第268話 悔し涙
「……どうする、拓也さん……多分、薰はもう、あの船団のどれかに運び込まれているぜ……」
三郎さんが苦い表情で、そう告げてきた。
「……行くしかないでしょう。向こうはまだ、気付いていないかもしれない」
「いや、絶対に気付いている……この船の爆音が響き渡っていたんだ、間違いなく警戒していたはずだ。実際に、大勢の人影が見える」
三郎さんが双眼鏡で確認しながらそう告げる。
まだ距離は二キロ以上は離れていると思われるが、エンジン音が仇となって、こちらは見つかってしまっているようだ。
これが薰を乗せた小船一艘だけだったなら、強引にでも追いついて、三郎さんに誘拐犯を倒して貰えばそれで終わりだった。
しかし、あれだけの船団となれば、おそらく百人以上の乗組員がいるはずだ。
「……それでも、行かなきゃならない。上手く船を操縦して攪乱し、薰が乗せられていると思われる船に乗り移って……」
と、その時、パーンという乾いた大きな音が響いた。
「……鉄砲か。厄介だな……」
三郎さんは、苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべた。
俺も、これには心を折られる思いだった。
海留さんに話したとおり、俺達は、仙界で作られた強力な武器を持っているわけではない。
むしろ、ずっと平和が続いている分、太刀一本持つことも容易ではなく、銃などはもっと規制が厳しいことを考えると、この時代の方が武器は強力だ。
「……拓也さん、気持ちは分かるが、これは相当分が悪い……仕切り直しだ……」
三郎さんが、慰めるようにそう言ってきた。
しかし、薰の事を考えると、胸が締め付けられるような思いに駆られる。
年頃の美しい娘が、海賊団に拉致されて、何もされない、などということがあり得るだろうか。
命までは奪われていなかったとしても、一体、どれだけ酷い目に遭わされていることか。
それも、『蛇竜』にとっては憎き天敵とも言える、『黒鯱』に所縁がある娘なのだ。仲間の仇、として、おぞましい復讐を受けている可能性だってある。
一刻も早く、助け出さねばならないのだ。
「拓也さん、あんたのことだ。どうせ一度準備を整えてから、すぐにまた来るんだろう?」
三郎さんの言葉に、俺は、はっとさせられた。
そう、今無謀に突っ込んでいっても、俺達は確実に殺されて、そして薰は戻ってこない。
ならば、十分に準備を整え、早急に救出作戦を実行すべきだ。
薰を無事に助け出す事を最優先に考え、確実に成功させなければならないのだ。
「……わかりました。一度引きます。ですが、俺はすぐにまた戻ってくる。絶対に薰を助け出します!」
俺は悔し涙を流しながら、そう宣言した。
「ああ、分かってるさ。あんたなら必ずできる。俺も全力で協力させてもらう。そしてみんなでもう一度、笑って宴を開こうじゃないか」
三郎さんの笑顔に、俺は少しだけ、救われた気分になった――。





