番外編14-12 カエル
翌日、紅姫から早速反応があった。
『鏡の精』改め、涼に質問があったのだ。
その内容とは、彼女の従兄弟である宗冬と露に対しての、彼女らの間でしか分からない、一緒に遊んだ数年前の思い出だった。
庭に迷い込んだ小鳥の話や、緑色の小石を集めた話。
着物を汚してしまい、紅姫の父親に三人で叱られてしまった話。
俺はラプターを駆使してそれらの事項を兄妹に確認し、持ち帰り、そして涼からその回答をしてもらった。
若干記憶がずれている部分があったので焦ったものの、そもそもそんな細かいことよりも、思い出自体が共有されていたことに、少なくともこの兄妹が本物であることを確信したようだった。
こう言っては失礼だが、当事者間でしか分からない質問をしてくるというのは、かなり核心をついている。満年齢で言えば十三歳の紅姫は、思った以上に頭がいいようだ。
いや、そうではなく、誰かに相談して入れ知恵されたのだとすれば、それは相談されたこと自体が問題だ。
しかし、あのときに「誰にも相談してはいけない」などと言ってしまっては、かえって不信感を煽ってしまったかもしれないわけで……そこは詰めが甘い部分だった。
そこまでして、全力で信用してもらうよう頑張ったのだが……数時間後、紅姫が出した答は、
「ここから逃げ出すことはできない」
だった。
やはり、疑心暗鬼に陥っている彼女に、一度会っただけの俺の言葉を信じてもらうなんて、無理だった。
それでも、ここであきらめる訳にはいかない。
だって、そのまま放っておけば、彼女は殺されてしまうのだから……。
そこで俺は、この日の夜、最後の説得に、彼女の部屋へと向かった。
ちなみに、俺が外から閂がかかっている紅姫の部屋に出現できるのは、事前に準備をしていたからだ。
商人として何度か寺院内に出入りしていた俺は、敷地内にラプターを使用して時空間移動できるようになっていた。
そこで、数日前の夜中の警備の薄い時間帯に敷地内に出現し、彼女の住む離れまで移動、見張りの巡回がいなくなっている隙を狙って閂を外し、忍び込んで、その場所をラプターで登録していたのだ。
その後、建物を出て元の通り閂をかけて、元の時代に戻ってきたというわけだ。
うん、行為自体は立派なストーカーだが……もちろん悪用なんかしていない。
この夜も、事前に涼によって紅姫に了解をもらってから、俺は彼女の住む離れへと出現した。
彼女は、俺を見ても、もう特に驚くことはなく……逆に、申し訳なさそうな顔をしていた。
「……仙人さん、涼姫には話したけど……やっぱり私、あなたと逃げることはできない……」
「……やっぱり、俺の事、信用出来ないか……」
彼女は、こくんと頷き、さらに、
「……それに、逃げているときに捕まったらって思ったら、怖い……」
本当に、怯えた表情だった。
しばらく沈黙があった後、
「……私一人じゃ、どうしていいか分からなかったから、慎衛門に相談しようと思ったけど、そうしちゃうと、下手をすれば慎衛門が打ち首になりかねない……だから、誰にも相談できなかった……」
不安げにそう話す紅姫。
俺は、この一言で、紅姫がやはり頭の良い女の子であると確信した。
誰にも相談せず、一人で、従兄弟に質問をさせるという確認方法を思いついた。
さらに、うかつに相談したら、その相談相手に迷惑がかかるかもしれないと思い至って、そして相手を気遣い、それをやめた。
うん、彼女はつまり、想像以上にいい子だったのだ。
こんな子が、汚い大人達の欲望の為に、殺されるなんてことがあってはならない。
俺は、最終手段に出ることにした。
「……だったら、仕方が無い……ごめん、俺、君の事を無理矢理、攫っていくことになる」
「……無理矢理って、どういうこと?」
彼女は、俺の想像とは違い、怯えるのではなく、きょとんとした表情でそう尋ねてきた。
「えっと、ラプター……つまり、俺の仙術では君を連れて移動することは出来ないから、やっぱり君が自分の足で、俺と一緒に逃げることになる。だから、無理矢理って言うのは、つまり……『俺に走ってついて来なければ、酷い目に遭わせる』っていうことになる」
「……酷い目って……仙人さんの言うとおりにしなければ、私、殺されるの?」
「……まさか。そこまで酷いことするわけがない」
「……じゃあ、えっと……辱めを受けるの?」
「ま、まさか……それこそあり得ないよ」
まだ子供だと思っていた娘にこんな事を言われると、さすがにちょっとどきっとしてしまったが、当然ここは完全否定する。
「……じゃあ、どうなるの……」
そう言われると、具体的には考えていなかったので、ちょっと悩んでしまう。
「……ひょっとして、仙術で、なにか呪いをかけられるの?」
「……そうだ、それが良い! えっと……そうだ、仙術で君をカエルにしてしまおう。カエルになりたくなかったら、俺についてくるんだ。……そう脅されていたならば、万一捕まったとしても、『カエルにされるのが怖かったから言うとおりにした』と言えばいいだろう?」
俺の必死の説得に、紅姫はしばらくきょとんとしていたが……数秒後、吹き出して笑い始めた。
涙を流しながら、ケラケラと笑って……。
「……そんなに気を使ってくれる人さらいがいるのね……本当は、私をカエルになんかできないんでしょ?」
と、突っ込んできた。
「……うん、まあ、できないな……」
その答えに、またひとしきり笑って、
「……本当に、変な仙人さん……私、もっと怖い人ってずっと思っていたのに、想像と全然違った……」
彼女は微笑みを浮かべ、そして涙は流し続けていた。
「……うん、分かった……いえ、分かりました……私、カエルにされたくないから、仕方無く、仙人さんについていきます……よろしくお願いしますねっ!」
涙を浮かべたまま、にこっと笑ってそう話す彼女。
これまでで一番可愛いその表情に、また少し、どきっとさせられてしまった。
なんとか、必死の脅し? が功を奏し、彼女の同意を取り付けた。
しかし、脱出実行には綿密な準備が必要で、この日いきなり連れ出すことはできない。
かといって、もうあまり時間をかけることもできない。
と、いうことで、翌日の深夜、紅姫大救出作戦は実行されることが決まったのだった。





