第267話 大軍
爆音を轟かせ、トライアルバイクは疾走する。
おそらく、何人もの住民が目を覚まし、何事かと驚き、外に出たことだろう。
しかし、それを構う暇がない。とにかく、時間が惜しかった。
船倉までは、十分とかからなかった。
そこは前田美海店からは近かったので、既に三郎さんが辿り着いて、スタンバイを進めてくれていた。
海留さんや、源ノ助さんの姿もあった。
海留さんは大きな音と共に奇妙な乗り物で辿り着いた俺の姿を見て、唖然としていた。
「……なんだ、その乗り物は……いや、仙界の道具か。まあ、それはいい……それより、薰の行方が分かったのか?」
「いえ、一刻(二時間)ほど前に、港から船で運ばれたっていうことしか分かっていません。今から追います!」
俺と三郎さんが、急いで乗り込む。
「まて、その船、櫓も帆もついてないだろう! それでどうやって進むんだ!」
「仙術だ……ここは俺と拓也さんに任せてくれないか?」
三郎さんが短く答え、じっと海留さんを見つめる。
「……承知した。すまねえが、頼む!」
その短いやりとりで、二人は分かり合ったようだ。
俺がリモコンのスイッチを押すと、船倉の扉が開いていく。
その下はレールとなっており、斜めに下って行くと水の中へと繋がっている。
ここは阿東川の支流であり、河口が近く、すぐに海へと出られる。
安全装置のレバーを下げると、俺と三郎さんを乗せた船は、乗せられている台ごと、水の中へと滑り込んでいった。
そこからエンジンをかけて、目を見開いて驚いている海留さんに見送られながら、俺達は薰救出のために爆走していった。
すぐに海に出たが、船影は見当たらない。
やはり、二時間のタイムロスは大きかった。
海に出てしまわれると、どの方向に行ったのかまったく見当がつかない。
「……優、海の様子はどうだ?」
俺は、事前に剣術道場の二階に待機するよう命じていた優に、監視カメラの映像を確認するよう無線で指示を与えた。
「……いえ、目立った物は見つけられません」
やはり、難しいようだ。
月夜であるために、夜間の航行であっても、提灯の明かり無しで進めてしまっているのだ。
少しでも明かりを灯していれば、海全体を見渡している山頂のカメラで見つけられると思ったのだが、そうでなければ発見は困難だ。
こうなると、勘を頼りに船を進めるしかない。
「これは難しいな……昼間なら、『嵐』に捜させるんだがな……」
嵐は、三郎さん達が飼っている鷹の名前だ。
確かに、頭の良いあの鷹ならば、不審な物を見つければその上を旋回してくれるので見つけられるかもしれないのだが、夜間ではさすがにそれもできない。
ドローンを使う手もあるが、それもやはり夜間では弱いし、速度がそれほど出ない。広い海上を捜索するのは困難だ。
ヘリコプターでも持ち込めれば有効なのかもしれないが、重量制限があるラプターでは、とても無理な願いだった。
と、そこに、男性の声で割り込みが入った。
剣術道場の二階に自由に出入りが許可されている数少ない一人……源ノ助さんだ。
「拓也殿、番所で捕らえていた『蛇竜』の男達の供述が手に入りましたぞ! 海賊団は、阿東藩沖の足羽群島あたりに拠点を構えるつもりらしいですぞっ!」
「足羽群島! ありがとうございます!」
有益な情報だった。
足羽群島は、一番大きな足羽島を始めとして、三十ほどの小さな無人島と、無数の岩礁が存在する海の難所だ。そこを拠点とするということは、相当操船に自信があるということなのかもしれない。
ともかく、小船はそこに向っている可能性が高い。
方向さえ絞られたならば、そこに向ってこの船の速度ならば、相手が手こぎの船であれば追いつけるかもしれない。
阿東川の河口から群島までは、約十キロの距離だ。
俺達は全力でその方向を目指したのだが……。
「……拓也さん、足羽群島の手前を拡大表示したのですが……気をつけてください、船が沢山いますっ!」
優から、悲痛な声で無線連絡が入った。
「……そうだな……俺も確認した……」
三郎さんが、力なくそう呟く。
そして、俺の目にもそれは入ってきた。
そこに浮いていたのは、一見すると漁船達に見える。
しかし、漁船がこんな時間帯にそこにいるはずはない。
つまり、その船影は海賊船団、約三十艘の大軍だった――。





