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身売りっ娘 俺がまとめて面倒見ますっ!  作者: エール
第1章 身売り少女の争奪戦
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第十八話 妾

 侍は被り笠を上げ、鋭い眼光でこちらを見つめていた。


 俺は緊張と焦りを隠せず、額に汗を浮かべていた。

 ただならぬ気配に気づいた啓助さんが表に出てきて、この状況に息を飲んだ。


 通行人も俺達の対峙に気づき、思わず足を止める。

 今にも抜刀し、俺を斬り殺さんばかりに殺気を放ち続ける長身の侍。

 こうやって向き合ってみると、その迫力に飲み込まれる。

 落ち着いた物腰からも分かる。相当の「手練れ」だと。


「ふっ……そう警戒するな。いくら何でも、こんな町中でいきなり斬りかかったりはせぬさ」

 侍の殺気が薄れ、俺はわずかに緊張を解いた。


「あきらめたりなんかしていないさ。今、彼女を守るための案を思いついたんだ」

「守るための案?」

「そう……俺は黒田屋の仲間になる」

 俺のその言葉に、侍はしばし考えを巡らせていた。


「……どうもおまえは、何か勘違いしているようだな。『お優』を我が物にしたいならば、より多くの金を積む以外に道はない。強硬な策に出るというなら……斬る」

「ひいいぃ!」

 再び強烈に放たれた殺気に、集まった野次馬から悲鳴が上がった。


「強硬な策、とは……?」

 俺は冷や汗をかきながらも、気丈ににらみ返した。

「もちろん、契約外の……例えば、『お優』を連れての逃走のことだ」

 ……考えもしていない言葉だった。


「……そういうことなら、それは絶対にありえない。他の娘がどうなるかを考えたら、そんな恐ろしいことはできない」

「では……あきらめた、ということだな?」

 ……どうも話がかみ合わない。

 侍は殺気を解き、頭をかき始めた。


「……やはりお互い、何か考え違いがあるようだな。ここじゃ人目につく。そうだな……あの店にでも行って話、するか」

「……へっ? 話?」

「別にそこでお前を斬ったりしねえ。心配なら……そこの若いの、お前も一緒に来い」

「……承知しました」

 啓助さんは状況をなんとなく理解したみたいで、躊躇無くそう返事した。

 俺はまだ、理解できていない。


 そこはちょっとした小料理屋だった。

 小さな卓が四つ。そのうちの一つを、俺達三人が占拠した。

 侍は対面に座っている。


 彼は、自分の名前を「勝四郎」と名乗った。

 まだ午前中、こんな時間から酒を飲むわけにはいかない。そもそも、俺はまだ未成年だ。

 かといって何も注文しないわけにはいかないので、全員冷や奴を頼んだ。


「まず、俺の警告の内容が正しく伝わっていなかったようだな。俺が斬る、と言ったのは、お前が『お優』のことをあきらめきれず、駆け落ちや、心中みたいな馬鹿なマネを企てた場合だ。なんかお前たち、ずいぶん仲がいいみてえだからな。それも、取り押さえようとして抵抗された場合だけ、殺すことが許されてる」


「……それだったら、さっきも言ったように心配ありません。そんなことをしたら他の娘まで罰せられる」

「ふうん、なるほど。じゃあ、俺の仕事は終わりだな。お前たちがそういう馬鹿なマネをしねえよう警告と監視をするのが、俺が依頼された内容だからな」

「……なんだ、そうだったんですか……」

 安心して力が抜けた。


「その依頼主は、黒田貫太郎様……ですね」

「ああ、その通りだ。ただ、おめえら、さっき変なこと言ってたな。黒田屋の仲間になるとか、なんとか」

「そうです。優より俺の方が稼げると思ってます。だから、俺が黒田屋の仲間になった方が、得られる利益が大きいはずだ。その条件として、優から手を引いてもらおうと考えたんです」

 俺は策略を全てしゃべってしまった。


「いや……それは無意味だ」

「どうして……?」

「俺達の主人……黒田貫太郎様は、お優を転売したり、稼ぎに出すつもりがないからだ」

「じゃあ……一体、なんのために……」


「黒田様は……お優を『めかけ』にするつもりだ」

「なっ……め、妾?」

 頭の中が真っ白になった。


 俺は、妾の意味を知っていた。ようするに、正式な妻とは別の、二番目、三番目の奥さんのことだ。


「黒田様には本妻との間に子供がいない。だから十年前に妾を一人、囲ったんだが、こちらにも子供ができていない。もう二人とも年齢的に、身ごもるのは難しくなってきている。そこで新しく、若く綺麗な女子を捜していたんだが……そこでその『お優』という娘に一目惚れしちまった、ってわけだ」

「えっ、でも……その黒田様って、おいくつになられたんですか?」

 啓助さんが恐る恐る尋ねる。


「確か、今年五十になったはずだ」

 ……俺と啓助さんは、呆然としてしまった。


 数え年五十歳の初老のおじさんが、十六歳の娘に一目惚れ。

 しかも妾にして、子供を産ませるつもりだという。

 ……絶対に嫌だ、あんな小太りの、腹黒い狸みたいなおっさんなんかにっ!


