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身売りっ娘 俺がまとめて面倒見ますっ!  作者: エール
第1章 身売り少女の争奪戦
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第十九話 五人の涙

 旧暦の九月十二日。


 俺はあの侍『勝四郎』に黒田屋の事情を説明されてから、四日間あがきにあがいた。


 現代で安価な『ミニラジコンヘリコプター』を見つけ、これほど自在に空中を飛ばすカラクリならば、高値で売れるに違いないと持ち込み、阿讃屋の店舗の前で実演した。


 しかしすぐ隣で、子供が『竹とんぼ』を飛ばして

「こっちの方が良く飛ぶよ」

 と言われ、撃沈した。


 あまり気が進まなかったが、現代で叔父に勧められて持ち込んだ「エッチな写真集」は、「肝心な部分が写っていない」と一蹴された。


 目覚まし時計は、「お寺の鐘が時間を知らせてくれるのになぜそんなものが必要なのか」と笑われた。


「LEDランタン」は「行灯あんどん」の牙城を崩せなかった。


「トランシーバ」は、大声を出せばいいじゃないか、と、もっともな意見に打ちのめされた。


「カセットガスコンロ」は、本体とガスの容器がかさばりすぎた。


 どんなに必死に試しても、高額で売れる手頃な物が見つからない。

 そうしているうちに、もう明後日がセリの日、となってしまった。

 この日も夕刻が近い。


 もう、正直に現状を打ち明けるしかなかった。


 俺は『前田邸』の母屋で、女の子五人を囲炉裏部屋に集めた。

 全員、表情が暗い。

 俺が必死になってかけずり回り、そして憔悴しきっているのを皆知っていた。

 そして、自分達の身が決して安泰ではないであろう事も。

 その上で、

「正直に話して欲しい、私たちは覚悟を決めているから」

 と、俺に詰め寄っていたのだ。


「……今まで隠していて本当に申し訳ない。前に、説明したとおり、一人百両、計五百両は、君たち自身の身を担保にすることで借金をして、なんとか揃えられる算段がついている」

「……だったら、なんの問題もないのではありませんか?」

 凜さんが眉をひそめる。


「いや……ところが、その約束に、別の卸問屋の横ヤリが入って……君たちは、セリにかけられる事になった」

「セリ……」

「そう。一人ずつ、最低百両から始まって、一番高い値段を付けた者が買い取る事ができる。ところが、これだと最大、全員で合計七百両を越えそうなんだ……」

「……なっ……そんな理不尽なことが許されるのかっ」

 ナツが立ち上がって抗議する。


「これは、俺の商売人としての実績が少ないことに起因する。もっと年季の入った商人だったら、こんな事にはならなかったんだ。本当に申し訳ない」

 俺は、深々と頭を下げた。


「……タクヤ殿、ちょっときてくれっ!」

 ドンッ、ドンッと足音を踏みならし、ナツは奥の部屋へと向かっていく。

 俺はゆっくりと立ち上がり、その後をついていった。

 ナツ、怒っている……これは木刀で殴られても仕方ないな、と覚悟を決めた。


 そして一番奥の部屋に入り、ふすまを閉めると、キッと俺の事を睨み付ける。

 その目は真っ赤で、もう涙が浮かんでいる。そして体を震わせていた。

 次の瞬間――俺は我が目を疑った。

 彼女はいきなり座り込み、両手と、そして頭を床に付けたのだ。


「頼む……私は好きにして構わないから……どんな目にあっても構わないから……ユキと、ハルだけは助けてやってくれっ! あの二人が、男共の慰みものになるなんて……耐えられないし、考えたくもないんだっ……」


 土下座だった。

 プライドの高いナツが初めて見せた、懸命の土下座だった。


 ……俺は彼女のそんな必死な姿に、心を打たれた。

 そして気がつくと、俺も自然と土下座していた。


「な……なにをしているんだ……」

「ナツ……謝るのは、俺の方だ。全員必ず買い取ってやるなんて、出来もしないことを口にした俺が悪いんだ……申し訳ない……」

「ばっ、馬鹿っ! 貴様は、こんな……こんな血もつながらぬ赤の他人の私たちの為に、一体どれだけの事をしてくれたと思っているんだ……貴様が謝るなんて、スジが違うっ」

「……謝ったことを怒られたな……」

 俺はそう言って、笑顔を見せた。


「ばかっ……貴様は、本当に……」

 彼女の言葉の後半は涙声になり、よく聞き取れなかった。


「心配いらない。ユキとハルは、必ず守る。それは約束する。あと、たぶん……ナツ、君も大丈夫だ。ただ、確約はできない」

「……私は、いいんだ……私が稼がないと、二人は……」

「俺が稼ぐ。俺が面倒をみる。二人とも……いや、君を入れて三人とも、俺の妹同然だ」


「またそんなことを……優と、凜さんはどうするんだ……あの二人が助からなければ、私が助かっても意味がないんだ……特に優は……貴様と恋仲だろう……」


 ズクン、と、俺の心にその言葉は響いた。

 ナツは、そんな風に俺と優の事を見ていたのだ。


「……今から、あの二人とも話、してくるよ……もう一度、これは絶対に約束する。ユキとハルは、必ず助け出す。だから、安心してくれ……」

「タクヤ殿……すまない……」

 俺はそっと立ち上がり、その部屋を出て行った。


 次に待っていたのは、凜さんだった。

 俺とナツの会話は、丸聞こえだったようだ。


「……お夏ちゃん、覚悟決めてたようね……私も見習わなくちゃね」

「凜さん……」

 彼女も、既に涙を浮かべていた。


「確かに、お雪ちゃん、お春ちゃんは死守してあげないといけない……。でも、それでもし、余裕があるなら……私はやっぱり、優を救って欲しい。何より……優は、あなたに恋しています。そしてあなたも……優のこと、好きでいてくださるんじゃないですか?」

