった。


「……小頭、こいつ、どうします?」


「そうだな……一応、人質という事になっているからな。洞窟の一番奥にでも放り込んでおけ。それで、入り口に見張りを立てろ。こっそり手を出そうなどと考えた奴がいたら、大頭に八つ裂きにされると思え」


 そんな声に、少女は場が少し静かになったように感じた。


 そして彼女は、男二人の手によって、洞窟の一番奥まで運ばれ、筵の上に寝かされた。

 すぐ側で、バシャン、バシャンと波の音が聞こえる。

 なんとかのけぞり、自分が置かれている空間の手前から、わずかに漏れてくる松明の明かりを頼りに、その方向を向いてみる。

 すると、そこから少し奥は大きく窪んだ地形となっていて、海水が入り込んできているようだった。

 つまり、そこまで行けば、水中に潜って外に出られるかもしれないのだ。


 ひょっとすれば、何とか脱出できるのではないかと考えたが、それはすぐに無駄と分かった。

 そもそも、すぐ外に繋がっているのならば、自分をこんなところに放置するわけがない。

 おそらく、外部までは相当距離があるのだ。

 潜って外に出るまで、息が続くようなものではないのだろう。


 それに、両手、両足を縛られていれば、そこまで動いていくことすらできない。

 それができたならば、脱出は無理でも、せめて自害ができたかもしれないのに……。


 それからしばらく、彼女は暗がりの中、長い時を、鈍い痛みと共に過ごした。

 大頭と呼ばれる存在がたどり着いた時が、自分の破滅の時だ。

 いや、もう破滅しているのかもしれない……。

 そんな絶望を感じながら、時を過ごしていたのだ。


 ――小さな異変を感じたのは、もがき疲れた頃だった。


 向こうからは、相変わらず男達の下品な笑い声が聞こえていた。

 おそらく、宴でもしていたのだろう。

 しかし、それとは違う……なにか、波の音が不規則に変り、ゴポゴポという変わった音が聞こえたような気がした。


 もう一度のぞけって、音の方を見てみる。

 すると、なぜかそちらの方の岩肌が、わずかに明るく光っているではないか。


 一体、何が起きているのか……そう思っていると、大きな窪みの縁から、黒い何かがにょきりと生えてきた。

 そしてそれが丸い頭であり、二つの飛び出した目が、ぎょろりとこちらを見つめていることに気付いて、背筋に冷たいものを感じた。


(も、物の怪っ!)


 叫び声を上げそうになったが、猿ぐつわのため、それもできなかった。


 そしてその物の怪は、口に含んでいた何かを取り外した。

 また、目の部分にも何かを取り付けていたようで、それも取り外して、ようやくそれが人間であることが理解できた。


「……薰、か? 薰だな! よかった、無事だったか……」


 少女は、自分の名を呼ぶその者に、きょとんとしてしまった。


「俺だよ、拓也だ……遅くなってゴメン、助けに来たっ!」


 次の瞬間、その物の怪の正体に気付いた少女・薰は、涙を溢れさせた――。

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