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身売りっ娘 俺がまとめて面倒見ますっ!  作者: エール
第13章 妖怪仙女
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第百八十四話 ラスボスバトル

 人斬りの刀が、月光を受けて怪しく光った。

 それに対して、俺は全くの丸腰。

 それでも、逃げるわけには行かなかった。


 負傷し、立つ事さえ出来ぬ薄幸の少女、里菜。

 俺が逃げるということは、彼女が斬り殺されるということを意味する。


 その里菜は、涙を流しながら、


「逃げて……拓也さん、お願いだから、逃げて……」


 と、祈るように呟いており、そしてそんな彼女のけなげな言葉を楽しむかのように、人斬りは不敵な笑みを浮かべていた。


 俺とその男との距離は、約十メートル。

 動き出せば、ほんの一、二秒でここまで辿り着くだろう。


 全身が小刻みに震える。

 嫌な汗が流れ、喉が渇いた。

 ひょっとしたら、蛇に睨まれたカエルは、こんな気分なのかもしれない。


「どうした……得意の仙術は使わぬのか……」


 そんな事言われたって、俺は本当に仙術なんて使えないのだ。

 出来る事と言えば、ただ現代の便利な道具を使いこなすことのみ。


「あるいは、何かを狙っているのか……いずれにせよ、何も仕掛けて来ないのならば、こちらから……参るっ!」


 ザッ、という音と共に、男の体が一瞬沈み込み、凄まじい勢いでこちらに迫ってきた!


「バ○スッ!」


 俺はタイミングを見計らい、何とかその『離脱』のキーワードを発して……次の瞬間、俺は平和な自分の部屋に立っていた。


 ラプターによる、緊急時空間移動。

 しかし、これは逃避ではない。

 なぜなら、俺は覚えていたからだ……『妖怪仙女』を三郎さんと一緒に探していたとき、現代の護身用品で武装していたことを。


 ワイヤー針の付いた先端を飛ばすピストルタイプのスタンガン、伸縮する特殊警棒タイプの強力スタンガン、紐を引っ張るだけで網が飛び出す『ネットランチャー』、さらには相手の目を眩ます『フラッシュライト』……もう使うことはないだろう、と無造作に部屋の片隅に置いてあったそれらを、十秒かけずに全て装着した。


 これで、なんとか戦う事ができる。

 すぐに帰還するためにラプターを操作しようとして、ぞくん、と激しい悪寒に襲われた。


 今装備している『ツインラプター・システム』では、時空間を一往復すると、次に使用するまでに三時間ほどのインターバルが必要になる。

 つまり……今から江戸時代に戻った後、もう一度離脱の言葉を叫んでも、それは無効なのだ。


 今度こそ、本当に逃げられない……。

 だが、向こうでは傷ついた里菜が待っている。

 俺は躊躇せず、ラプターの『前回移動元ポイントに戻る』コマンドを選択した。


 ……心臓が早鐘を打つ中、戻った先では、五メートルほど前方に、人斬りが後向きに立っていた。


「そこかぁ!」


 俺の気配に気付いたのか、男は瞬時に振り向き、刀を上げた。


「う、うわあぁ!」


 俺は反射的に構えていたピストルスタンガンのトリガーを引いた。


「うぐっ!」


 幸運にも、先端のワイヤー針は人斬りの胸元に突き刺さり、その男は太刀を取り落とし、片膝をついた……が、同時に俺も、尻餅をついていた。


「うぬうっ!」


 男は世にも恐ろしい怒りの表情を浮かべ、片膝を突いたまま、腰の脇差しに手をかけた。

 やばいっ、と思った俺は、咄嗟に反対の手に持っていた『フラッシュライト』で男の顔を照らした。


「ぬっ!」


 目が眩んだ男は、呻きながらも、脇差しを投げつけてきた。

 それは凄まじい勢いで俺のすぐ脇をかすめ、後方にすっ飛んでいった!


 ぞっとした。

 数センチずれていたら、俺は串刺しになっていた。


「むうっ……」


 人斬りは、取り落とした太刀を拾おうとしているっ!


「どああぁ!」


 俺は必死に腰から『ネットランチャー』を引き抜き、男に向かってぶっ放した。


「ぬおおっ!」


 目の前でぱっと広がるネットに、さしもの侍も反応しきれず、全身を覆われた。

 だが……男は、網の中で必死にもがいている。

 このままでは、すぐに網から脱出される……。


「う……うらあああぁー!」


 俺は奇声を発しながら、最後の武器である百三十万ボルト、伸縮自在、特殊警棒型の強力スタンガンをめいっぱい伸ばし、網の中でうごめく人斬りに押し当てた!


