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身売りっ娘 俺がまとめて面倒見ますっ!  作者: エール
第14章(番外編) 捕らわれし姫君
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番外編14-10 嫁達の本心

 その青年は、黒い板に指で触れていた。


 突然、その板面が明るくなり……次に、綺麗な模様、そして絵が浮かんだ。

 あまりに鮮やかなそのカラクリに、紅姫は大いに戸惑った。


 やがて女性の顔が映し出され、それが動き出し、


「紅姫様、初めまして」


 としゃべり出したので、彼女は本当に仰天してしまった。


「私は、凜……阿東藩の商人、『前田拓也』の嫁の一人です」


 黒い板の中の女性は、そう言ってお辞儀をする。

 少女は、この板の中に本物の女性が入っているのではないと理解はできたが……それでも、何が起きているのか訳が分からず、まるでキツネにつままれたような顔をしていた。


「今、あなたが見ているのは、仙界……正確には、三百年の後の世のカラクリによって、私達の姿、動いたりしゃべったりした様子を映し出したものです。あまり深く考えず、『仙界の技』とだけ思ってください」


 凛と名乗るその娘は、紅姫を安心させようと笑顔を絶やさない。


「今、あなたの側には、一人の男性がいるはずです。その人こそが、『前田拓也』、私達の主人です。そして、私達の恩人でもあります」


「……恩人……?」


 紅姫はその単語に反応し、娘の映る黒い板と、ただ立ちすくむ彼の姿を交互に見つめた。


「私達は、身売りされそうになっていました……それを哀れに思い、そんなにお金を持っているわけでもないのに仮押さえし……そして、たった一月で、必死になって私達を買い取るだけのお金を貯めてくれたのが、その方です……」


 そこまで話したところで、凛と名乗る女性は一筋の涙を流した。


「それだけではなく、私達を自由にすると言ってくださいました……でも、そこまでしてもらって、何もご恩返しをしないわけにはいきません。一生、その方を支えていこうと決めたのですが……それを受け入れてくださっただけでなく、なんと、私達全員を、嫁として扱ってくれているのです」


 凜は、また涙を流した。


「……私達は、全員、望んでその方の嫁になりました。みんな、本当に心からお慕いしています。その方は私達を、本当に大事にしてくれます。私には、お店を持たせてくださいました。私の事を、私なんかを、信頼してくださっているから……」


 そこでしばらく、彼女は涙で声が出なくなった。


「……その方は、『仙人』とは名乗っていますが、実際は私達と同じ、普通の人です。ただ、仙界の便利な道具を使って、私達を助けてくれた……それも、何の見返りも求めず、単に『だまって見ていられない』という理由だけで……そして今回、紅姫様の事も、私達と同じように、ただ放っておけないと言うだけで、手を差し伸べようとしているのです……」


 ……その娘の真剣な呼びかけに、紅姫は見入った。

 そして、青年の方を一瞬見て、彼も真剣な表情なのを確認した。


「……いきなり、こんな事を言われても、すぐには納得して頂けないのは承知しています。でも、その方は、裏表のある方ではありません……その事だけ、なんとか信じて頂けないでしょうか……そして、最後に一言だけ……」


 次の瞬間、凜は涙を浮かべたまま、笑顔になった。


「……私は、その方の嫁になれて、本当に幸せです……」


 ……そして板面はゆっくりと暗くなった。

 と、すぐにまた明るくなったと思うと、別の女性が映し出されていた。


「紅姫様、初めまして……私も『前田拓也』の嫁の一人、ナツです」


 先程の女性も美しかったが、こちらの方はやや凛々しい印象で、また別の意味で美人だった。


「……私は、あんまり話が得意ではないので、手短に用件のみをお伝えします……今、側にいる人は、私がこの世で最も信頼している方です。最も恩があり、最も慕ってもいます……まあ、欠点もありますが……あれほど危ない事には首を……いや、それが長所でもあるから、仕方無いか……」


 その娘は、なにか諦めたような表情だった。


「……私には、それを責める権利はありません。私だって、さんざん迷惑をかけて、それでいて助けてもらって、嫁にまでしてもらったのだから……本当に……私なんかを……」


 そう言って、その強気そうに見えた娘も一筋の涙をこぼした。


「今、私がその方の事について言えることは……困っている人を放っておけない、本当にお人好しで、それでいて心から信頼できる方だということだけです……どうか、どうか信じてください……」


 そう言って、その娘は深々と頭を下げた。


 ……紅姫は、混乱し、戸惑っていた。

 初対面……いや、対面すらしていない相手にそんな風に言われても、どう受け取って良いか分からない。


 困惑の眼差しで青年の方を見ると……彼も、なぜか目に涙を浮かべていた。


 そうしているうちに、板面には、別の女性が映し出された。

 紅姫と、それほど年は変わらないように見える少女だった。


「はじめまして、紅姫様っ! 私も『前田拓也』の嫁の一人、ユキですっ! さっきのナツ姉の妹ですっ!」


 元気な声だった。


「えっと……タクは、優しくて、面白くて、私達の事を本当に大事にしてくれて……大好きですっ! ただ一つ、不満があるとすれば……まだ私の事を子供扱いして、私との間には赤ちゃんを作ろうとはしないことですっ!」