 凜さんの言葉は、いつも優しさの中に鋭さ、厳しさが混じっている。


「ええ……好きです。でも、現実を見なくちゃいけない。優を助けられるかどうか……正直、まだ分からないんです……」

「……拓也様、今日はすごく正直なんですね……私も本気で……惚れてしまうかも……」


 涙をポロポロこぼしながら、それでも凜さんは、笑顔を浮かべていた。

 その姿は、なんというか……美しさの中に、無垢なかわいらしさを感じさせてくれるものだった。


 そのとき、二つの影が隣の部屋から飛び出して来た。


「タクゥー、好きぃーっ!」

「ご主人様あぁ、私もですぅーっ!」


 ユキとハルの双子だった。

 泣きじゃくりながら、二人は俺に抱きついてきた。


「ははっ、二人は大丈夫だよ。なんとしても、俺が守る。また明後日以降も、この家で一緒に暮らせるよ。だから、ほら、もう泣き止みなよ」

 俺は自分のポケットからハンカチを出して、そのそっくりな二つの顔の涙を拭いてあげた。


 そして、思わずドキッとした。

 彼女たちが、単に可愛らしいというだけでなく……相当な美形に見えたのだ。

 おそらく、あと三年……いや、二年すれば、優に負けないほどの美少女になるんじゃないだろうか……。


 今後の成長が楽しみだ。

 俺はそんな期待に、少し胸が熱くなるのを感じた。


 残るは、優だけだった。


 彼女との挨拶は、覚悟がいる……俺はそんな予感を抱いていた。

 そっと優が待つ部屋の、襖を開けた。


 彼女は意外にも、さらっとした笑顔だった。


「拓也さん……もう他の人とのお別れの挨拶、終わりましたか?」

 ……俺は優のその第一声に、違和感を感じた。


「私、拓也さんと出会えて、本当に良かった。だって、こんなに仲良くなれたんですから。拓也さんも、そう思ってくれてますよね」

 ……。


「拓也さん、覚えてます? 私たち、二回も混浴したんですよね。それで、二回目のときは、私の裸見てくれたんですよね。恥ずかしかったけど、拓也さんのために我慢したんですよ」

 ……。


「あと、一回目の混浴のとき、裸の私の事、抱き締めてくれましたよね。私の事、気に入ってくれてるからですよね」

 ……。


「本当に私、拓也さんと一緒に生活できて良かった。拓也さん、お願い……私、これだけ頑張ったんだから……他の人より、私の事、選んでくれますよね……」


 ウルウルと目に涙を浮かべて、彼女は俺に懇願してきた。


「……優、二つ……いや、三つ、言いたいことがある」

「はい……なんですか?」

「まず一つ目に、君が、そんな風に言うとは、正直思っていなかった」

 ……。

 彼女の表情が、急に険しくなった。


「二つ目に、一つ目のことをふまえてだけど、君は演技が下手だ」

 ……。


「三つ目に、今更君のことを、嫌いになれない」


 ……俺のその言葉に、ついに優はぶわっと涙をあふれさせた。


 そして、嗚咽を繰り返すほど、彼女は泣いた。

 少し落ち着いてから、一言、

「……どうして、分かったんですか」

 と聞いてきた。


「俺が嫌いになりそうな言い方ばっかり集められるなんて……正直感心したけど、声がうわずりすぎだよ……饒舌じょうぜつすぎでもあったしね。そんなんじゃ、俺は騙されない」


「拓也さん、ちょっと意地悪で……優し……すぎます……」

 優は、ずっと泣いていた。


「お願いです、せめて、ユキちゃんとハルちゃんは助けてあげて……」

「みんな同じ事を言うなあ。大丈夫、さっきみたいな演技しなくたって、あの双子は優先して必ず助ける。ただ……」

 俺は優を見つめた。

 そしてそれ以上、言葉がでなかった。


「……大丈夫、覚悟は出来ています」

「……まだ明日がある。俺は最後まであきらめず、全力を尽くす」

「……はい、でも、お願いだから無茶、しないでください……」


 涙を浮かべながらも見せる、彼女本来の笑顔だった。

 そう、俺が最後に見たかった、大好きな優の笑顔だ……。


 その後、俺はもう一度彼女たちを囲炉裏部屋に集め、明日は、もうこの家に帰ってこないことを伝えた。

 次に会うのは、セリが行われる場所、この家から見える河原であることも。


 どうして、明日この家に来ないかとユキに聞かれたとき、俺はこう応えた。


「最後まで、一文でも稼ぎたいから」


 しかし本音はそうではなかった。

 今日の挨拶が、あまりにもつらすぎた。


 明日はもう、夜中にこっそりと、たった一ヶ月だけど思い出の詰まったこの『前田邸』を、外からじっと眺めるだけにとどめたかった。


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