「ぬごわぁ!」


 男は、一瞬全身を硬直させ、叫び、そのまま後方に倒れた。


「うわあああぁ!」


 俺はさらに一歩踏み込み、もう一度その体に電撃のほとばしる先端を押し当てた。

 ビクン、と男の体が跳ね上がる。

 俺はそれに驚いて一瞬、後退するが、また踏み込んで押し当てる。


「うあっ! うらあっ! だああぁ!」


 自分でも訳の分からない事を叫びながら、俺はメチャクチャに、何度も何度も男にスタンガンを押し当てる。


 どれだけダメージが与えられたのか、把握できない。

 すぐにでも立ち上がって、斬りかかってくる気がした。


 怖い。

 むちゃくちゃ怖い。


 俺自身が斬り殺される恐怖。

 里菜が殺害される恐怖。


 死。


 人生が終わってしまう事の恐ろしさ。

 優の笑顔をもう見られない。

 生まれてくる我が子を抱くことができない。


 攻撃しているのは俺なのに、走馬燈のように嫁達との思い出がよぎった。

 嫌だ。

 死んでたまるか。

 絶対に生き残るんだ――。


 ……俺は、無我夢中でネットに絡まった男をスタンガンで突き続けた。

 涙を流しながら。

 何かを喚きながら。

 

 ……。

 …………。

 ………………。


 ――どれぐらいの時間が経っただろうか。


 数十秒、長くても一、二分……。

 しかし、それは永遠にも思える恐怖の時間だった。


 警棒型スタンガンは、バッテリー切れで電撃を発しなくなっていた。


 人斬りは、口から泡を吹き、ピクピクと痙攣していた。

 さすがにもう、立ってはこない――。


 俺は、ヨロヨロと、里菜の方へ歩いて行った。


 すると、彼女は、目に涙を一杯浮かべ、立ち上がろうとして……そしてよろけて、結果的に俺に抱きついた。

 なんとかそれを、受け止めることができた。


「里菜……傷は、大丈夫なのか?」


「……平気です、ずっと押さえていたから、もう血は止まってます……それよりも、拓也さん、どうして……どうしてこんな無茶を……」


 彼女はそれ以上、言葉に出来ないようで、ただただ嗚咽を繰り返した。

 そして俺も、ヘトヘトに疲れ、彼女を支えるので精一杯だった。


 と、そのとき……。


「ワンワンワンッ!」


 という、激しい犬の鳴き声が聞こえた。

 まずい、今のこの状況で、今度は野犬か、と身構えたのだが……。


「拓也殿っ! やっぱり、拓也殿だ、探しました……こ、これはっ!」


 駆けつけてくれたのは、ご老公様の護衛、(すげ)さんだ。

 あとから、もう二人ほど追いかけてきている……うん、もう一人の護衛の(がく)さんと、ご老公様本人だ……もうちょっと早く来てくれれば良かったのに。


「……里菜、怪我をしているではないか……拓也殿も、血が……それに、この泡を吹いている男……一体、この状況は……」


「……怪我をしているのは里菜だけです、俺は彼女の血が移っただけ……そしてその男は、彼女の父親の敵……そいつが、『人斬り権兵衛』です」


「……なっ、こやつが……確かに、手配書の特徴と一致するが……一体、誰が倒したのか……もしや……」


「……俺が倒した!」


 呻くようにそう言った俺の顔を、菅さんは驚愕の眼差しで見つめた。


 やがて遅れて到着した岳さんとご老公様も、菅さんから話を聞き、倒れている男を見て、驚きと畏敬の表情で俺を見つめた。


 さらに、もう一人、今度は『くの一』っぽい装束の女性が現れ、ご老公様の指示でこちらに近寄ってきて、自分は多少、医術の心得がある、里菜の傷口を確認させて欲しいと言ってきた。


 そういうことなら、里菜の胸元の傷を見てもらった方がいい。

 俺は里菜を座らせて、その女性に託した。


「……出血の割には深い傷ではないし、もう血は止まっています。でも、八針は縫わないとまた傷口が広がります。早くちゃんとした医者に診せないといけませんね……」


 どうやら、命に関わるような傷ではないようで、ほっとした。

 しかし、縫うとなればかなり痛みを伴うだろうし、女の子なので傷跡が残ると可哀想だ。


「そうだ、良いことを思いついた! 現代に……つまり、仙界に彼女を運びます。仙界の技術で治療したならば、痛みも酷くないし、傷跡も目立たなくできるはずです!」


 俺は笑顔でそう提案したのだが、里菜は首を横に振った。


「……いいえ、そう言ってもらえるのは嬉しいけど……たぶん、これは神様が私に与えた罰ですから、受け入れます……」


「……罰?」


「はい……私、今回、とんでもない事をしでかしました……関係ないお侍さんを巻き込んで、死罪になってもおかしくないぐらいの大事(おおごと)を……。どういうわけか、放免になったけど……だから、これは神様が与えてくれた罰……痛みも、傷跡も、全部、受け入れます」


