番外編14-2 大物
阿東藩と松丸藩は、隣国となった上に、両藩にまたがる金鉱脈を共同採掘するということで、昨年から人的・物質的な交流も盛んに行われるようになっている。
東元安親殿が昨年阿東藩を視察のために訪れたのも、その一つだ。
そのため、庶民であっても通行手形さえしっかりしていれば、短期間であれば比較的自由に往来が可能となっていた。
商人である俺は、椎茸販売を進めたいという名目で松丸藩を訪れる事にした。
本音を言えば、商売は半分本気で、理由のもう半分は安親殿から依頼された『紅姫』の行方を調査するためだ。
しかし、如何に現代の便利な道具が使えるとはいっても、自分一人だけでは荷が重い。
例えば、最も怪しいとされる『極光武寺』は、ぜひとも上空から建物の配置や、人の出入りなどを確認したいのだが、ドローンを使った空撮では、万一見つかったときに大騒ぎになりかねない。
夜間に赤外線カメラで撮影するのであれば見つからないかもしれないが、そもそも夜は人の出入りがなくなってしまう。
そう考えると、やはり鷹匠であるお蜜さんの協力を仰ぎたいところだ。
しかし、お蜜さんと二人だけで関所を超えるのは難しい。
だって彼女は三郎さんと結婚していることになっているから。
と言うわけで、元々俺の護衛であった三郎さんにも、江戸から阿東藩に帰ってきてもらう事にした。
正月は江戸の方も暇だし、里菜や結、平次郎親分の奥さんであるお清さんに任せておいて大丈夫だろう。
しかし、まだもう一つ問題がある。お蜜さんは、涼姫の護衛も兼ねているのだ。
涼は俺と婚約し、近々野に下る(つまり、民間人となる)ことが決まっているが、まだ今のところ姫様という扱いだ。
そこで阿東藩主様に、一時的にお蜜さんを涼の護衛の任から解いて欲しいとお願いしたところ、それを聞きつけた涼が
「私も連れて行ってください、お手伝いしますっ!」
と目を輝かせる事態となって……藩主様も、
「うむ、涼が松丸藩を訪れる機会などいままでになかったから、いい勉強になるだろう」
と、いつもの放任癖というか、『可愛い子には旅をさせよ』的な話になって……結局、『お忍びでの旅行』という事になってしまった。
そんなの前例がないのではないか、と思ったのだが、
「ご老公様も同じようなものだっただろう?」
と言われて、ああ、そんなものなのかもしれないなと納得させられてしまった。
しかし、お蜜さんと三郎さんが同行するとはいえ、まだ嫁でもない涼と一緒に旅をするなんて、今の五人の嫁達にどう説明しようかと考えたのだが、それは杞憂だった。
お蜜さんと涼の行動力は、半端ではない。
二人で早速五人の嫁達に事情を説明して、
「私達はもう拓也さんと旅行に行っているから、ぜひともお涼ちゃんにも行ってきて欲しい」
と、彼女たちの賛同を取り付けていたのだ。
さすが、というか、今後のことを考えると頼もしい限りだ。
その二日後には、もう旅立つことが決まった。
よく晴れた、しかしながら寒い朝、嫁達が総出で見送ってくれる。
優は、少し大きくなったお腹をさすりながら、「無理はしないでくださいね」と送り出してくれた。
「今回は、まったく危険な事はないから」
と言ったものの、
「いつもそう言って、結局危ない目に遭ってるじゃないか」
と、ナツに釘を刺された。
うん、まあ、そうなんだけど……今回の依頼は『姫の居場所を調べて欲しい』だし、全く問題無いだろう。
それに、子供も生まれてくることだし……って、あれ?
それって、なんとかフラグだったっけ?
まあ、気にしないでおこう。
涼も、みんなから
「拓也さんをよろしくお願いね」
と言われて、笑顔で頷いている……本来、俺が涼のことをお願いされる立場のような気がするけど、それも気にしないでおこう。
そんなこんなで、まず四人で東海道を目指す。
このルートは大回りになるけど、大分道が良くなっていて、普通の人ならこちらを通る。
変な裏道とか通って怪しまれるのも嫌なので、ここは通常ルートで進もう。
特に大きな問題もなく、予定通り夕方には二川宿に辿り着いた。
ここの旅籠で二部屋借りて、泊まることにした。
その前に入る湯屋は、相変わらず混浴だ。
前に妹のアキを探す旅に出たときは、優と二人で入って、そこで初めてお蜜さんに出会って言葉を交わしたことを思い出した。
しかし、今回隣にいるのは、まだお姫様の身分である涼だ。
彼女、混浴の湯屋ということで多少恥ずかしがっていたものの、持ち前の好奇心の方が勝っていたようで、割と大胆に、大きめのタオル一枚というほとんど裸の格好であちこち歩くものだから、周囲の視線を集めていて、俺の方がヒヤヒヤした。
お蜜さんっていうしっかりした護衛がいるから、大丈夫なんだけどね……。
そういう俺も、彼女の綺麗な裸を間近で見て、かつ、すぐ側に寄り添われることで、鼓動の高まりを感じていた。
その後、宿に戻って、明日の行動予定と現状の問題点の整理を行う。
こんなときでも、涼はその存在感を発揮する。
「まず、その極光武寺内部の情報を、誰が、どうやって入手するか、ですね……」
とか、
「でも、上空から建物の配置が分かったとしても、その姫君が建物の外に出歩ける状況でないのであれば、決定的な証拠は得られませんね……」
とか。
さすがにこのような会話は、他の嫁達にはできない。
結局のところ、まずは極光武寺に辿り着いてから、その警備の厳重さなどを確認して、臨機応変に対応しよう、という結論に達して、その日は二部屋に別れて寝ることになった。
もちろん、三郎さんとお蜜さんの夫婦で一部屋、俺と涼という婚約者同士でもう一部屋だ。
布団を並べて寝る俺達二人だが、彼女は俺と初めての旅行ということで、とても嬉しいと言ってくれる。
また、特別な任務を担っていることも、かえっていい刺激となっているようだ。
「今回の調査の依頼、拓也さんにとってとても有益……言い方を変えれば『おいしい』仕事になるって、お蜜さんが言ってましたよ」
小声で涼が、俺に話しかけてくる。
これは、隣と部屋とは襖一枚を隔てているだけのため、普通に会話したら筒抜けになってしまうからだ。さっきの会議も、他の客に聞かれないように、極力小声で会話し、筆談も交えたりしていた。
「おいしい……そうかな?」
「はい……だって、姫君の居所をつかむだけなんですよね? 失敗しても、咎められることはないっていうお話ですし、成功すれば、大きな貸しを松丸藩に与えられるっていうことですし……」
「……ああ、そういうことか……確かに、『見つけられなかった』って言っても、責められたりはしないだろうから、そこは安心していいんじゃないかな……」
「はい……でも、お蜜さん、『ただし、悪いクセが出なければ』って言ってましたけど」
「へっ? 悪いクセ?」
「はい、困っている人……特に女の子に対しては、ムキになって、危険な目に遭ってまでも助けようとするって……」
「……うん、まあ……自分でも、そういう欠点があるのは知っているんだけど、何ていうか、放っておけなくなって……」
「はい……でも、私はそれも、拓也さんの……長所だと……思って……」
そこまで言ったところで、涼は、俺の方を向いたまま、すやすやと寝息を立ててしまった。
可愛らしさ、美しさ、上品さを兼ね備え、かつ、何の不安も感じていないであろう無邪気な寝顔。
うん、やっぱり、彼女は大物だなと、俺はこの時に再認識した。
次回に続きます。





