第246話 目的
早めの昼食を終えた徹さん、登さん、薰の三人と俺達は、次に蚕小屋へと向った。
阿東藩内にはいくつか蚕を育てるための蚕小屋が存在するのだが、その中でも最も大きい施設だ。
小屋とは名ばかりで、実際には屋敷と言えるほどの大きな建物に、三人はまたしても揃って目を丸くしていた。
ここで育てている蚕の数、一万頭以上。
今は初夏に近い季節だから暖房を入れる必要はないが、暑くなりすぎても駄目だし、風通しを良くすることも重要だ。
蚕座と言われる仕切りのついた台の上でうごめく、白い蚕たち。
最初は気味悪がっていた娘達も、今はすっかり慣れて、愛情を持って育てている。
これを初めて見た薰だったが、さすがというか、意外と平気だった。
「……すごいな……モシャモシャと葉っぱを食べてる……こんなのが本当に、あんな綺麗な絹糸を吐くのか?」
薰は興味津々で、俺にそう尋ねてきた。
「ああ。さなぎを作るときに糸を吐くんだ。それを俺達がもらう事になる」
「さなぎ? だったら、この幼虫達、死んじゃうんじゃないのか?」
「まあ、そういうことだ……だから、絹糸はこの幼虫たちの犠牲の上に成り立っているんだ。それに、見ての通り、この施設を維持するにも多くの人の手が必要だ。餌として大量に消費される桑の葉だって、農家の人が一生懸命育ててくれているんだ。もちろん、絹糸を作る作業だって大変だ」
俺はそう言って、長丸く白い繭から糸を紡ぎ出す、『座繰り機』での作業の様子を見せた。
若い女性からベテランのおばちゃんまで、黙々と作業を続けている。
綺麗な純白の糸が紡ぎ出されるその作業、一見すると神秘的ではあるが、地味で根気がいる作業だ。
「……これを、ずっとやっているのか?」
薰は、やはり驚いたようにそう俺に尋ねてきた。
「ああ、そうだよ。朝から晩まで」
「そうか……これも……俺にはできない……ずっと続けられる自信が無い……」
「そりゃ、ずっと漁師の仕事を続けてきたのならば、地味に映るかもしれないけど、その分、力があまり必要ないんだ。みんなひたすら、根気よく作業しているんだよ。本当に頭が下がる思いだ」
そんな風に作業者達を褒めると、皆、ちょっと笑った。
「……拓也さん、褒めすぎですよ。私達はお給料を頂いているのですから、その分、きっちり仕事をしているだけですからね……むしろ、お給料が多い分、まったく油断することができないぐらいです」
ベテランの作業者の一人が、笑顔でそう話した。
「だって、ここまでの職人はそういないんだ。薰、この作業って、すごく絹糸の品質に関わる部分なんだ。ここまでになるには、何年もかかるって思った方がいい。いきなり、こんなに上手にできるわけ無いんだから、まだやる前から自信を無くさなくていい」
「……そうだろうな。これは相当練習が必要だ……どのみち、俺には無理だ。こんな細かい作業できっこない……」
うーん、これも薰には合わない作業だったか。
「あと、ここでは力仕事も結構ありますから、徹さんや登さんにも手伝って頂くかもしれません。たとえば、農家の人が栽培してくれた桑の葉を、収穫し、運搬するだけでも重労働だ。でも絶対に必要な作業。これには男手が必要なんです。今は農家の人に運んでもらっていますが、そのために畑の世話をする時間が減ってしまうので……」
そう、今は地元の農家の人達に、結構無理をお願いしているのだ。
「……なるほどな。運ぶだけなら、確かに我々でもできそうだ。爺にはちょっときついかもしれないが、荷車に乗せるぐらいならできるだろう」
「バカにするな。ワシでもまだまだ若い者には負けんわい!」
そう言って笑う徹さん。
たしかに、既に老人の域に達しているが、体の大きさも俺と同じぐらいだし、下手をすれば俺より力があるかもしれない。
そんなご機嫌な二人とは対照的に、薰の表情は暗かった。
「他にも、機織の仕事もあるのですが……実は、これは今、見せられないんです」
「……見せられない?」
俺の否定的な申し出に、大人二人は怪訝な顔つきをした。
「阿東藩における反物の作成は、他のどの地域も真似できないような道具と、技術を用いて作られているんです。だから、それを他の藩の人に見せるわけにはいかないんです」
「……なるほど、そういうものですか。それは確かに残念ですなあ……まあ、ワシらが見ても、どこか凄いのか分からんとは思いますがのう……」
徹さんが、その言葉とは裏腹に、あまり残念ではなさそうにそう言った。
先程の蚕の世話も、薰はともかく、徹さんも登さんもそれほど大きな反応を見せなかった。
たぶん、養蚕事業にはあまり興味がないのだ。
ということは、彼等は阿東藩で主産業になりつつある養蚕について、情報を仕入れに来た、いわゆるスパイである可能性は低いような気がしてきた。
「反物の作り方はともかく、どんな反物が出来上がるのかは見てみたいと思ってはいたが……」
登さんが呟くようにそう言ったのを聞いて、
「ああ、ありますよ。ちょっと待っていてくださいね」
と、奥に反物のサンプルを取りに行くことにした。
「な……見せていただけるのか? それはありがたい!」
登さんのテンションが、少し上がっている。
そして俺は、黄色の美しい反物を持ってきて、少し引き出して見せてみた。
「「「おおっ!」」」
その瞬間、薰を含めた三人の、驚嘆の声が上がった。
「こ、これは……見事な品だ……絹の反物とは、これほど美しいものなのかっ!」
「ワシも、この年になるまで見たことなかった。そんなワシでもわかる。これは大した逸品じゃっ!」
「すっ、凄い……これで着物を作ったら、どれほど綺麗なものになるんだ……一体、いくらするんだろう……」
三者とも、反応が今までとは全然違う。
俺は、三郎さんと目を合わせた。
彼は、軽く頷いた。
その意図したことは、尋ねなくても分かる。
「これが目的だったのか」
彼の目は、俺にそう語りかけていた。