 ……なんてけなげな娘なんだろう。


 これが、おつりをよく間違えて結に叱られていた、あの里菜なのだろうか。

 彼女の決意に、ご老公様も目を細めて頷いていた。


 でも……でも、やっぱりちょっと可哀想だ。

 こんな怪我をして、また痛い思いをして、一生残る傷跡まで負って……。

 もし、それが原因でお嫁に行けないような事になれば、俺が……。


 いやいやいや、さすがにこれ以上は嫁は増やせないか。


 あと、足の方は、なんとか動くようなので、挫いただけで骨には異常はなさそうだ、ということだった。


 それと、気になっていた、どうしてこの場所が分かったのかを菅さんに聞いてみると、


「拓也殿が見えなくなったので、嫌な予感がしていた。やがて忍犬の『疾風(ハヤテ)』がけたたましく吠え始め、気になったので放ち、後を追ったところ、この場所に辿り着いた」


 ということだったので、多分この犬が俺のわめき声を聞きつけたのか、里菜の血の臭いをかぎつけたのだろう。


 人斬りは、完全に意識を失っていた。

 そのまま縄で厳重にがんじがらめにされ、菅さん、岳さんの二人がかりで運ばれることとなった。


 ご老公様によれば、この『人斬り権兵衛』、十年前に幕府が血眼になって探していた大犯罪者で、ようやく捕らえることが出来て肩の荷が下りたと感謝された。

 それと同時に、もうこんな無茶はやめるよう、ありがたい? 小言も頂いた。


 後は、里菜を連れて帰って、胸元の傷の縫合など、治療を受けさせないといけない。

 俺は躊躇せず、里菜を背負っていくと申し出た。


 彼女は、最初は自分で歩いて帰ると言っていたが、挫いて腫れた足では到底無理だ。

 俺は、半ば強引に彼女を背負った。


 思っていたより、軽い。

 こんな小さな体で、あんな激しい戦いを繰り広げていたんだな……。


 帰り道、彼女は何度も、「ごめんなさい」とか、「背負ってもらうなんて申し訳ないです」とか言っていたが、やがて観念したのか、俺にしっかりかきついてきた。


「……拓也さん……いえ、拓也様、なんで私なんかを助けて……なんでこんなに良くしてくれるんですか?」


 そんな質問に、俺はただ、こう答えた。


「そりゃあ、目の前で、うちの大事な売り娘が殺されかけてたんだ、放っておけるわけがないだろう?」


「……放っておけない……それだけで、あんなに必死に、私を助けてくれたんですか?」


「ああ、そうだよ」


「……優さんの言っていた通りだ……どうして、六人もお嫁さんがいて、それもみんな自分から嫁にして欲しいって名乗り出たのか、分かりました……」


 ……これって、褒められてるのかな……。


「……拓也様、私、このご恩は、一生忘れません。一生、貴方の為に尽くします……(めかけ)になれって言われたら、なります。いえ……妾にしてください……」


 里菜の意外な言葉に、一瞬、カッと体が熱くなったが、すぐに冷静になった。


「……今の里菜は、怪我をして痛みもあるし、助かってほっとしてて、普通の状態じゃないから、俺の事、良く思いすぎてるよ。それよりも、まず、怪我を治す事だけ考えるんだ」


「……はい、拓也様の命令とあれば、そうします……でも、あの……あともう一つ、図々しいかもしれませんけど、お願いがあります……」


「うん? 何?」


「元気になったら、またお店で働かせてください」


「……はは、それならお安いご用さ。こちらからもお願いするよ」


「……よかった……」


 里菜は、心からほっとしたようにそう呟いた。

 そして俺はそんな彼女の命を救えたこと、そして俺自身も生き残ったことに、満足したのだった。


 数日後、ご老公様によって、俺の事が将軍様に報告された。


 江戸に来てわずかな期間で、商売を成功させ、江戸を騒がせた『妖怪仙女』事件と、十年以上未解決だった『人斬り権兵衛』事件を一度に解決させた、本物の仙人だ、と――。


 前回の後書きでも書きましたとおり、次回で『身売りっ娘 俺がまとめて面倒見ますっ!』の本編は一応の完結となります……が、番外編や後日談などは、不定期に書いて行こうと思っています。


 また、要望のあった、主人公との恋愛関連をまとめた

『身売りっ娘 俺がまとめて……[ハーレム編]』

の連載も始めていきます。

(こちらは、時系列が一定ではないなので、スピンオフとして不定期に掲載させていただきます)


 また次回の後書きにも、今後について書かせていただこうと思っていますm(_ _)m。

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