「黒田様は体を悪くしておられる。もう死期を悟っておいでなのかもしれない。その前に、なんとか子供を残したいと願っているのだ。もちろん、跡取りとしてだ。生まれてくるのが女の子でも構わない。婿を取れば、黒田屋を存続させることができるわけだからな」

 ……なるほど、事情は分かった。

 でも、嫌だ。


「そう悪い話ではなかろう。金持ちの妾、だ。しかもあの方は、家族を大事になさる。一番目のお妾さんにも、優しく接しておられる。もし男の子を授かれば、跡取りの母親として、一生大事にしてもらえるのだぞ」


 ……なるほど、身売りされる女の子の人生としては、幸せな方かもしれない。

 でも、嫌だ。


「まあ、そういう訳だ。しかも、黒田様は『お優』に相当入れ込んでる。セリともなりゃあ、三百両ぐらいまでは出すだろうな」

 それは事前に情報を得ている。


「おめえらが三百両以上出せるって言うなら別だが、無理ならあきらめた方がいい。黒田様の仲間になったって、それであの方が『お優』の獲得をやめたりはしないさ」

 ……確かに、今の話しだと無理っぽい。


「まあ、そういうわけさ。 ……くれぐれもいっておくが、だからといって、変な気を起こすなよ。ヤケになったっていいことねえぜ」

「ええ……分かってます」

 これは俺のセリフ。脱力感がハンパない。


「そうしょげるなって。この間、脅かしちまった詫びだ。ここの代金、俺が払っといてやるからな」

 侍は、それだけ言い残して、機嫌良さそうに出て行った。

 いや、冷や奴おごってもらったくらいじゃ割に合わないから。


「……啓助さん、どう思います?」

 俺は隣で思案にふけっている彼に尋ねた。


「……懐柔(かいじゅう)作戦、ですね。」

「懐柔?」

「そう。『こんな事情があるからこうするんです、悪いようにはしませんから、身を引いてくださいね』という事でしょうね。前回の脅迫めいた行動から、作戦を変更したようです」

「……さすがに老獪(ろうかい)、といったところか……」

「そうですね……私たちの朝の策略が、何もしないうちに、ものの見事に打ち砕かれました」

 啓助さんは相当悔しそうだった。


「で……啓助さん、あの侍、ええと……『勝四郎』さんが言った内容って、本当だと思いますか?」

「大筋ではそうでしょう。確かに黒田貫太郎様には本妻と、お妾さんが一人いらっしゃるが、どちらにも子供がいない。かといって、今のところ養子縁組の話もなさそうです」


「そこで、優を二人目の妾にして、子供を産ませる……」

「ええ、それも本当でしょう。勝四郎さんは、ああ見えて頭も良さそうだ。私たちが知りたい内容をわかりやすく教えてくれました。おそらく、黒田様にそのように話せと言われていたのでしょう。もし、今の話に反してお優さんを転売したりすれば、我々阿讃屋との関係に大きなヒビが入りかねません」

 啓助さんの冷静な分析。信用して良さそうだ。


「けど、これってどう考えればいいんだろう……」

 俺はちょっと混乱していた。


「ええ、整理してみましょう。とりあえず、良い話が一つ、悪い話が二つありました」

「……じゃあ、悪い話しから聞いておきます」

「はい、まず一つ目。さっきも言いましたが、『拓也さんが黒田屋と手を結ぶことで優さんをあきらめさせる』という作戦は破綻しました。黒田屋の目的が『利益』ではなく『お優さん自身』だったからです」

「はい……それは結構痛いです」


「二つ目は、『買い戻す手段がなくなった』ということです」

「……どういうことですか?」

「普通の身売りの場合、そういう『お店』で不特定多数の男性客を相手にして、数年かけて買い取られたときのお金を返していき、それが終われば自由の身となります。または、一括でそれ以上のお金を払ってくれる人が現れれば、その人の元に行くことができます」

 そう、最悪の場合でも、俺はそうするつもりだった。


「しかし、『妾』にされてしまえば……基本的に、一生その家の、つまり黒田家の人間として扱われ、買い取る事はできません」

「あっ……」


 確かに、その通りだった。

 つまり俺は、永遠に優を自分の元に置くことはできなくなってしまうのだ。


「……それで……良いことっていうのは……」

「さっき、勝四郎さんが言った通りです。『妾』として黒田家に迎え入れられるのなら……それは『身売り』された娘の人生としては、幸せな方です。それなりに大事にしてもらえるでしょうし、なにより故郷に近い。ご両親や、お凜さん……そして拓也さん、あなたと会うこともできるでしょう……」


 ……そんなの、嫌だ。


 俺は、優が妾となって……あの腹黒い狸みたいなおじさんの子供を抱いているところを見るはめになってしまうのか。


「そんなの……嫌だ……」


 今度は、口に出してしまった。


「拓也さん……あなたの世界ではどうか知りませんが……この世界、この時代では、慕いあっている男女が結ばれることの方が、珍しいんですよ……」


 ……俺は、涙を堪えることができなかった……。


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