 ユキの屈託のない笑顔と、正直な不満に対し、青年は涙を溜めたまま赤面した。

 紅姫は、その様子を意外そうに見つめた。


「私も、ナツ姉と同じで、一生タクについて行きます、タクを支えますっ! 恩人だし、お世話になっているし、本当に、大好きで……大好きで……」


 彼女は満面の笑顔だった。

 笑顔なのに、涙を溜めていた。


「……えっと、ハルに代わります……」


 そして、板面は暗くならないまま、また別の少女を映し出した……ただ、雰囲気こそ異なるものの、先程のユキと瓜二つの美少女だった。


「……あの、はじめまして……私も、こう見えて『前田拓也』の嫁の一人、ハルです……」


 その少女は、ちょっとたどたどしく、赤くなりながらお辞儀をした。


「えっと……あの……私は、さっきのユキとは双子です。私も、今までの人と同様、身売りされそうになっていたところを、ご主人様に助けて頂いた上に、お嫁さんにまでしてもらえました……ほんとうに、もったいないぐらいに幸せに暮らせています……えっと、あの……私も、ご主人様に一生尽くします……だから、ずっと側に置いてください……って、ご主人様宛じゃなかったですね……えっと、そう思うぐらいに、ご主人様のことが大好きで……あの、えっと……以上です……」


 その娘は、真っ赤になって、涙を浮かべながら画面から消えた。

 紅姫は、この二人の、子供っぽく、素直な語り方が、妙に印象に残った。


 そして、その二人の様子を笑顔で見つめる彼の表情に、なぜかほっこりするのを感じた。

 その次に映し出されたのは、これまでとはまた印象の異なる美少女だった。


「はじめまして、紅姫様。私も前田拓也の嫁の一人、優です」


 落ち着いた語り口、温和な表情。

 紅姫も、その様子に落ち着きを感じた。


「……私も、今までの四人と同様、身売りされそうになっていたところを、あなたの側にいる方に助けて頂きました……もし、そうでなかったならば、今、どこかで泣きながら暮らしていたか……あるいは、生きてすらいなかったかもしれません……」


 その微笑みは、紅姫を安堵させるものだったが……。


「……今、私は……その方との子供を授かり、身籠もっています……」


 そう語る娘の言葉を聞いて、なぜか紅姫は、とくん、と鼓動が高鳴るのを感じた。


「本当に、こんなに幸せで良いんだろうかと思うぐらい、幸せです……最も信頼し、最も愛する方との間に、子供を授かることができたのですから……」


 本当に幸せそうな表情だった。


「……今、どうして、私達がこんな話をしているのか、不思議に思っている事でしょう……それは、紅姫様に、その方の事を信用してもらいたかったため……私達は、決して無理矢理嫁にされたわけではありませんし、つらい思いをしている訳でもありません。実際は全く逆……本当に、本当に拓也さんに助けていただいて、身に余る幸運だったと、神様に感謝している毎日です……」


 そう言って、彼女は涙を溢れさせた。


「拓也さんは、仙人といっても……その実質は、私と同い年の男の子です。私達と同じように……いえ、私達以上に、悩み、苦しみ……涙を流し、苦労を重ねて、必死になって私達の事を助けてくださいました。今も、それが続いています……どうして、そんなにまでして私達に手を差し伸べてくれるのか、何度も聞いてみました……そのたびに、同じ答えが返ってきました。『放っておけないから』、『黙って見ていられないから』……たったそれだけの理由で、ごく普通の、何の取り柄もない私のことを……私達のことを……」


 そこで彼女は、嗚咽を繰り返した。

 それに対し、青年もまた、嗚咽を堪えていた。

 その様子に、紅姫も……理由は分からないが、涙がこみ上げてくるのを感じていた。


「……だから……紅姫様にも、信じていただきたい……その方が、どれだけ必死になっているかを……ただ、それでもまだ、紅姫様は不思議にお思いになることでしょう……どうして、この日初めて会ったご自身のことを、助け出したいと言い出したのかと……それは、この方に説明していただきますね……」


 彼女が笑顔でそう言うと、一瞬板面が暗転し、そして次に、上品さの感じられる、それでいて若く、美しい娘の姿が浮かび上がった。


「……初めまして、紅姫様。私は阿東藩主、郷多部元康の一人娘、涼です。前田拓也様には、近日中に嫁入りすることが決まっています」


 ハキハキとした物言いの娘だった。


「阿東藩……涼姫、様?……」


 きりっと引き締まった表情ながら、暖かみのある笑みを浮かべており、意志の強さと優しさが同居しているような印象だったが……それより、紅姫にはなにか引っかかるものがあった。


「……私の声に、聞き覚えがありませんか?」


 画面の中の声を、もう一度よく思い返し……そして不意に側にある手鏡を見て、声を上げた。


「鏡の精……!」


「……気付いて頂けましたか? あなたのお手元にあり、ずっと会話させていただいていた『鏡の精』の正体は……私です」


 紅姫は驚きに目を見開き、両手を口に当てていた――。


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